閑話:皇帝の在り方

今回は三人称です。


――――――――


 これは少し未来の話。無事にクルト達を他国に旅立たせる事に成功したフラムベルトは、それに伴う手続きや手回しのため、帝城へと帰還していた。


(まさか土壇場になって行き先を変えるとはね……思ったよりも警戒されていた? それとも首に鈴をつけられるのを嫌がったのか? だがローザリアはそのまま連れているということだし……ふむ?)


 頭の中でいくつかの可能性を転がすフラムベルトだったが、これといった答えは思いつかない。頭脳明晰なフラムベルトとて、流石に「ついうっかり行き先の違う転移門リフトポータルに乗ってしまった」などという理由は思いつかなかったのだ。


 とは言え、すぐにその思索は終了する。想定と違う場所に行ったとはいえ行き先そのものは補足できているのだし、今必要な対応は外より内だ。頭を切り替え城の廊下を歩いていると、前の方からコツコツと足音を立てて歩いてくる者がいた。


 自分の存在に気づいてなお、歩調を緩めることなく近づいてきたその男は、フラムベルトを前に立ち止まると慇懃な礼をする。


「おや、これはフラムベルト殿下。このようなところで出会うとは、奇遇ですな」


「クリスエイドか……」


 クリスエイド・スィーラス第三皇子。フラムベルトからすれば弟の一人ではあるが、フラムベルトの顔つきはローザリアを前にした時とは明らかに違う、警戒したものだ。


「私がいるとわかっているのに避けなかったとは、随分と急いでいるようだね」


「っ! ……え、ええ、まあ。ですがそれは殿下も同じなのでは?」


「まあね。皇太子ともなると、手を伸ばさねばならない範囲が広くて大変なんだ」


「それはそれは……言っていただければ、いつでもお手伝い致しますが?」


「それには及ばないさ。少なくともオーバードの名を・・・・・・・・持たない者・・・・・に、私の仕事を手伝わせる気はない」


「ぐっ……」


 その言葉に、クリスエイドは強烈な敵意をフラムベルトに向ける。だがフラムベルトはそれに一切動じることはなく、そのうえで言葉を続ける。


「ああ、そうだ。ローザリアのことなんだが……」


「ローザリア……? ああ、あの落ちこぼれが何か?」


「眠っていた魔力を覚醒させたようでね。まだしばらくは様子見だが、もしあの力をきちんと扱えるようなら、ローザリアの皇位継承権は大きく引き上げられることになる。場合によっては『オーバードを名乗らせても良い』とのことだ」


「馬鹿なっ!」


 フラムベルトの言葉に、クリスエイドは我を忘れて大声をあげる。


「何故だ!? 何故あのようなできそこないがオーバードの名を与えられ、第三皇子である私がオーバードの名を名乗れないのですか! そんな事あり得ないでしょう!」


「ははは、あり得ないってことはないだろう? 確かに最初の一〇人は後が全て失敗した場合も考慮して安定した調整をされ、それに伴い皇位継承権を与えられるのが通例ではあるけれど、それでも人それぞれ個性はある。リーゼリアやノルガットだってオーバードは名乗っていないだろう?」


「それはあの者達が皇位継承を投げ出し、好き勝手に行動しているからでしょう! 私は違う! 私こそが誰よりも次の皇帝に相応しい――」


「それだよ」


 色が白くなるほど強く握りしめた拳を振り上げ力説する弟に、フラムベルトは呆れたように声をかける。


「前にも言ったことがあるけど、皇帝というのは手段であって目的じゃない。自分のため、国のため、未来のため……やりたいことややるべき事をやろうとした時、そこに皇帝の地位なんて必要ないんだよ。


 だってそうだろう? 必要なら皇帝となった兄弟に、予算なり何なりを申請すればいいんだ。それがまっとうに国の為になるのなら普通に通るだろうし、通らないなら夢中になりすぎたせいで、自分の目的がオーバードからずれてしまっているということだ。ならばそれを自覚し、修正や再検討をすればいい。それが我らの使命だからね。


 ほら、自分が皇帝になる必要なんて何もないじゃないか」


「なら! もし本当にそう思うなら、殿下が今すぐ皇位継承権を返上してみせてください!」


「ん? 別に構わないよ? 私より皇帝に……オーバードに相応しいと思う相手がいるなら、私は喜んで継承権を放棄しよう」


「なっ…………」


 フラムベルトの本心からの言葉に、クリスエイドは絶句する。自分が欲してやまない立場を簡単に手放すと言い放つ男に、その胸の内ではどす黒い怒りが降り積もっていく。


 そしてその歪んだ精神性を、フラムベルトはきちんと見抜いている。だからこそ可愛い弟のために、フラムベルトは更に言葉を重ねる。


「なあクリスエイド。お前は自分が決める側に……皇帝になって何がしたい? 地位や権力を手に入れたとして、それを使って何をするんだい?」


「それは……勿論、この国をもっと発展させて……」


「それこそ自分が皇帝である必要はないだろう? 兄弟の誰が皇帝であっても、国を発展させることはできるはずだ。むしろお前なら皇帝になんてならず、自分の得意分野に集中して取り組んだ方が成果も出るだろ?」


「……………………」


「人の上に立ちたいという名誉欲とか、他人に認められたいという承認欲求を否定するつもりは私にもない。だが同時に、そんなものに振り回されている人物が、魔導帝国オーバードの皇帝になることはない。


 もっとよく見つめ直せ。お前は――」


「失礼します!」


 兄の言葉を最後まで聞くことなく、クリスエイドはそう言って一方的に会話を打ち切ると、早足でその場を去って行く。カツカツと鳴り響かせた足音がその苛立ちを如実に現しており……だからこそフラムベルトは、去って行く弟の背に哀れみの目を向ける。


「クリスエイド……何故わからないんだ…………」


 国を一つに纏めるために、皇帝という存在は間違いなく必要だ。だがそれは皇帝一人が全てを決めるということでも、国を変えられるということでもない。


 重要なのはそこに持ち上げられる様々な政策を実際に考える人間であり、それこそが国の要。皇帝はそうして精査された書類に最後にサインするだけの、いわば「生きた羽ペン」程度のものでしかないのだ。


 そんなものに固執する理由が、フラムベルトにはわからない。全ての者が賢くあることなどあり得ないと理解しつつも、自分と同じシングルロットである弟がどうして理解できないのかと、ただひたすらに首を傾げる。


(もしもお前が為したいことに、どうしても皇帝の地位が必要というだけ・・であったなら、私も父も喜んでお前に次の皇帝の座を譲っただろう。


 だがお前は皇帝になることそのものに価値を見いだし、そのためにオーバードの矜持を蔑ろにしている。それじゃ駄目だ。誰もお前を認めない……いや、認めることが許されない)


 どれだけ言葉で説明しても、クリスエイドは理解しなかった。そして理解しない者に皇位を譲れるはずがない。


 故にクリスエイドは優れた能力を持ちながら、オーバードの名を名乗ることを許されない。しかもそれが「どうして自分より劣った者達が認められ、自分が認められないのか」という認知の歪みを強める要因となってしまっている。


(一体どうしたらいいんだろうね)


 わからない者がわかるように教えることはできる。だがわかりたくないと駄々をこねる者をわからせるのは、如何にフラムベルトが優秀であろうと難しい。そして今のクリスエイドに、彼が不適格である決定的な言葉は告げられない。


 自ら帝位を望む者を、後継者としない。それこそが魔導帝国オーバードが腐敗することなく続いてきた理由の最たる者。最上位の権力者が権力に固執しないからこそ、この国は今も気高く時代の先頭を歩み続けていられるのだ。


(お前がうらやむオーバードの名を持つ兄弟達、その誰一人として皇帝になんてなりたがってない・・・・・・・・というのに)


 クリスエイドが聞いたならば、きっと自分を殺しに来るであろう言葉をグッと飲み込み、フラムベルトは小さく息を吐いた。

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