ダンジョンの怪談
「おおー、本当に火山があるのじゃ!」
カエラさんに「行ってらっしゃーい」と手を振って見送られ、探索者ギルドの外に出た俺達。振り返って見えた光景に、ローズが感嘆の声を漏らす。
「火山と言うにはちょっと小さいデスけどね」
「ま、そこはダンジョンだしな」
次いだゴレミの言葉に、俺は苦笑して合わせる。町の中央にそびえ立つ火山は確かに町にある一番高い建物の何倍もの高さだが、それでも普通に山頂が見えてしまっているあたり、確かに山としては相当に低い。
が、それもまた「ダンジョンだから」で説明がついてしまう……というか、そうとしか説明ができない。何せ山頂からは今もグツグツと沸き立つマグマが流れ出ているのだが、それが山の周囲を囲む探索者ギルドの建物に辿り着くことは永遠にないに、熱そうな見た目に対して周囲に熱気が漏れることもないのだ。
どうやっても近づけないということもあって、あれは火山の幻が見えているだけという意見もあるらしい。
「そう言えば、<
「ん? なんじゃそれは?」
と、そこで俺は益体もない話を思い出す。それにローズが食いついてきたので、俺は笑いながら話をしてやる。
「あー、ほら、<
「ど、どうなったのじゃ?」
問うてくるローズに、俺はニヤリと笑って話を続ける。
「さっきカエラさんも言ってたけど、ダンジョンって正規の入り口からじゃねーと入れないだろ? 計算では一分もかからず山頂に降り立てるはずなのに、そいつは五分経っても一〇分経っても空を落ち続けた。
それは一時間経っても、一年経っても変わらず、かといって空を落ち続けてるんじゃ戻ることもできねーわけで……そいつは何十年も何百年も、そしておそらくこれから先もずっと、世界の終わりまで空を落ち続けてるって話だ」
「ふぉぉ、怖いのじゃ! 恐ろしいのじゃ! 思わず泣いてしまうのじゃ!」
「ははは。まあ作り話だろうけどな」
「んなっ!? クルトお主、妾に嘘を話して怖がらせたのか!? 何と言う趣味の悪さじゃ! ひっぱたいてやるのじゃ!」
「悪かったって。ほら、そろそろ行こうぜ」
ペシペシと俺の体を叩いてくるローズを宥めつつ、俺達はカエラさんに紹介された店に向かって町を歩き出す。賑やかな喧噪はそれだけでも心が躍るものだが、ローズのご機嫌は未だに直りきらない。
「むぅ、クルトは悪い奴なのじゃ! 性根がねじ曲がっておるのじゃ!」
「そこまで!? いやでも、怪談ってそういうもんだろ? なあゴレミ」
「そうデスね。整合性のとれた現実の話だと、単なる経験談になっちゃうデス」
「まあ、それはそうじゃが」
「そもそも今の話だって、空から飛び降りるって着地どうするつもりだったんだよとか、落ち続けてるってのを誰がどうやって確認するんだよとか、突っ込みどころ満載だろ? そんな真面目に怖がる話でもねーと思うんだが」
「うぅ、そう言われるとそうなんじゃろうが……何というかこう、『永遠』とか『終わらない』みたいな話は、漠然とした恐怖を感じるのじゃ」
「なるほどねぇ。ま、わからなくはねーけど、それでずっと拗ねてるのはもったいねーだろ。ほら、この辺は大分賑やかで面白そうだぜ?」
言って俺が首を巡らせると、通りは沢山の人が行き交い、幾つもの店が建ち並んでいる。探索者ギルドの近くというのもあるのかも知れねーが、特に多いのが武具を扱う店だ。
「武具の店が多いのぅ。何か理由があるのじゃろうか?」
「<
「おー、よく知ってるな」
「さっきカエラに教えてもらったデス!」
感心する俺に、ゴレミがドヤ顔をしながら胸を張る。どうやらあの時教えてもらったのは、ゴレミにとっては無意味極まりないセクシーポーズだけではなかったらしい。
「無限!? また終わらないやつなのじゃ!?」
「そっちじゃなくて、ゆめまぼろしで夢幻デス! 見つけても入らずに放置していたり、一度入ってから出るとパッと消えてしまうから、そんな風に呼ばれてるらしいデス」
「へー。ってことは、<
固い鉱石を砕けるくらいだから、ツルハシというのはでかくて重い。最初から採掘目当てならともかく、滅多に見つからない坑道のために常にそれを持ち歩くのは、精神的にも肉体的にも辛いだろう。
「早々見つからないと思って、持たずに入る人も普通にいるみたいデス。でもそういう時に限って『夢幻坑道』を発見してしまって、血の涙を流すというのが<
「ははは、そりゃ確かに、酒場で愚痴るにゃ最適だ」
手間を惜しんだせいで大金を掴む機会をふいにしてしまったとなれば、そりゃもうやけ酒でも飲んで誰かに愚痴らなきゃやってられないだろう。
「大丈夫デスよマスター! ツルハシなんてなくても、ゴレミならパンチで一発デス!」
「お、そうなのか? そいつは便利だな……もし見つけたら頼りにしてるぜ?」
「ゴレミにお任せデス!」
そんな雑談をしながらも、俺達は順調に歩き進んでいく。変なチンピラに絡まれることもなければ、謎の小道に迷い込んだりすることもなく、ごく普通に通りを進んだ先にあったのは……
「普通の店だな?」
「ちょっと浪漫が足りないデス」
「二人共何を言っておるのじゃ?」
エーレンティアの時に行ったヨーギさんの店と違い、そこは周囲の町並みとなじんだ、ごく普通の店だった。赤い屋根に白い壁、木製の扉には金属の棒をねじ曲げて作ったと思われる看板がかかっており、その下には「ディルク武具店」と名前も彫られている。
「ま、とりあえず入ってみるか。こんちわー!」
声をかけながら扉を開くと、店の中もごく普通に整理整頓され、綺麗に商品が陳列されている。どうやら他に客はいないようで、俺達の姿を見た店の人が、すぐに反応して声をかけてくれた。
「おう、いらっしゃい! 今日は何の用だい?」
「……………………」
「? お客さん?」
「あっ、すみません! いや、その、普通の人だったので……」
「…………?」
「すみません! 本当にすみません! こっちの話なんで!」
俺達を出迎えてくれたのは、六〇歳くらいと思われる白髪の老人だった。だが顔に刻まれた皺とは裏腹に体つきはガッシリしており、見るからに職人といった雰囲気を醸し出している。
だからこそ「ローズより年下に見える幼女が出てこなかったことに驚いた」なんて事実は、未来永劫伝えることはできない。言ってもわけわかんねーだろうしな。
「まあいいけどよ。それで? 今日は何が入り用なんだい?」
「あ、はい。探索者ギルドのカエラさんの紹介で、こちらでいい感じの耐熱装備を揃えられると聞いたんですけど……」
「耐熱装備? そりゃあるが、あれは結構高いぞ? 悪いが兄ちゃん達じゃ……って、そうか。兄ちゃん達、ひょっとして『夢幻坑道』を引き当てたな?」
「え?」
意外なことを言われて一瞬言葉を詰まらせる俺に、しかし店の人と思われるご老人は納得顔で頷きながら話を続ける。
「そうかそうか、新人が一発大金を稼いで、それを浪費するんじゃなく今後のために装備につぎ込もうってか! いい心がけだ! 気に入ったぜ! そういうことなら、ほれ、この辺だ」
上機嫌になった老人が、そう言って俺達を商品に案内してくれた。
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