覚めない悪夢

「ウギャー! 全裸のマスターが全裸のイケメンに組み伏せられて、メスの顔をしてるデス!?」


「兄様とクルトが、まさかそんな……ち、違う! 妾は何も見ていないのじゃ!」


 クワッと目を見開いて絶叫するゴレミと、真っ赤にした顔を手で覆い、しかし指の隙間からガッツリ見てくるローズ。そんな二人の登場に俺が固まっていると、俺の上に乗っているフラム様が困ったような顔で笑う。


「ははは、これは恥ずかしいところを見られてしまったな……にしても、久しぶりだねローゼリア。元気にしてるかい?」


「あ、はい。まあそれなりには……兄様、いえ、フラムベルト皇太子殿下におかれましては、本日もご壮健のようで……」


「おいおい、公的な場所ならともかく、こんなところでそんな畏まった物言いをする必要はないよ。昔みたいにフラム兄様でいいから」


「そ、そうですか? では遠慮なくそう呼ばせてもらうのじゃ」


「……はっ!? ちょっ、何普通に会話してるんですか!? いいからどいて……あ、怪我とか大丈夫ですか?」


「ん? ああ、すまない。軽く打ったようだが、この程度なら何の問題もないさ」


 我に返った俺が言うと、フラム様はサッと上からどいてくれる。そうして漸く解放された俺が立ち上がると、今度はゴレミが抱きついてきた。


「マスター! もうウホられちゃったデスか!? マスターがそっちに目覚めたなら、ゴレミも断腸の思いで股間にオプションパーツを装着するデスよ?」


「寝言は寝て言え! いや、寝てても言うな! 一生黙っとけ! てか、お前達なんでここに!?」


「それは――」


「私が呼んだんだよ。クルト君が気にしていると思ってね。本来なら風呂から出たあとで再会してもらうつもりだったんだけど……」


 そう言ってフラム様が視線を向けると、ローズが焦って顔の前でワタワタと手を振る。


「いや、じゃって、仲間が突然衛兵に連れて行かれたと思ったら、皇太子である兄様からクルトを預かっておると連絡がきて、指定された場所に来たら扉の向こうから人が争って倒れるような音が聞こえてきたんじゃぞ!? そりゃ開けるじゃろ!」


「あー……まあ、そうだな」


 その言い訳に、俺は頷かざるを得ない。実際もしフラム様が俺を殺すこと選んで組み伏せられていた場合、ローズ達の登場は起死回生の一手となっただろう。礼儀や羞恥より仲間の命を優先した判断は、むしろ感謝して褒めるべきものだ。だが……


「あの、フラム様? とりあえず服を……」


「おっと、そうだね。ここは浴室だ、二人共服を脱ぎたまえ」


「何で!?」


「む、兄様がそう言うのであれば……」


 驚愕の声を上げる俺の前で、ローズが徐に服を脱ごうとする。なので俺はゴレミを振り払い、ローズの手を取ってそれを阻む。


「待て待て待て待て! 何脱ごうとしてんだよ!?」


「何でと言われても……相手は皇太子であるフラム兄様じゃぞ? 妾に拒否権などあるわけないではないか」


「ハッハッハ、いいじゃないかクルト君。どうせここには身内しかいないんだしね」


「既に俺が身内判定にされてる!? いや、そうじゃなくてですね! おいゴレミ、お前も何か……」


「ん? 何デスか?」


 俺が振り向いた時点で、ゴレミは既にスポンとなんちゃってメイド服を脱ぎ捨てていた。三人目の全裸の登場だが、服を脱いだゴレミは単なる石像なので、むしろ着てる時よりエロくない。


「……あー、お前は別にいいや」


「マスターが冷たいデス!? くっ、やはり時代はモロ見せより、チラ見せなのデス! 謎の光は世界の敵なのデス!」


「ほらほら、もう服を着ているのはローザリアだけだよ?」


「ぐぬぬ……しかし兄様、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいのじゃ。妾ちょっと泣きそうなのじゃが……」


「いいから! 脱がなくていいから!」


「しかし兄様が……というかクルトよ、お主はわ、妾の裸には、その、きょ、興味とか、ない? のじゃ?」


「酷いデスマスター! ローズの覚悟を無駄にしちゃ駄目なのデス!」


「あーもう! 話が進まねぇ!」


 遂に我慢の限界を超え、俺の頭の中からスコンと理性の歯車が外れて飛び出す。


「いいから! 全員! 服を着て!!! 浴室から、出て行きやがれぇぇぇ!!!」


 全力でそう絶叫すると、あまりに頭に血が上りすぎたせいか、不意に目の前が真っ暗になり……





「……はっ!?」


「マスター、目が覚めたデス?」


 気づくと、俺は見知らぬ天井を見上げていた。ただし視界の半分はゴレミの顔が覆っている。


「ゴレミ? 俺は一体……っ!?」


 我に返った瞬間、俺は自分の体を確かめる。よかった、服を着ている……ということはつまり……


「どうしたデスかマスター? ゴレミの膝枕の気持ちよさに感動しちゃったデス?」


「そうだな、拷問器具のような感触だ……どうも俺は悪い夢を見ていたようだな」


 くるっと顔を横に向けると、そこにはローズとフラム様の姿がある。当然ながら二人共服を着ており、和やかに談笑しているようだ。ああ、服は素晴らしい。やっぱりあれは白昼夢――


「そろそろ落ち着いたかい?」


「落ち着けるわけがないのじゃ! まさかこんな形でクルトの裸を見るなど……」


 ……ではないらしい。ああくそっ、一体俺がどんな悪事を働いたってんだ!?


「別にいいじゃないかローザリア。お前だってクルト君に、スカートの中に頭を突っ込まれたんだろう?」


「それとこれとは話が別なのじゃ! うぅ、まだ頭の中でぷらぷらしてるのじゃ」


 ……まあ、うん。何もしなかったというわけではないかも知れないけれども。でもあれはあくまでも緊急措置であって、決して邪な思いがあったわけでは……


「ん? おお、目が覚めたようだね」


 と、俺がそんなことを考えていると、俺が起きたことに気づいたフラム様が声をかけてくる。なので俺は体を起こし……どうやら部屋にあったやたらでかいベッドに寝かされていたらしい……その縁に腰掛け直してから答える。


「はい。その、申し訳ありませんでした。お手間を取らせてしまったようで」


「私は何もしていないよ。君の体を拭き服を着せたのは、そのゴーレムさ」


「その通りデス! マスターのお世話は上から下までゴレミの仕事なのデス!」


「そりゃありがたいこって……んで、あれからゴレミ達はどうしてたんだ? 俺の方はこの三日ずっと牢獄に入れられてて、今日いきなりそこのフラム様に呼び出されて、スキルの話なんかを聞かれて……………………」


 そこまで口にして、俺は脳裏に蘇ったフラム殿下の丸出し皇子の様子に思わず顔をしかめてしまう。


「? どうしたデス?」


「……いや、何でもない。とにかくそんな話をしてから俺の<歯車>のスキルを試したんだが、発動すらしなくてな。なら打ち解けてみたらどうかってことで、一緒に風呂に入ってたんだよ」


「打ち解けるために、全裸で組んずほぐれつしてたデス?」


「あれは事故だって! くっそ……で、そっちは? お前達はどうしてたんだ?」


「妾達の方は、まずは衛兵詰め所にいって何故クルトが捕まったのかを問い合わせたのじゃが、『理由は言えない』の一点張りでどうにもならなかったのじゃ。


 で、次は探索者ギルドに出向いて、ノエラとかいう受付嬢に話をしてから、事の成り行きを見守っていたのじゃが……今日になって兄様の使いを名乗る者から連絡があっての。クルトがここにいると聞いて、迎えに来たのじゃ」


「そっか。てことは、結局全部フラム様の手のひらの上ってことだな。ならフラム様、俺達をここに集めた理由は何ですか? まさか単なる善意ってわけじゃないですよね?」


 わずかな時間話しただけだが、フラム様という個人はおそらくは善人だろう。仮にそれが丸ごと演技だったとしても、俺の前で善人を演じ続けるというのなら、それは単に善人であることとほぼ同じである。


 だがオーバード帝国第一皇子であるフラムベルト殿下であれば話は別だ。善人は善人なのだろうが、為政者としての「善」は国家や国民という大きなものに対する「善」であり、よそからやってきたばかりの探索者一人に不利益を被ることで国家が利益を得るなら、無慈悲に犠牲とすることこそ「善」となるからだ。


 故に問う俺に、フラム様はニヤリと笑って答える。


「フフフ、なかなか話が早いね。確かに純粋な善意だけというわけじゃない。君達全員をここに集めたのは……君達にはすぐに、この国を出て行ってもらおうと考えているからだ」

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