ヤバ目の魔導具師

「いやぁ、お恥ずかしいところをお見せしちゃいました……」


 散らかりまくった物品をひとまずざっと端によけ、辛うじて作られた隙間を通って家の中に入った先。割と大きめな長方形のテーブル……ただし半分以上に荷物が積み上げられている……に横一列で座った俺達の正面にて、この家の主たる男性が同じように腰掛けたうえでそう言ってばつが悪そうに苦笑する。


 ぱっと見は、おそらく二〇代前半から中盤くらい。スゲーもじゃもじゃした丸い髪型と人の良さそうな垂れ目は如何にも気弱そうで、俺の中にある「職人」というイメージからは随分とかけ離れている。


 だが、人は見た目じゃないことなんて嫌になるほどわかっている。見た目一〇歳の老鍛冶師に比べれば、こんなの全然まともな方だ。


「改めまして、僕はこの町で魔導具をいじって生計を立てている、ハーマンという者です。助けていただきありがとうございました」


「俺は探索者のクルトで、こっちは俺とパーティを組んでいる仲間のローズとゴレミです。こっちこそ、勝手に入っちゃって申し訳ありません」


「ゴレミデス! 勝手に扉を開けて、中身をぶちまけちゃってごめんなさいデス」


「妾はローズじゃ! 相応に丁寧に扱ったつもりなのじゃが、もし壊したりしてしまっていたら申し訳ないのじゃ」


「いやいや、あれは僕が躓いて転んだ拍子に箱の中身が散らばっちゃっただけだから、皆さんのせいじゃないですよ。どうか気にしないでください。


 ははは、参ったなぁ。たかが七徹くらいで倒れるなんて……」


「な、七徹!?」


 ハーマンさんの目の下には割とはっきりと隈があるので、相当に疲れてるんだろうなぁという予想はしていた。が、それを遙かに超える発言に、俺は人事ながら眉を潜めてしまう。


「そ、それは流石にもうちょっと休んだ方がいいんじゃないですか?」


「普通の人間は、七日寝ないと死ぬデスよ!?」


「いやいや、このくらい平気ですって。それに七徹とは言っても、実際には途中で何度か意識がなくなってるんで、多分知らないうちに寝てますしね」


「それは寝てるのではなく、気絶してるのではないか? 仕事を頼みにきた妾達が言うことではないかも知れぬが、絶対に休んだ方がいいと思うのじゃ」


「自分でもわかってるんですけどねぇ、でも一度夢中になっちゃうと、気づいたら時間が飛んでいて……ハハハハハ」


「あー、これは他人が何を言っても駄目なやつデス。ゴレミは詳しいのデス」


 真剣なローズの忠告を聞き流すハーマンさんに、ゴレミが呆れた声で言う。だがそれすらも華麗にスルーして、ハーマンさんが改めて話を切り出してきた。


「で、僕に仕事というのは?」


「あ、はい。実は鍛冶師のディルクさんに紹介されまして……」


 問われて俺は、さっきのディルクさんとのやりとりを説明した。そのうえで展開した状態の<歯車の剣>をハーマンさんに渡すと、その瞬間ハーマンさんの身に纏う空気が一変する。


「これは……」


「何かわかりますか?」


「ここの魔導回路の組み合わせは、ジョフソンの三重回路? いや、こっちはターバック派の魔導関数定理に、スコルヴィアの法則を当てはめてる? 全く逆の性質のはずのものを、何で組み合わせて……違う、合わせないで切り替えてる!?」


「あのー……」


「おかしいおかしい。何でこれで魔力が通るんだ!? でも実際に計算してみたら確かにピッタリ合うし、ということはこの歯車の数がニコラスの定理から導き出された三、八、一の六弦指数を……」


「……えっと」


「マスター、これは無理デス。きっとゴレミがカエラ直伝のセクシーポーズを決めても動かないデス」


「クルトよ、どうするのじゃ?」


「はぁ……仕方ねーし、少し待つか」


 ゴレミのセクシーポーズはお笑い枠として少し見たい気はしたが、それはそれとして俺はハーマンさんが落ち着くまで待ってみることにした。だが五分経ち、一〇分経ち、ハーマンさんの独り言が止まることはない。


 そしてそれが三〇分、一時間となったところで、遂に俺は待つのを諦めた。


「あの、ハーマンさん? そろそろ話を……」


「ブツブツブツ……ブツブツブツブツ……………………」


「あー…………じゃ、じゃああれです。また後で来てみますね? 二人共、行くぞ」


「そうデスね。また明日にでも来てみるデス」


「では、邪魔したの」


 俺達が一方的に挨拶をするも、死霊のような雰囲気を纏い、血走った目で<歯車の剣>を見つめるハーマンさんは無反応。仕方ないのでそのまま家を出て、流石に今日はもう疲れたということで、カエラさんに紹介して宿屋に部屋を取る。


 そして翌日、俺達は再びハーマンさんの家を訪れたのだが……


「…………え、嘘だろ?」


 扉をノックし、大声で呼びかけ、それでも返事がなかったので今回も勝手に家の中に入ったのだが、そこには昨日と寸分違わぬ位置に、全く同じ格好をしているハーマンさんの姿があった。


「まさか昨日からずっとあのまま……1? こ、怖いのじゃ! 妾、ちょっと泣きそうなのじゃ!」


「マスター、どうするデス? 今日も諦めて、また明日くるデス?」


「それは流石に……あのー、ハーマンさん?」


 耳元で呼びかけてみたが、ハーマンさんは微動だにしない。これはどうしたもんかと本気で悩み始めると、唐突にハーマンさんがクワッと目を見開き、大声をあげて椅子から立ち上がった。


「そうだったのかっ!」


「ふぉっ!?」


 ビックリした、ビックリした! スゲー本気でビックリした! ドキドキする胸を押さえて俺が口元を引きつらせていると、目の下の隈を更に濃くしたハーマンさんが、穏やかな表情を浮かべて話しかけてくる。


「あれ? 貴方は……」


「ど、どうも。クルトです。また勝手にお邪魔しちゃって、申し訳ありません」


「……ああ、クルトさん! あれ、またというのは?」


「え? いやだから、昨日に続いて今日も勝手に入っちゃったんで……すみません、何回も呼びかけたりノックしたりしたんですけど」


「あ、ああ! そうか、また夢中になっちゃってたのか……こちらこそ、対応できずにすみませんでした」


「いやまあ、俺の方はいいんですけ……それより俺の剣について、何かわかったんですか?」


「そう! それですよ!」


 問う俺に、ハーマンさんが身を乗り出して再び叫ぶ。


「いやぁ、これは凄いですよ! 最初は精緻な設計なのに随分と中途半端な構成だなと首を捻っていたんですが、そこでクルトさんの『この剣を作った人も構造を理解していたわけじゃない』という言葉を思い出したんです!


 で、僕はこれを完成品じゃなく、中古の発掘品という観点から改めて考察し直しまして、そうすると曖昧だったり足りなかったりする部分が色々と見えてくるわけですよ!


 そうなればあとは僕の知識量の問題です。本当の遺物ではないので作成年代がわからないからどんな知識を当てはめるのが最適かを判別するだけでも時間がかかっちゃいましたけど、それを遂に特定できました! なんと六五〇年前のティルティスタン王朝時代に開発された術式で、なかでも異端とされた幻のロイラッツ異聞録に記録された――」


「近い近い近い! あの、説明してくれるのは凄くありがたいんですけど、もうちょっとこう……結論だけ掻い摘まんでもらうことってできないですかね?」


 鼻が触れそうな距離で熱弁され、俺は飛んでくる唾を顔をしかめて受け止めながら、何とかそう言ってハーマンさんの勢いを制しようとする。するとハーマンさんはもじゃもじゃ頭をフルンと揺らし、小さく咳払いをして落ち着いてくれた。


「コホン……す、すみません。また興奮してしまいました。そうですね、わかりやすい結論を一つ言うなら、クルトさんが<歯車の剣>と呼ぶこれは、剣じゃありません。いや、今現在は剣として作られてますけど、実際にはこれの内部機構は剣として設計されていないという感じですかね」


「剣じゃない? じゃあこれ、何なんですか?」


「ふふふ、ケンではあっても剣ではない……これの正体は『鍵』です」


 首を傾げる俺に対し、ハーマンさんがニヤリと笑ってそう告げた。

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