転移したら金持ちだった件

「さて、お喋りは楽しいけれど、そろそろお仕事もしないと怒られちゃうわね。貴方達、この町のダンジョンのことはちゃんと知ってるのかしら?」


 ゴレミとの雑談をほどよいところで切り上げたカエラさんが、俺の方に顔を向けて問うてきた。その潤んだ瞳に見つめられるとちょっとドキッとしてしまうが、また蹴られるのは御免なので俺は真面目に答える。


「一応大まかな概要くらいは……って感じですね。正直ここに来るつもりじゃなかったので、詳しくはないですけど」


「そう。なら知識に抜けがあっても困るだろうし、最初から全部教えた方がよさそうね。


 このカージッシュにある<火吹き山マウントマキア>は、その名前の通り火山のダンジョンよ。ギルドの外に出ると小さな山が見えて、そこが町の中心になっているの。まあ見えているだけで、入り口からでないと絶対にたどり着けないみたいだけど」


「ほぅ、ここのダンジョンはそういう感じなのか」


 カエラさんの説明に、ローズが感心した声をあげる。


 ダンジョンの特徴の一つに、「入り口以外からは入れない」というのがある。たとえば<底なし穴アンダーアビス>は内部の広さ的にはエーレンティアの町全域の地下に広がっていてもおかしくないくらいなのに、町の地面をどれだけ掘っても<底なし穴アンダーアビス>にたどり着くことはない。


 <無限図書館ノブレス・ノーレッジ>はずっと昔は普通に図書館の建物があったようなのだが、外観は普通に朽ち果て今はあの入り口の門以外残っていない。だというのに内部構造に変化はなく、今も数え切れない程の探索者が活動しているのは、俺達自身がその一人だっただけによく知っている。


 そういう意味では、外から見える火山がそのままダンジョンになっているという<火吹き山マウントマキア>は、むしろ珍しい。まあだからどうということではないんだけどな。


「ダンジョン内部は、基本的には普通の山と変わらないわ。ゴツゴツした岩肌の斜面が延々と続いていて、上に登れば登るほど敵が強くなっていく。


 だから普通の山登りみたいに、調子に乗ってどんどん登っていくのは絶対に駄目よ。まずは横方向への移動を繰り返して、そこで出会う魔物が明らかに弱いと感じたら少しだけ上に登る感じがいいわ。それを繰り返して、じっくりと今の自分の適正な場所を探すのが長生きのコツよ。


 それと、もし自分が手に負えない強さの魔物に出会ってしまった場合、必ず横方向に逃げること。何らかの理由でそれが出来ない場合は上ね。もっと強い魔物に出会う可能性もあるけど、自分達より強い探索者に出会うことができれば、助けてもらえる可能性もあるから。


 逆に絶対にやったら駄目なのは、助かりたい一心で下に向かって移動すること。魔物は自分から上や下に移動はしないけど、人を追いかけている場合はその限りじゃないの。だからそうやって上層の強い魔物を下層に引き連れてこられると、自分達じゃ歯が立たない強力な魔物に下層の探索者が襲われる大惨事が起きてしまう可能性があるの。


 それもあって魔物を引き連れての下山は重大な違反行為として死罪を含む厳罰に処されるから、絶対に忘れないでね」


「おぉぅ……わかりました、しっかり覚えておきます」


 そうか、壁とか階段でわかれてないってことは、そういうことがあり得るのか……となると<火吹き山マウントマキア>は、<底なし穴アンダーアビス>や<無限図書館ノブレス・ノーレッジ>よりも大分難易度が高いかも知れない。


「魔物の強さ以外で、自分達がいる場所を知る方法はないデスか?」


 と、そこでゴレミが追加で質問を投げた。するとカエラさんはその唇を何ともセクシーに吊り上げる。


「ふふ、あるわよ。一番簡単な方法は、周囲の気温を調べることね」


「気温?」


「ええ。<火吹き山マウントマキア>は火山のダンジョンだけあって、凄く暑いの。入ってすぐの辺りならぽかぽか暖かいくらいなんだけど、少し登ると夏のような暑さになるし、更に進めば汗が止まらないどころか、対策なしだとあっという間に倒れてしまうくらい暑く……いえ、熱く・・なるの。


 だからこのダンジョンで活動しようと思ったら、気温対策は必須よ。もっともそれにはお金がかかるから、このダンジョンは新人さんには全くお勧めできないわね。実際ここに入るのは中堅以降の探索者さんたちばっかりよ」


「うげっ、マジですか!?」


 その一言に、俺は今までで一番の衝撃を受ける。なにせダンジョンで稼げないとなれば、俺達には生活していく術がないのだ。


 いやまあ、仕事自体がないわけじゃないだろうが、適当な雑用程度じゃエーレンティアに戻るために必要な費用を稼ぐのにどれだけかかるかわかったもんじゃねーし、何より一年すら経たずに探索者としての道を絶たれるのは我慢ならない。


「ぬぅ……」


「? どうしたのじゃクルト?」


「いや、ここで活動できないなら、近くの小ダンジョンに行くしかねーだろ? でもメタラジカ王国の土地勘なんてこれっぽっちもねーから、どうしたもんかと……」


「??? 何故ここで活動できぬのじゃ?」


「ローズ、お前だってカエラさんの話聞いてただろ? 装備を揃えるのに金がかかるって……」


「金ならあるではないか! ガーベラ姉様との契約で稼いだ金はかなりの大金じゃぞ?」


「あっ!?」


 そう指摘され、俺の脳裏に金貨の山が振る。そう言われてみれば……


「おいゴレミ、今のパーティ資金ってどのくらい貯まってたっけ?」


「個人で分けた分を除くと、三〇〇万クレドくらいあるデス」


「さっ!? そ、そうか。そんなにあったのか……」


 三〇〇万クレドは、言うまでもなく大金である。いつの間にそんなに……と思ったが、契約は一人一日五万クレドで、三人が一ヶ月となると四五〇万クレドになる。無論そこから個人の取り分とか必要経費とかをさっ引くからそれが丸々稼ぎになるわけじゃないが、それでも無駄遣いしなければ、確かにこのくらい貯まっていてもおかしくない……らしい。


「貴方達、随分とお金持ちなのねぇ。それだけ予算があれば、十分な耐熱装備を揃えられるはずよ。よければお店を紹介しましょうか?」


「ありがとうございますカエラさん。お願いします」


 カエラさんの申し出に、俺はお礼を言って頭を下げる。するとカエラさんはまるで子供にそうするように俺の頭をイイコイイコと撫でると、優しい笑みを浮かべて言う。


「ふふ、いいのよ。探索者の人達の力になってこその探索者ギルドだもの。あー、そういうことなら宿の方もいくつか見繕ってあげるわ。それだけ予算があるなら大抵の場所は平気でしょうけど……でも宿みたいな場所は、今いくら持ってるかより幾ら稼げるかを基準で選んだ方がいいから、あまり高級宿はおすすめしないわ。それに慣れちゃうと安宿に泊まるのが苦痛になっちゃうから」


「ははは、そうですね。まあこいつはあぶく銭みたいなもんなんで、その辺はしっかり考えます」


「マスターの財布の紐はゴレミがガッチリと握っておくデス! えっちなお店には通わせないのデス! あ、でもゴレミのセクシー下着を見たいという要望にはお小遣いを奮発するのデス!」


「通わねーよ! あといらねーから、無駄遣いすんな! ったく……まあはそれとして、そういうことなら最初にすることは決まったな」


「うむ、そのようじゃの」


 俺の言葉に、ローズがニンマリと笑みを浮かべて頷く。探索者なら、これに浮かれないやつなんているはずがない。


「大奮発して、新装備の買い出しだ!」


「遂に妾に相応しい装備が手に入るのじゃ!」


「みんなで楽しくショッピングなのデス!」


 三人揃って声をあげ、この町での俺達の最初の目的が決定した。

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