魔鍵
「鍵? 鍵ってあの、扉とか開ける鍵?」
「はい、その鍵です」
思わず聞き返してしまった俺に、ハーマンさんがドヤ顔で頷く。
「ほら、この剣って起動すると刀身が大きく拡張したでしょう? でもあれ、本来は全体が均一に大きくなるんじゃなく、もっと細かく凹凸が生じるはずなんですよ。で、金属の棒の状態で鍵穴に入れて起動、上手く引っかかりが出来たところで捻ると鍵が開く……という感じなんだと思います。
加えて言うなら、刀身を保護するように発動していた魔力膜も、展開した鍵の状態で出っ張ったところが折れたりしないようにという意味があったみたいですね。
なので効果が弱かったわけではなく、これで必要十分なんです。何せこれは『
「ほほー。そういうことだったのか」
何で鍵? と最初は思ったが、説明されればされるほど納得してしまう。そりゃ確かに、鍵で魔物をぶっ叩いて強いわけがねーわな……ん?
「あれ? これ鍵ってことは、これに対応する扉なり宝箱なりが、世界の何処かに存在するってことか?」
「そうだと思いますよ。流石に何処にあるのかはわからないですけど」
「そりゃそうですよね。でも、そうか……へへへ」
テーブルの上に置かれた<歯車の剣>を前に、俺の口元が自然とニヤける。こんな手の込んだ鍵があるなら、その奥だか中だかに眠っているお宝は、きっと凄いものに違いない。
無論それが現実的に手に入るとは思ってねーが、それでも存在するというだけで強い浪漫を感じるのだ。
「こりゃ俺の探索者生活に、新しい目標ができたな」
「一体何があるんじゃろうな……せめて目的の場所のヒントくらいあればよいのじゃが。のうハーマン殿。そういうのはわからぬのか?」
「うーん、難しいですね。現状僕は、この見た目だけ再現された魔鍵を、六割くらい想像で補ってるんです」
「ろ、六割!? 半分以上妄想なのじゃ!?」
驚くローズに、ハーマンさんが苦笑する。
「ははは。勿論単なる妄想ってわけじゃないですよ? たとえば……そうですね。『一+□×四=△』みたいな数式があったとして、これだけだと□の部分に入る数字はほぼ無限ですよね? でもこれが魔導回路である以上、他との兼ね合いで△に入る数字には上限と下限があります。
で、それが一以上一〇以下だったら、□に入るのは一か二しかありません。そういう感じで一つ一つ検証していくと、ちゃんと全部に当てはまる組み合わせって、言うほど多くはないんです。
特に今回は確定部分が四割もあって、形状もおおよその見当がついていたんで、僕が全く知らない技術で魔導回路が組まれていない限りは、大きく異なっていることはないはずです」
「お、おぅ。そうなのか……ハーマン殿は凄いのぅ」
自負を交えて言うハーマンさんに、ローズがわずかに顔を引きつらせる。とりあえず俺も、何かとてつもなく面倒なことをハーマンさんがやり遂げたのだということくらいは理解した。
「ということで、僕としてはその剣を、ちゃんと使える『鍵』として作り直したいんですけど……どうでしょう? その仕事を僕に任せてもらえませんか?」
「えっ!? あ、そうか」
すっかりその気になっていたが、言われてみれば今はまだハーマンさんが調べてくれただけで、歯車の剣は歯車の剣のままだ。正体が鍵だとわかったとしても、この状態では鍵としては使えないのは当然である。
「その場合、今あるこの剣はどうなりますか?」
「完全に分解して、もっと詳細に解析する形になります。その後は組み直すこともできますけど、
「……いえ、元に戻す方向でお願いします」
言葉を濁すハーマンさんに、しかし俺はそう告げる。確かに完全な状態の<歯車の魔鍵>が手に入るなら、今ある不完全な<歯車の剣>は、本来ならば必要のないものだろう。何せ武器としては弱くて使えないということを、誰もがよく知っているのだから。
だが、俺にとってこの剣は、ヨーギさんから託されたものだ。そこに深い意味などないかも知れないが、必要なくなったからといって粗末に扱う気にはなれないし、何なら完成した完全な<歯車の魔鍵>を一緒に見せてあげたい。
そうすればきっとヨーギさんも喜んでくれることだろう。あの人の好奇心こそが、ここに<歯車の剣>を連れてきてくれたわけだしな。
「わかりました。まあ元の魔鍵を再現する事に比べれば、そっちは片手間くらいなんで問題ありません。それで費用の方なんですけど」
「あ、やっぱりお金かかるんですね。どのくらいですか?」
残念ながら、今回はタダではないらしい。まあ今の俺には……正確には俺達にはだが……耐熱防具を揃えてなお一〇〇万クレド以上の余裕がある。多少の金なら……
「二〇〇〇万クレドですね」
「ぶほっ!?」
ハーマンさんの口から飛び出した数字に、俺は思いっきり吹き出す。
「に、にせんまんクレド、ですか?」
「はい! 魔鍵としての機能を再現するにはマギニウムという特殊な金属が必要なんですけど、これ産出量が凄く少ないので、必要分を買うとなるとそのくらいにはなっちゃいますね」
「あー、そうなんですか…………」
和やかに言うハーマンさんに、俺は口から魂が抜け出ているような声で答える。二〇〇万でも手持ちが足りないというのに、二〇〇〇万ともなると、もはやどうにかしようと思うことすらできない。
そしてそんな俺の態度に、ハーマンさんが苦笑して言葉を続ける。
「あ、やっぱり難しいですか? なら一応別の方法もありますけど」
「別の方法?」
「はい。買うと高いというのなら、自分で採掘すればいいわけです。それなら実質タダみたいなものですから」
「それはまあ……でも採掘って、俺達みたいな駆け出しが簡単に行ける場所で掘れるんですか?」
誰でも簡単に手に入るものが、そんなに高いはずがない。そう問う俺に、ハーマンさんは落ち着いた表情で頷く。
「ええ、運が良ければ誰だってたどり着けますよ」
「運? それって……!?」
「その通り、夢幻坑道です! マギニウムが採れるのは、<
なので、是非とも覚えておいてください。可能性は誰にとっても平等ですから」
「ははは、わかりました。じゃあ明日からは、俺達もツルハシ片手にダンジョンに潜ることにしてみます」
半分は気休めみたいな励ましに、俺も笑顔で応じる。夢幻坑道を見つけることも、それで完成した魔鍵を使う場所に辿り着くことも、どちらも雲を掴むような夢の話だ。
だが、浪漫なんてのはそのくらいでちょうどいい。遠くて手が届かないからこそ、人生の目標たり得るのだ。
その後は軽く雑談をしてから、俺はハーマンさんにそのまま<歯車の剣>を預けて家を出た。すると今日は妙に静かだったゴレミが、ここぞとばかりに話しかけてくる。
「フフーン。マスターが何だかニヤニヤしてるデス」
「何だよ突然。ちょっとくらい浮かれたっていいだろ?」
「それは勿論そうデス! それにゴレミは浮かれちゃ駄目なんて言ってないデス! ただ浮かれてるマスターが可愛いと思っただけなのデス!」
「くっ……」
あともう二月もすれば、俺も一六歳。いい歳をした大人の男として「可愛い」なんて言われるのは不本意の極みだが、それを声高に否定なんてしたら、それこそ子供っぽいと笑われる気がする。
「ねえマスター。マスターはあの棒を突っ込んでクイッとねじった先には、何があると思うデス?」
「鍵って言えよ! そうだな……金銀財宝?」
「それはあまりに発想が貧困なのじゃ。クルトのお宝の価値観が残念過ぎるのじゃ」
「そこまで言うかよ!? ならローズは何だと思うんだ?」
「そうじゃの……定番じゃが、何らかの魔導具ではないか? オーバードの技術を超えるようなものが一つでもあれば、それだけで当分は遊んで暮らせる額になるのじゃ」
「なんだよ、そっちだって十分銭ゲバじゃねーか! ったく……ちなみにゴレミは何だと思うんだ?」
俺の背中をペチペチ叩きながら「それはクルトの価値観に合わせただけなのじゃ!」と騒ぐローズをそのままに、俺はゴレミに問いかける。するとゴレミは口元に右手の人差し指を当て、あざといくらいに可愛さを強調して小首を傾げる。
「フフフ、そうデスね……ゴレミの魅力を一二〇パーセントに引き上げる、胸部装甲の増加パーツとかがあるかも知れないデスよ?」
「散々苦労してそれだったら絶望するわ! はぁ……ははは」
呆れたため息を吐きつつも、それはそれで面白い気がして小さく笑う。そんなとりとめもない未来の話をしたりしつつ、俺達は明日からのダンジョン探索に向けて、着々と準備を進めていった。
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