意外な縁

「ディルクさん、ヨーギさんのこと知ってるんですか!?」


 まさかこんなところで聞くとは思わなかった名前に、俺は驚いてそう問い返す。するとディルクさんもまた驚きと納得の入り交じった表情で、大きく頷いてから口を開いた。


「やっぱりそうか。どっかで見たことある作りだと思ったが……まさかあいつが、まだ鍛冶をやってるとはなぁ」


「おいクルトよ、ヨーギとは誰じゃ?」


「ん? ああ、ローズは知らねーよな。俺とゴレミがエーレンティアで世話になった鍛冶師の人で、あの剣を作ってくれた人だよ」


「ほほう、そうじゃったのか」


「ディルクはヨーギのことを知ってるデス?」


「ああ、まあな。つっても若い頃に何年か一緒に修行してたことがあるってだけだから、そう深い知り合いってわけじゃねぇが……そうか、あいつまだ鍛冶やってやがったのか」


 そう言うディルクさんの顔には、何とも懐かしそうな表情が浮かんでいる。それを見たゴレミが目を爛々と輝かせてその話題に食いつく。


「若い頃、一緒に! それを今も覚えてるなんて、何だか青いラブの匂いがするデス!」


「馬鹿言え、そんなもんじゃねぇよ。そもそも俺は別の女と結婚して子供も孫もいるし、向こうだっていい年のババアになってんだろうが!」


「バ、ババァ…………」


「ん? どうした?」


「ヨーギのオババは、見た目だけならローズより年下デスよ?」


「…………は?」


 苦笑する俺の隣でそう口にしたゴレミに、ディルクさんが変な顔になる。なので俺とゴレミがヨーギさんの<美肌>スキルについて説明すると、ディルクさんは何とも言えない渋顔になった。


「な、なるほど。<美肌>なぁ……あいつも難儀してんだな」


「まさか<美肌>スキルにそのような効果があったとは……知り合いに教えたら一騒動起きそうなのじゃ」


「いやいや、そうはならねーだろ? ヨーギさんも言ってたけど、ぱっと見若くなるためだけに、常時肌を焼くようなご婦人なんて……」


「甘いぞクルトよ。女の美に賭ける情熱は、その程度で収まるものではない。もし<美肌>のスキルを持っていたら毎日酸を浴びるであろう者が妾の知り合いに三人はいるし……何よりそれが広まれば、自分の娘に<美肌>のスキルを取らせ、有無を言わさず肌を焼き続ける親が出てくるはずじゃ。


 何せ、安価な投資で確実に娘の価値・・が高まるわけじゃからな」


「おぉぅ……」


 真剣な顔で言うローズに、俺は心底引いた声を漏らす。王侯貴族の闇、深すぎるだろ……


「っと、話が逸れたな。まあ誰が作ったかなんてのは、実際にはどうでもいいんだ。それより兄ちゃん、この剣なんだが……」


「あ、はい。どうでしたか?」


「剣として見るなら、ただの二流の鉄剣だ。見るべきところは何もねぇし、うちの店になら商品としては並べねぇ。こいつに手を入れて強くしろって言うなら、まず投げ捨てて新しい剣を打つところから始めるって感じだな」


「あー……」


 何とも辛辣な意見だが、俺は鍛冶師ではないので、それに反論することはできない。それに実際、これを打ったヨーギさん自身も「この剣はガラクタみたいなもんだ」と言っていたくらいだから、おそらく正当な評価なんだろう。


 それに、ディルクさんの言葉はまだ終わっていない。


「だが、こいつの本質は中の仕組みだと俺は思ってる。で、それに関しては俺には何もわからなかった。これをヨーギが作ったって言うなら、今すぐ魔導具職人に転職しろって怒鳴り込みてぇくらいなんだが?」


「ああ、その仕組みはヨーギさんが考えたわけじゃなくて、元々そういう機構のあった剣? の残骸を持っていったら、それを再現してくれたんです。なのでヨーギさん自身にも仕組みはよくわかってないって話でした」


「そうか、それなら納得だ。あいつは鍛冶の腕はからっきしだったけど、手先は割と器用だったからな。


 だがそうなると、俺には本格的にどうしようもない。なんでうちの店に商品を卸してくれてる魔導具職人にこいつを見せたらどうかと思うんだが、どうだ? あ、勿論借りてる間は俺の店の剣を貸すぜ? 自分で言うのも何だが、単純に剣として使うならこれよりずっと上等なやつだ」


「そういうことなら、いいですよ。俺も<歯車の剣>についてはもっと詳しく知りたいと思ってましたし」


「そう言ってくれるか! んじゃ、場所を教えてやるから、行ってみてくれ。あいつはちょっと変わり者だが、俺の名前を出せば悪いようにはしねぇはずだ。


 んじゃ、鎧の調整をちゃちゃっとやっちまうか!」


 そうして話がまとまると、ディルクさんは俺の感想を紙に纏め、綺麗に磨き上げられた鋼の剣を貸してくれた。俺は返してもらった歯車の剣と一緒にそれを腰に佩くと、仲間達と揃って教えられた場所へと向かう。するとそこにあったのは、ごく普通の民家であった。


「ここ、か? 看板とかもねーし、普通の家っぽいけど……?」


「いや、違うのじゃ。確かに見た目は普通の家じゃが……何と言うかこう、扉の向こうから妙な圧力のようなものを感じるのじゃ」


「へぇ?」


 若干眉を潜めて言うローズに、俺は改めてその家を凝視してみる。だが平凡な木製の扉をどれほど見つめようとも、俺には何も感じられない。


「……わからん」


「そんなの入ってみればわかるデス! こんにちはー! 誰か居るデスかー?」


 首を傾げる俺をそのままに、ゴレミがゴンゴンと扉を叩いて声をかける。すると家の中からガタガタと音がし始め……しかしなかなか誰も出てこない。


ガタガタガタ……ガタンッ!


「お、おい、今でかい音したぞ? これ平気か!?」


「無礼は承知じゃが、開けた方がよいかも知れぬのじゃ」


「なら、ゴレミがやるデス! 二人は念のために、ゴレミの後ろに隠れるデス!」


 まるでダンジョンの小部屋に入るときのように、俺達はきっちりと隊列を組んで身構える。その後互いに目配せをして頷き合ってからゴレミがゆっくりと扉を開くと、その隙間から何かがガラガラと溢れだしてきた。


「うおっ!? 何だこりゃ!?」


「何かの部品……作りかけの魔導具とかかの?」


「マスター、どうするデス? 今ならまだ、強引に扉を閉めることもできるデスけど……」


「いや、中がこれって絶対ヤバいだろ。俺達はもっと下がるから、ゆっくり開けていってくれ」


「了解デス!」


 俺とローズが数歩後ろに下がったのを見て、ゴレミが少しずつ扉を開けていく。それに合わせて謎の部品だのなんだのが家の前にどんどん出てきて、扉を全て開ききる頃には、ゴレミの足が膝くらいまで部品で埋まってしまっていた。


「凄い量が出てきたのじゃ……」


「マスター! 中で人が倒れてるデス!」


「よし、俺が行く! ゴレミはそのまま扉を維持、ローズはこいつを片付けて人が通れるようにしてくれ」


「ここはゴレミに任せて先に行くのデス!」


「わかったのじゃ!」


 魔導具の扱いなんて俺にはわからないので、そこはローズに任せて俺は家の中へと入っていく。できるだけ軽い足取りで踏まないように気をつけるが、流石にこの量を全てよけるのは不可能だ。


 勿論時間をかけて片付ければ別だが、人が倒れてるってことは頭を打ってる可能性もあるからな。ここは多少のリスクは覚悟で踏み込むところだろう。


「木箱が盛大に崩れてやがるな。これの中身が溢れたのか? っと、それはどうでもいいとして。おーい、大丈夫か!」


 倒れていた人の顔の側でしゃがみ込むと、俺は大声で呼びかける。すると幸いにもその人物はすぐにもぞっと体を動かし、うめき声をあげて目覚めてくれた。


「う、うぅぅ…………あれ、僕は一体……?」


「お、意識があるのか。なら大丈夫そうだな」


「貴方は……?」


「アンタに用があって訪ねてきたんだが、家の中から大きな音がしたんでな。無礼を承知で勝手に入らせてもらったら、アンタが倒れてたんで声をかけたんだ」


「そうでしたか。それはお手数をおかけしました」


 そう言いながら体を起こすと、爆発した鳥の巣みたいなもじゃもじゃ頭のその人物が、どうにも頼りなさそうな感じでほにゃっと笑った。

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