お試し新戦法

「さーて、それじゃ次は俺達の番だな!」


「やってやるのじゃ!」


「マスター、ローズ、頑張るデスー!」


 軽い休憩を挟み、次の獲物を見つけたところで今度は俺が前に出る。対していつもなら敵を引きつける役のゴレミは背後で待機だ。


 何故こんなことをするかと言えば、理由は簡単。もっと奥……というか、<火吹き山マウントマキア>ではでは上か? そこに行くためには、ゴレミに頼らない戦闘力が必要だからである。


 ここもまた他のダンジョンと同じく、階層が上がるとひとまずは敵の数が増える。つまりちょっと登ると出てくるフレアリザードの数が最大で三匹になるのだが、ゴレミが引きつけられるのは基本的に一匹。運がよければ二匹もいけるが、それだと負荷が大きすぎるし、正直安定しない。


 となれば、最低でも一匹はゴレミに頼らない状態で倒せなければ、俺達はこの火山の麓から一歩だって上には進めない。だが実際に上に登って試すのはリスクが高すぎるので、「ゴレミが敵を引きつけている」という体で戦闘に加わらないようにして、こうして俺とローズだけでフレアリザードを倒す訓練をしているというわけなのだ。


「シュー……」


「今日もご機嫌だなトカゲ野郎! まずはこいつで挨拶代わりだ……食らえ、歯車スプラッシュ!」


 何の変哲もない歯車を手の中に生み出し、フレアリザードの顔目掛けて投げつける。するとフレアリザードはパチパチと瞬きをし、その大きな目をぎょろりとこちらに向けた。小さく唸り声をあげながら、ゆっくりとこっちに近づいてくる。


「ギュルルルル……」


「チッ、効果なしか……ならこいつはどうだ? 噛み合って廻れ! 歯車バイト!」


バキッ! ベキッ!


「……あー、そういう感じね」


 あわよくば薄皮一枚を挟み込んで痛がってくれればと思ったんだが、どうやら奴にとってはその辺に転がる小石と大差ないらしい。まあ俺の鎧を触った手触りからすると、仮にいい具合に挟み込んだところで痛がるかどうかは相当に微妙だが……


 と、そんな事を考えていると、地面で回る歯車を無造作に踏み潰しながらやってきたフレアリザードが、その太い前足を俺に向かって振りかざしてくる。


「キシャァ!」


「うおっと!」


 ガキンという固い音を立て、奴の爪を俺の剣が受け止めて防ぐ。今まで使ってた鉄剣だったら、よくて曲がるか下手すりゃ折れるんじゃないかという衝撃だったが、新調したばかりの鋼の剣はその程度じゃ刃こぼれすらしない。


「流石は二五万クレドの剣! 伊達に高級品じゃねーんだよ!」


 まともな剣としてはごく標準的な価格だが、それでも俺に取っては大金。吠えながら剣を滑らせてフレアリザードの腕をそらすと、返す刃でその体に切りつける。するとザリッという感触と共に、フレアリザードの足に赤い切れ込みが入った。


「ギシャァァァ!?」


「ハッハー! 痛いか? 痛いよなぁ? こういう切り傷ってのは、むしろ表面を薄く切られる方が痛いって決まって! ん? だぁ!?」


「シャシャシャシャシャー!」


 痛みに興奮したフレアリザードが、闇雲に爪を振り回してくる。俺はそれを何とか受け止め反撃していくが、剣は十分でもそれを扱う俺の剣術の方は微妙の一言。薄い切り傷は幾つも刻んでいくものの、決定打となるような一撃にはほど遠い。


「ぬぅ、妾も何か……」


「待てローズ! まだお前の出番じゃねー!」


「ぐっ……」


 背後から聞こえる悔しげな声に、俺は振り返らずに怒鳴りつける。しかしその一瞬の隙をついて、フレアリザードが鞭のようにしならせた尻尾を俺の胴体に叩きつけてきた。


「ぐほっ!?」


「マスター!?」


「クルト!?」


「だ、大丈夫だ……いつつ…………」


 心配する二人に、俺はニヤリと笑みを浮かべて答える。実際猛烈に痛いことは痛いが、骨が折れていたりする感触はない。


(流石は新装備。前のだったら完全に肋がイッてたぜ)


 スリスリと鎧を撫でると、特にへこんだりした様子もない。こっちも高いだけあって、それに見合う防御力を発揮してくれたようだ。


「もう我慢ならん! 妾も駆け抜けるぞ!」


「あっ、オイ!? 勝手に飛び出すな!? チッ、こっちだトカゲ野郎!」


 叫んで走り出したローズに舌打ちしつつ、俺は急いでフレアリザードに斬りかかる。再び爪と牙の猛攻を浴びることとなったが、それでいい。今重要なのはフレアリザードの意識をローズから完全に外すことだ。


「我と汝はひとつとひとつ。然れど我等はふたつでひとつ! 繋がれ、エンゲージ・リンク!」


 俺の横を駆け抜けるローズが、ポンと俺の背に触れる。すると俺とローズの左手の中指に、まるで歯車のようにデコボコしたデザインの丸い炎の指輪が生まれた。


 これこそ俺がローズの歯車を廻したことによって使えるようになった……らしい、ローズの新技だ。炎の歯車ゆびわがクルクルと廻ると、俺のなかにローズの熱が流れ込んでくるような気がする。


「広がれ、フレアスクリーン!」


 そこでローズが新たな魔法を重ねて発動した。すると本来ならローズの前方に広がるはずの火の膜が、俺とローズを繋ぐような形で展開される。その状態でローズがフレアリザードの周囲を駆け巡ると、俺とローズを繋いだ火の膜がフレアリザードの体を通り過ぎていった。


「ギュァァァァァァァァ!?!?!?」


「ハッハッハ! どうじゃ、熱かろう?」


 ローズの使うフレアスクリーンの魔法は、それ自体が熱いというわけではない。数秒触れ続ければ火傷の一つもするだろうが、少なくともサッと通り過ぎるだけなら何の通用も感じないだろう。


 また、物体を貫通してその中に熱を通すということもできない。相手が健常な状態であれば、これは単に体の表面をほんのり温かい何かが撫でていったくらいの効果しか発揮できないのだ。


 だが、体に傷を負っていれば話は別だ。俺がつけた無数のかすり傷に火の膜が触れることで、露出した肉や血管を直接焼かれたフレアリザードが激しく暴れ始める。つまりローズの魔法は、確かに素晴らしい効果を発揮したのだが……


「って、どうすんだよこれ!? こんなの俺じゃ抑えられねーぞ!?」


「む、むぅ!? そこはほれ、何とかいい感じに……」


「できるなら最初からやってんだよ!」


 当初の予定では、もっと大量の切り傷に加え、最低でも三カ所はある程度大きな傷をつけてから作戦を実行する予定だった。そうすれば一気に傷口を焼かれて動きの鈍ったフレアリザードに、俺の腕でも十分にトドメが刺せるはずだったのだ。


 だがローズが焦って動いてしまったせいで、フレアリザードの体には浅い切り傷がそこそこの数あるだけ。痛みで興奮してはいるが動きそのものは鈍っていないので、逆に俺じゃ下手に近づけない状態になってしまっている。


「わかったのじゃ。なら妾が近づいて、自爆覚悟で魔法を――」


「何もわかってねーじゃねーか! ゴレミ! こりゃ駄目だ、頼む!」


「了解デス! 重役出勤ゴレミにお任せなのデス!」


 アホなことを言い出したローズを止めつつ、俺は躊躇うことなくゴレミに助けを求める。その結果無事にフレアリザードを倒し終えると、俺は大きく息を吐いて地面に座り込んでしまった。


「ぷはーっ! 終わったか……ローズ、お前なんで事前の作戦と違う行動をしたんだよ!」


「そ、それは……クルトがやられたのを、見てられなかったのじゃ……」


「あー……まあ心配してくれるのはありがたいけどさ。でも戦闘中にそれはナシだぜ? 連携崩したせいで全滅しましたじゃ泣くに泣けねーだろ」


「……悪かったのじゃ」


「ま、次から気をつけりゃいいさ。いつつ……」


 俺の隣に座り込み、しょんぼり肩を落として反省するローズの頭をポンポンと叩くと、一時忘れていた脇腹の痛みが蘇ってくる。


「マスター、本当に大丈夫デスか? 回復薬使うデス?」


「へーきへーき。てかこの程度で回復薬使ってたら、今の稼ぎじゃ秒で破産しちまうぜ」


 ガーベラ様との契約で得た金は、あくまでも臨時収入。そしてそれも新装備を揃えたことで粗方使い果たした。フレアリザードの魔石は一つ一二〇〇クレドと高めではあるが、今や俺達は三人パーティなので、出費の方もそれに合わせてあがっている。となれば緊急でもないのに回復薬を使うような贅沢は控えるべきだろう。


「にしても、他の奴らはどうやってこいつを三匹も捌いてるんだ? 一パーティが三人くらいってのは、ここでも変わんねーんだろ?」


「ふーむ。妾達が知らぬだけで、何か倒すコツのようなものがあるのかも知れぬのぅ」


「じゃあ、ギルドに戻ってカエラに聞いてみるデス?」


「そうだな。ちょいと悔しいけど、今回は頼ってみるか」


 探索者としての拘りはあれど、拘った結果生活が立ち行かなくなるのでは本末転倒だ。俺は苦い顔でガリガリと頭を掻いてから、ダンジョンを出るべく仲間と共に山を降りていった。

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