店主のお勧め

「兄ちゃんの体格だと、大体この辺だな」


 そう言ってまず見せられたのは、暗めの赤銅色の革鎧の上に金属プレートの補強がなされた、いわゆる軽鎧というやつだ。確かにこれなら、俺が今装備している安物の革鎧の正統進化って感じがする。


「こいつはフレアリザードの皮をなめして、その上に耐熱の魔法を付与した金属パーツを付け足したやつだな。見た目よりずっと軽くて動きやすいが、耐熱効果はまあそこそこだ。


 とはいえ五〇度くらいまでなら平気だから、浅いところを歩き回る分には何の問題もねぇよ」


「五〇度!? そりゃ凄いですね」


 店主……ディルク武具店なので、多分ディルクさん……の説明に、俺は素直に感心する。五〇度が平気というのも凄いが、それを平然と「浅いところ」と言われてしまったことにも驚く。なるほど、そりゃ確かに耐熱装備なしじゃ<火吹き山マウントマキア>は歩けねーわな。


「ちなみに、一応金属パーツの部分だけを外して、別の……例えば兄ちゃんが今着てる革鎧の上に装着することも可能だ。その場合は若干耐熱性能が落ちるが、それでも四五度までは耐えられることを保証する。


 ただまあ、よっぽど予算が厳しいか、元の装備が優秀でもないなら正直お勧めはしねぇな。特に兄ちゃんのそれは駄目だ。んなぺらっぺらの革鎧じゃ、フレアリザードに噛まれたら一発で死ぬぞ」


「うへぇ……」


「店主殿、フレアリザードというのはどういう魔物なのじゃ?」


 腹に大穴を開けた自分を想像して俺が顔をしかめると、隣でローズがそう問う。すると問われた老人は少しだけ驚いた顔をしてその言葉を否定した。


「おっと、俺は鍛冶師だが、店主じゃねぇぜ? この店は息子のもんだ。息子は<鍛冶>のスキルがない代わりに商売系のスキルをもらってな。だから俺の名前のついてる店ではあっても、店の主人は息子なんだよ」


「むぅ、それは何ともややっこしいデス」


「ハハハ、俺もそう思うけどよ、息子が自分と同じ系統のスキルを得られるかなんて神様にしかわかんねぇだろ? 息子が店を開かなきゃどっかの店に自分の作品を卸すだけだっただろうし、逆に息子が同じように<鍛冶>系のスキルをもらってたら……あー、その場合もやっぱり別の店に商品を卸す感じになってたか?


 まあとにかく、ここは俺の打った武具と息子が仕入れた武具の両方を扱ってる店ってことだ。客のあんたらは何も気にせず、気に入ったものがあったら買ってくれりゃ十分だぜ!」


「それはそうじゃな」


 笑うディルクさんに、ローズが頷く。確かに客側からすれば、盗品とか違法な品でもないのならあまり関係のない話だ。よそから仕入れたから手入れできないとか言われたら困るが、流石にそんなことはねーだろうしな。


「っと、話が逸れたな。フレアリザードだが、<火吹き山マウントマキア>の浅い層に出る魔物で、名前通りでっかいトカゲだな。基本攻撃は噛みつきと爪での切り裂きで、一度だけだがそれなりの火を吐いたりもできる。


 で、薄い服ってのは斬撃にゃ強いんだが、打撃と刺突にゃほぼ無意味だ。爪のなぎ払いは打撃と斬撃の複合だし、噛みつきは思いっきり刺突だから、ある程度固かったり厚みのある防具じゃねぇと、ほとんど攻撃を防げねぇ。


 なわけだから、商売っ気を抜きにしても兄ちゃんが買うならセットがお勧めだ。職人の端くれとして、死ぬのがわかってるような装備は売りたくねぇしよ」


「お気遣いありがとうございます。ちなみにこれ、幾らくらいなんですか?」


「金属部分だけなら五〇万。セットなら……そうだな、八〇万クレドに負けてやろう」


「八〇万…………」


 提示された金額は、おそらく性能からすると妥当なものなんだろう。だがちょっと前に治療費の二〇万クレドが支払えなくて借金をしていたような俺の金銭感覚では、目が飛び出るくらいに高い。


「のう店主殿。妾の方はどんな装備があるじゃろうか?」


 考える俺をそのままに、再びローズがディルクさんに声をかける。するとディルクさんが手招きをして、指輪だのネックレスだのがあるスペースへ案内してくれた。


「嬢ちゃんが装備するなら、こういうのだな。身につけることで耐熱の付与魔法が発動する魔導具だ。ただ身につけてる間は常時魔力を消費するから、浅い層にしかいかねぇのに高い効果のものを身につけると無駄に魔力を消費しちまうのに注意だな」


「へー……ちなみにこういうのって、耐熱じゃない普通の装備をした俺とかが身につけても効果あるんですか?」


「なくはねぇが、普段から魔法ってか、魔力を使い慣れてねぇ奴が身につけると効果が不安定になったり、魔力を使いすぎていきなり目眩が起きるなんてこともあるから、あんまりお勧めはできねぇな。ああ、勿論耐熱防具の方は、そういう戦士用に調節してるから、そういう心配はねぇよ」


「ふむふむ、ならば確かに妾が身につけるなら、こっちじゃな。妾が鎧など身につけても動けぬし、魔法は使い慣れておるからの」


「ははは、そいつぁいい! 後は……そうだな。この店じゃ扱ってねぇけど、直接魔法を付与した服を売ってる店なんかもあるぞ。嬢ちゃんが着てるドレスもそうだろ?」


「えっ、そうなのか!?」


 ディルクさんの言葉に、俺は思わずローズの方を振り返る。するとローズは呆れたような表情でその口を開いた。


「当たり前なのじゃ! というか、魔法付与もされてないただのドレスでダンジョンを歩き回ったりしていたら、あっという間にボロボロのつぎはぎだらけになってしまうのじゃ!」


「お、おぅ。そうだよな」


「とはいえ確かに、このドレスは汚れづらく破れづらいというだけで、特別な防御能力があるわけではない。服ごと買い換えるというのも手ではあるが……このドレスには割と愛着があるので、できれば装飾品で補う形にしたいのじゃ」


「となれば、やっぱりこの辺だな。魔法系のスキルなら……魔法系だよな?」


「そうじゃ! 妾のスキルは<火魔法>なのじゃ!」


「なら問題ねぇな。魔力の消費効率を重視するならネックレスがいいが、ネックレスは何かに引っかけた時に首が絞まらねぇよう、ある程度わざと切れやすい作りになってんだよ。


 だから自分の魔力に自信があったり、あくまでも補助としてしか魔法を使わねぇなら指輪とか腕輪型のがお勧めだな。ちなみに効果は腕輪の方が高いが、その分値段も高い。


 ちなみにネックレス型は七〇万で、腕輪型は八〇万、指輪型は五〇万だ。魔力消費はネックレスを基本とすると、腕輪型で二割増し、指輪型なら四割増しってところだ」


「む、ネックレスより腕輪の方が高いのか? それにさっきの鎧は金属部分だけなら五〇万じゃったのに、こっちの方が高いのか?」


「そりゃ小さくするってのは、それはそれで技術がいるからな。それに最初に言ったが、俺はあくまでも鍛冶師であって魔導具師じゃねぇ。ある程度は見りゃわかるが、魔導具部分そこを作ってるのは別の奴なんだよ


 装飾品の類いは店の外から仕入れてる部分が大きいから、その分割高なのは仕方ねぇだろ。どうしてもってなりゃ直販店に行けば多少は安くなるだろうが、ぶっちゃけそうは変わらねぇよ。


 向こうは向こうで指輪や腕輪の台座部分を俺から仕入れてるわけだから、そこの部分はうちより高い……つまり結局は大体同じくらいになるってことだ」


「上手くできとるのぅ」


「ハハハ! 俺が考えたわけじゃねぇけどな!」


 苦笑するローズに、ディルクさんが豪快に笑って答える。そういうことをあけすけに言ってしまう辺り、確かにこの人は職人であって商売人じゃないなというのがよくわかる。


「で、どうする? 確かに安い買い物じゃねぇけど、<火吹き山マウントマキア>で探索者を続けたいってなら、これが最低レベルだと俺は思ってる。もっと安く揃えられる場所もあるが、大抵は数回使ったら駄目になるような粗悪品か、試しに潜ってみようって奴が使う割高の消耗品だ。一回二回使うだけならいいが、五回以上使うなら却って高くつく。


 そっちを試してみるって手もあるが……カエラちゃんの紹介だって言うなら、本気で潜るつもりなんだろ? なら最初からこのくらいは揃えた方がいい。どうしてもってなったら買った装備を中古で売ることはできても、死んじまったらそれまでだからな」


「そうですね……少し仲間内で相談してもいいですか?」


「おう、勿論だ! 他の客もいねぇし、ゆっくり話し合いな」


「ありがとうございます」


 快諾してくれたディルクさんにお礼を言うと、俺は改めて仲間達との話し合いを始めた。

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