三つの火種

「すぐに国から出ろとは、随分と穏やかじゃないですね」


 予想を大きく超える要求に、俺は口元を引きつらせながらそう答える。本来なら「おいおい、何を大げさなこと言ってんだよ」と笑い飛ばしてやりたいところだが、相手の立場を考えればとてもそんなことは言えない。


「そうしなければならない理由は、お聞きしても?」


「そうじゃぞ兄様! いきなり出て行けなんて酷いのじゃ!」


「ははは、そんなに興奮しなくてもちゃんと説明するよ。と言っても、内容は単純に、価値観の違いという話だけどね」


「価値観デス?」


 首を傾げるゴレミに、フラム様が軽く頷いて言葉を続ける。


「そうそう。さっきから言っている通り、私はクルト君のスキルをとても有用なものだと考え、それを我が国の力として取り込みたいと考えている。だが皇族といっても数が多いからね、考え方は人それぞれだ。


 そしてそのなかには、私が選ばなかった選択肢を選ぶ者もいる。それを危惧したからこそ、多少強引でもクルト君の身柄を拘束したんだ。常に監視があり出入りが難しい牢獄は、王城と同じくらい安全・・な場所でもあるからね」


「おぉぅ……」


 さっき聞いた説明では「誰よりも先んじて接触したかった」くらいだと思っていたんだが、その口ぶりからもっとヤバいことに巻き込まれているという実感が、今更ながらに湧き出してくる。いやまあ皇太子なんて人が出てきてる時点で、既に俺が許容できるヤバさの限界なんて遙かに突破しているわけだけれども。


「あの、皇子様、ちょっといいデス?」


「ん? 何だい?」


 と、そこでゴレミがシュパッと手を上げ、フラム様に問いかける。


「そこまで早く動いたということは、マスターを狙ってそうな相手に、目星はついてるデス?」


「そうだね。相手が動く前に先手を取ったから、今はまだ何かをされたというわけではないから、迂闊に名前を言うわけにはいかないけれど……」


「それは別にどうでもいいのデス! 重要なのはその人の性別なのデス!」


「性別? そのくらいならいいけど……男性だよ」


「ウギャー! 戸惑うマスターを全裸で押し倒したイケメン皇子と、マスターに横恋慕するヤンデレ男の濃密ラブラブトライアングルデス! 薄い本が厚くなってしまうのデス!」


「お前はまた訳のわからんことを! すみませんフラム様、こいつの言うことは八割方無視してもらっていいんで……」


「別にいいさ。実に愉快ユニークだしね」


 ゴレミの頭をひっぱたきながらペコペコ頭を下げる俺に、フラム様が寛大にも流してくれる。しかしその目がゴレミを見つめると、薄く笑いながら言葉を続ける。


「ああ、本当に特別ユニークだ……彼女は世界で唯一の、自我を持つ・・・・・ゴーレムなんだろう?」


「っ!?」


 その言葉に、一瞬息が止まる。


「な、何を急に? ゴレミは遠隔地から<人形遣い>のスキルで……」


「もしそうなら、私がゴーレムではなく術者を連れてこないわけがないだろう? たとえ本当に難病で特殊な環境がなければ生きられないとしても、一般人が用意できる環境を、この私が用意できないとでも?」


「それは…………」


「まあ、実際にはそれ以前の問題だったけどね」


 そう言って、フラム様が自分の腰の辺りをトントンと指で叩く。それはゴレミがノエラさんからもらった、カモフラージュ用のバッジをつけている場所だ。


「そのバッジは単なる許可証ではなく、それを身につけたモノが何処から何処に魔力を送っているのかを記録しているんだ。だが君達を確保する流れで魔波塔の記録を調べた際に、彼女の身につけているバッジに対する魔力の送受信記録が何処にもなかった。


 それに加えて、クルト君が投獄されている間も彼女は普通に動いて喋っていたからね。となればもう完全自立型……自我を持って行動しているとしか思えない。違うかい?」


「……………………」


 答え合わせをするように言うフラム様に、俺は無言を返す。もっともそれは肯定と同義なので、フラム様は軽く息を吐いて苦笑する。


「……というわけだからね。クルト君のスキルに、ゴレミ君の存在、それにローザリアの覚醒と、火種が三つも重なったら、流石の私でもすぐには手が回らないんだよ。


 だからひとまず君達には、他国に行ってもらおうって考えたのさ。うちは皇族の数が多い分、それぞれが食い合うことで一人当たりの権力はそこまででもないんだ。他国であればそうそう手は出せない。


 ああ、勿論移動に必要な費用はこちらで持つよ? というか、既に用意してある。ロッテ」


「お呼びですか?」


 名を呼びながらフラム様がパチンと指を鳴らすと、その背後からゴレミとは違う、ちゃんとしたメイド服に身を包んだ女性が姿を現す……現す?


「えっ、ど、何処から!?」


「ずっといたよ? メイドなんだから当たり前だろう?」


「えぇ……?」


 ついさっきまで、間違いなくこの部屋には俺達しかいなかった。そりゃまあ隠れる場所くらいはあるだろうが、いきなり背後に出現するのは明らかにおかしい。


「ゴレミも! ゴレミもマスターに使えるメイドとして、その技を習得したいデス!」


「メイドとは主の影の如く、そこに在って当たり前ながら存在を主張しないものです。ゴレミ様のような方には少々難しいかと」


「くぅー! ゴレミの溢れんばかりのアイドル性が恨めしいデス! 黙っていても輝いてしまうシャイニングなゴレミは、扉の隙間から顔を出すだけで大人気になってしまうのデス!」


「……左様ですか。では殿下、こちらを」


 ゴレミの戯言を華麗にスルーして、メイドさんがフラム様に丸めた書簡を渡す。それを受け取ったフラム様は、書簡をそのまま俺の方に差し出してきた。


転移門リフトポータルの使用許可証だ。これを使えばすぐに国外に出られるだろう」


「え、いいんですか!?」


「いいとも。というか、馬車で国外脱出なんてされたら、そっちの方が余程手間だよ。君達だって馬車と宿を往復するだけの軟禁生活なんて嫌だろう?」


「それはそうじゃ。そんなことになったら、妾は退屈で泣いてしまうのじゃ!」


 笑いながら言うフラム様に、ローズが冗談めかして言いながら頷く。


「というわけだから、このあとすぐに探索者ギルドまで行ってもらうよ。異論は受けつけるけど、その場合は牢獄に逆戻りかな?」


「それ、実質一択ですよね?」


 苦笑する俺に、フラム様がひょいと肩をすくめてみせる。なので俺はゴレミとローズに視線を向け、それぞれが頷いたのを確認してから差し出された書簡を受け取る。


「わかりました。ではすぐにこの国を出ます」


「うむ、賢明な判断だね。ちなみに何処の国に行くかは決めてるのかい?」


「そうですね。ちょっと早いですけど、エーレンティアに戻ろうかと思います」


 考えてみれば、俺はここに新たな仲間を求めてやってきたのだ。仲間の方はともかく、帰りは転移門リフトポータルなんて使えないので、一年か二年かけて金を貯め、馬車で帰るつもりだったんだが……まさか二ヶ月で戻る羽目になるとはなぁ。


「エーレンティア……エシュトラス王国か。君がやってきたところだし、まあ順当だね。わかった、それでいいだろう。


 では、投獄の際に預からせてもらっていた君の剣はそれだ。ローザリア達は、何か忘れ物はあるかい?」


 言われて視線の先を見ると、確かに俺の「歯車の剣」が部屋の壁に立てかけられている。あれもさっき見た時はなかったはずなんだが……いや、よそう。そもそもメイドがいきなり出てくる時点で、剣とか今更だしな。


「ゴレミはいつだってスタンバイオーケーデス!」


「妾もじゃ。そもそも転移門リフトポータルを使うなら、特に荷物も必要ないしの」


「まあそうだね。それじゃ……っと、これを忘れるところだった。クルト君、いいかい?」


「はい、何ですか?」


「ふふふ、君に魔法の言葉を教えよう」


 席を立ったフラム様が、俺の側に寄ってきて耳打ちをしてくる。精悍な顔に浮かぶ悪戯っぽい笑みは、ローズやガーベラ様との血のつながりを実によく感じさせる。


「……ということだ。わかったかい?」


「はい! 間違いなく伝えさせていただきます」


「では探索者ギルドの入り口まで送ろう」


 最後にパチリとウィンクをしたフラム様に連れられ、俺達はでかいベッドと風呂のある謎の宿っぽい場所を後にし、そのまま探索者ギルドへと向かっていった。

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