第三章 歯車男と夢の穴
イレギュラーな始まり
「元気を出すデス、マスター。間違いは誰にだってあるのデス」
「そうじゃぞクルト。落ち込んでも何も変わらぬのじゃ」
「ぬぅ…………」
ゴレミとローズに慰められながら、俺はトボトボと通路を歩く。ただしそこは見慣れたエーレンティアの探索者ギルド内部ではなく、完全初見の場所だ。
こうなった理由は、主に二つ。一つはフラム様からもらった
通常、
だが今回フラム様が用意してくれたのは、俺達が移動先に何処を選んでもいいように、どんな場所にでも行ける許可証だった。なので予定と違う場所へ跳ぶ
で、二つ目の理由は何かと言うと……
「てか、何で
探索者ギルドには、
だが、さっき適当な人に話を聞いてみたところ、実際には
「そういうのがあるなら、予定表とか張っとくべきじゃね? こう……次の転移は何時間後で、行き先は何処です、みたいな?」
「関係者は普通に持っておるのではないか?」
「そうデスね。あと多分、聞いたらノエラが教えてくれたと思うデス」
「ぐふっ……」
あまりにもまっとうな二人の突っ込みに、俺は血を吐く思いで声を漏らす。
ああ、そうだ。実際そうなのだ。俺が勝手な思い込みを捨ててちゃんと聞いていれば、今頃はエーレンティアに……あ、いや、この時間だとまだ
「とにかく、来ちゃったものは仕方ないデス。今更戻ることもできないデスし、さっさとこっちで手続きを済ませるデス」
「そうじゃな。クルト達が過ごした町を見損ねたのは残念じゃが、ここはここで興味があるのじゃ!」
「はぁ、そうだな。よし、気を取り直して行くか!」
確かに、本来なら俺達がエーレンティアに帰るのはもっとずっと先の予定だった。なら別の町に寄り道したところで大した問題はない。
実際ウジウジしていたところでいいことなど何もないのだから、俺はパンと自分の手で頬を叩いて気合いを入れると、そのまま通路を進んでいく。そうして辿り着いた受付では、実に素晴らしい出会いが待っていた。
「メタラジカ王国、カージッシュの町の探索者ギルドへようこそ。初めて見る顔だけど、新人さんかしら?」
「は、はい! その、自分はクルトです! よろしくお願いします!」
「クルト君ね。私はカエラよ、よろしくね」
フフッと妖艶な笑みを浮かべるのは、褐色の肌にルビーのような赤い瞳をした年上のお姉さんだ。その魅力的な笑顔は……ん?
「あら、なーに? そんなに見つめて、私の顔に何かついてる?」
「あ、いえ、そういうわけじゃ……すみません」
何だろう。何故かカエラさんが、リエラさんとそっくりな気がしてしまった。でもまあ、気のせいだよな。清楚可憐なリエラさんとは真逆のタイプだし、何より……
「……ごくっ」
ここのギルドの制服は随分と開放的なのか、カエラさんの大きく膨らんだ胸元が、それはもうパックリとご開帳されている。その深い谷間に俺の視線は吸い込まれるように――イテェ!?
「イテェ!? おま、何すんだよ!?」
突如として俺の両臑に激痛が走る。蹴りを放った犯人共に抗議の声をあげると、あろうことかゴレミもローズも呆れたような視線を俺に向けてくる。
「マスターがカエラにえっちな視線を向けるからデス!」
「そうじゃぞ。そういうのはよくないのじゃ!」
「み、見てねーよ! ったく、何言ってんだよ!」
「あら、別に見てもいいのよ? 受付嬢だもの、そのくらい慣れたものよ?」
「えっ? 超イテェ!?」
「マスターのえっち!」
「えっちなのじゃ!」
さっきより強めに臑を蹴られ、俺は思わず悶絶する。するとそんな俺達のやりとりに、カエラさんが楽しそうに笑った。
「ふふっ、貴方達本当に仲がいいわね……ゴレミちゃんとローズちゃんも、よろしくね」
「よろしくデス、カエラ!」
「よろしくなのじゃ!」
「くぅぅ……あれ? 何でゴレミとローズの名前を?」
俺はともかく、二人はまだ名乗っていない。なのに何故と首を傾げると、カエラさんは厚めの唇の横にそっと人差し指を添えて微笑む。
「大人のお姉さんだもの、そのくらいは知ってるわよ。ということで、これをどうぞ」
そう言ってカエラさんが胸の谷間から小さなカードを取り出す。ほのかな温もりの残るそれをドキドキしながら受け取ると、それはゴレミの名前の書かれた「魔導具の使用許可証」であった。
「あの、これは?」
「この町にあるダンジョン<
だからダンジョンに入るときは……ううん、この町に滞在中は、念のために持っておくといいでしょうね」
「おおー、ありがとうデス!」
「ありがとうございます、カエラさん……ひょっとしてですけど、ゴレミのことも……?」
おずおずと問いかける俺に、カエラさんがパチンと意味深なウィンクをしてくれる。この様子だと、どうやらゴレミが完全自立型の自我を持つゴーレムだということも知っているんだろう。
「待て待て、話が見えぬのじゃが……何故カエラ殿は妾達のことを知っておるのじゃ? 当初予定していたエーレンティアに行ったということならわかるが、ここにはクルトが
「あら、知りたがりのお姫様ね? そういうことなら一つだけ教えてあげるわ」
「な、なんじゃ?」
何処か迫力のある声で告げられ、ローズが一歩後ずさる。するとカエラさんはぞくりとするような蠱惑的な笑みを浮かべてローズを見つめる。
「女はね、人に言えない秘密を纏うことで少しずつ大人になっていくの。お姫様もそのうちわかるわ」
「おぉぅ……?」
「深いデス! 深イイ話デス! ゴレミもマスターとのいけない秘密をたっぷりと纏っていきたいデス!
カエラ、カエラ! もっとゴレミにいい女のなんたるかを教えて欲しいデス!」
「ふふ、いいわよ。それじゃゴレミちゃん、私と一緒に素敵なレディを目指しましょうね」
「やったー! デス!」
「の、のぅクルトよ。この二人の会話について行けぬのは、妾が子供だからじゃろうか?」
「……さあ、どうだろうな?」
困惑するローズに、俺もまたそんな答えしか返せない。ただ俺もまた、一つだけわかったことがあるとすれば……
「こんな感じデス?」
「そうね。でももうちょっと上体を傾けて……ゴレミちゃんはスレンダーな体をしてるから、反らす感じでシャープなボディーラインを見せることを意識するのがいいと思うわ」
「わかったデス!」
「この町での滞在も、何か賑やかな感じになりそうだな」
「あー、そうじゃの。少なくとも退屈はしなそうじゃ!」
何故か探索者ギルドの窓口で、カエラさんから色っぽく見えるポーズの指導を受けるゴレミを眺めつつ、俺とローズは顔を見合わせ笑い合った。
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