気づく力と考える力

「ふーん? それで早々にギブアップしちゃったのね?」


「へへへ、まあそんな感じです……」


 探索者ギルドの受付。出来の悪い子供を見るような目でカエラさんに見つめられ、俺はばつの悪さを誤魔化すように笑う。


 危険があるとわかっているのに、調べればわかることを調べないのは単なる怠惰な愚か者だろう。だが全てを知っている状況でしか戦えなくなるというは、それはそれで大きな問題がある。


 故に俺は必要以上の情報を求めてこなかったし、カエラさんもそういう俺達の意向を踏まえ、いい案配の情報提供をしてくれていた。だが今回はあまりに先が見えないので、こうして「答え」を聞きに来たというわけだ。


「いや、一匹なら安定して倒せるんですよ! 二匹でもまあ、連携が上手くいけば十分戦えると思ってます。でも三匹となると……ここの人達って、そんなに強いんですか?」


「フフフ、そうねぇ……あんまり甘やかすのもよくないんだけど、素直にお願いできるクルト君には特別に教えてあげちゃおうかしら?


 あのね、フレアリザードって、実は水に弱いのよ」


「へ!? み、水ですか!?」


 予想外の答えに、俺は思わず変な声をあげてしまう。するとカエラさんは悪戯っぽい笑みを浮かべて言葉を続ける。


「そうよ。といっても、勿論ちょっと水をかけたら倒せるとかじゃなくて、ダバッと大量の水を浴びると目に見えて動きが悪くなるってくらいだけど。でもそれで十分でしょう?」


「そりゃ確かに……でも大量の水なんて、どうやって調達するんです?」


 俺達だって、当然水は持ち歩いている。だがそれは基本的に飲み水であり、あんな馬鹿でかいトカゲ相手にドバッといけるほどの量ではない。


「その辺は人によるわね。ここで活動する人達は熱対策が必須だっていうのはもうわかってるでしょ? でもクルト君達みたいにいきなり耐熱装備を買える人なんて本当に稀よ。


 だから普通は<水魔法>を使える仲間を探すの。そうでなければ水の膜をはるような魔導具ね。ほら、どっちも水でしょ?」


「あー、そういう!」


 そこまで説明されて、漸く俺は合点がいった。なるほど、本来ならば安く高熱対策をするためにその手の仲間なり魔導具なりを調達するから、その過程でフレアリザードが水に弱いってこともわかるようになってたのか! 実によく出来た流れだが、だからこそ俺達にとっては致命的だった。


「うわー、なまじ金があったせいで見逃したとか、とんでもねー間抜けかましちまったぜ」


「じゃのぅ。これは完全に盲点だったのじゃ」


「チュートリアルをスキップした結果、必須のシステムを知らなくて最初の雑魚にフルボッコにされた気分デス」


 あまりと言えばあまりの現実に、三人揃って頭を抱える。だがそんな俺達に、カエラさんは優しく言葉を続けてくれる。


「まあまあ、失敗は誰にだってあることよ。それに無茶して取り返しのつかない事態になる前にこうして聞きにこられたんだから、十分及第点よ」


「ははは、そりゃどうも……でも、答えがわかったとして、どうすっかな?」


 情けない笑みでカエラさんに答えつつ、俺は頭を悩ませる。水があればいいとわかりはしたが、じゃあその水を何処から持ってくるかという問題は何も解決していない。


「ゴレミが樽でも抱えて持っていくデスか? 水も滴るいい女作戦デス!」


「いや、それは流石に効率悪すぎるだろ。そもそも樽に入れてる水をどうやってぶっかけるのかって話だし」


「それはやっぱり、お間抜けゴリラみたいに直接投げるとかデス?」


「なんでゴリラ……? どっちにしろ却下だ」


 フレアリザード一匹ごとに水入り樽を使い捨てとか、採算度外視にも程がある。戦えば戦うだけ赤字になる戦法なんて考慮にすら値しない。呆れる俺をそのままに、ローズもまた顎に手を当て考えながら小声で呟く。


「仮に魔水筒を使うにしても、そこまで大量には使えぬしな」


 魔水筒とは、魔力を注ぐことで飲み水を生み出すことのできる魔導具の総称である。水は生き物に必須のくせに割と重くてかさばるので、ダンジョン探索の範囲が日帰りを超えるくらいになると、ほぼ全ての探索者が購入する定番の魔導具だ。


 それ自体はまあ、今でも買えなくはない。ただあれは使用回数というか、トータルで出せる水の量が決まっている消耗品なので、手持ちの水で十分足りる日帰り探索者である俺達が買うのは贅沢でしかねーし、何より一人用の水筒の中に常に水を満たす、みたいなものなので、一度に大量の水を生み出せるような魔導具ではない。


「なら、アクアヴェールの魔導具を買うデス? 一つでいいなら残ったお金で買えないこともないデスけど」


「耐熱装備を買ったのに、そのためだけに買い足すのはなぁ……フレアリザードの弱体化だけが目的となると、絶対割に合わねーと思う。


 あの、カエラさん? 一応聞いてみるんですけど、フレアリザード以降にも水が弱点の魔物って出てくるんですか?」


「出てはくるけれど、そういう相手にその程度の水じゃ全く効果がないわよ? 専門の攻撃用の魔導具でもなかったら、まさに『焼け石に水』ね」


「おぉぅ、そうですよね」


 フレアリザードは、あくまでもこの<火吹き山マウントマキア>で最弱の魔物だ。だから普通の水が利くってだけで、もっと強い魔物が水を浴びせただけで弱ったりするはずもない。


 そう、最も弱く、数が多く、ダンジョンに入れば誰もが遭遇する魔物だから……うん?


「……あれ? でもそういうことなら、もっと安価な対策装備ってねーのかな? 要はただ水をぶっかけりゃいいだけなんだし、需要だって多いだろ?」


「おお、流石マスター! 目の付け所が鋭いシャープデス!」


「ふむ。ではまたディルク殿の店に行ってみるか? それともハーマン殿のところの方がよいであろうか?」


「ハーマンさんの方が詳しそうではあるけど、あの人は職人であって商売人じゃねーからなぁ。ここはディルクさんのところにしよう。


 カエラさん、助言ありがとうございました!」


「ありがとうデス!」


「ありがとうなのじゃ!」


「フフッ、いいのよ。三人とも頑張ってね」


 俺達はお礼を告げると、笑顔で手を振るカエラさんに見送られて探索者ギルドを後にする。そうしてディルクさんの店にいって話を聞くと、あっさりと目的のものを見せられた。


 というか、「何で耐熱装備を買いに来るような奴が、こいつの存在を知らねぇんだよ!」とスゲー不思議がられた。あまりにまっとうな反応過ぎて、俺に出来たのは苦笑することだけだったが。


「ほれ、これだ。この丸い玉のなかにたっぷり水が入っててな。ぶつけると炸裂して一面水浸しって寸法だ」


「へー、そいつぁ便利ですね」


 俺の握りこぶしより二回りくらい大きい、薄緑色のぷにょぷにょした玉を一つ手に取りながら、俺はそんな感想を口にする。ラバーフロッグとかいうカエルの魔物の皮を使ってるとのことだが、ダンジョン外の魔物……つまり倒しても消えず、確実に素材が取れる……のうえ、行くところに行くとウンザリするほど群生しているらしく、安価で使い捨てに出来る素材なんだそうだ。


「一個五〇〇クレド……安いと言えば安いのじゃが、フレアリザードの魔石が一個一二〇〇クレドと考えると、常用は厳しいのぅ」


「だな。三匹に襲われた時にだけ使って、速攻で数を減らすって感じか」


「変なところにしまってうっかり割っちゃったら、荷物がびしょびしょになっちゃいそうデス。これ専用の鞄とかを用意した方がよさそうデスか?」


「その辺は人それぞれだな。大抵の探索者は濡れた程度で駄目になるようなもんを持ち歩いたりしねぇが、だからって濡れて気持ちがいいってわけでもねぇだろ。そういう意味じゃ、別の場所に持っとくのもアリっちゃアリだ」


「ならマスター。これが五つくらい入る小さい鞄が欲しいデス! ゴレミの魅惑の太ももに装備して、取り出す度にチラリズムを提供するデス!」


「そのサービス精神は完全に無駄だからどうでもいいけど、ちょっとした鞄はあってもいいかもな。すみませんディルクさん、その辺も含めて軽く見積もってもらっていいですかね?」


「おう、いいぜ! んじゃ嬢ちゃん……でいいんだよな? 足の太さを測るから、こっちに来い」


「はーいデス! マスター、覗いてもいいデスよ? 生足魅惑のゴーレムメイドデス!」


「石の棒を覗いてどうしろと? いいからさっさと行ってこい!」


「いやん!」


 いつも通りにアホな事を口走るゴレミの頭をペシッと叩き、ディルクさんの元へと送り出す。相当に時間をかけてじっくり地力をつけるしかないかと思っていた今回の問題は、どうやら思った以上にあっさりと片付きそうだ。

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