裸の付き合い

「げほっ! げほっ!」


「おいおい、大丈夫かい?」


 激しく咳き込む俺の背を、フラム様が優しくさすってくれる。その気遣いはありがたいが、それはそれとして俺は恨みがましい目をフラム様に向ける。


「ありがとうございます……けど、変な冗談はやめてくださいよ」


「冗談を言ったつもりはないよ? 私はいつだって本気さ」


「なら余計に悪いですよ! ローズと子供なんて無理に決まってるじゃないですか!」


「そうかい? 確かに今すぐは無理だろうけど、私だってそこまで焦ってはいないさ。三年すればあの子も成人になることだし、君との年の差もたったの三歳だ。そうなれば何の問題もないだろう?」


 何事もないように平然と告げるフラム様に、しかし俺は思いきり首を横に振る。


「そう言うことではなく! ほら、本人の意思とか、あとは俺の好みの問題とか……」


「ははは、ローザリアの意思なんて、国家の繁栄のためには関係ないさ。そもそも皇族なら子作りは仕事の一環だからね。それを否定することは許されないし、あの子も受け入れるだろう。


 それに君の好みだってそうだ。相手を信頼し受け入れなければ使えないスキルが発動するということは、異性として好きかどうかはともかく、ローザリアに悪感情は持っていないのだろう? ならささっと抱いて妊娠だけさせてくれればいいだけだ。


 そのうえで、私は別に君の存在を否定したりはしない。君が望むなら適当な町や村に家を建ててそこで家族で暮らしてもいいし、城内に君達が住む部屋を用意してもいい。


 逆に君の名前を伏せることも可能だし、他に好きな女性がいるならそちらと結婚してもらっても何ら問題ない。我々に必要なのは子供だけだから、君がどうしたいかは君の意見を最大限に尊重することを約束しよう。


 加えて子供の養育費は全て国が負担し、君には生涯年金を払い続けよう。唯一問題があるとすれば、流石に平民が父親となるとローザリアの子供であっても皇位継承権を与えることはできないことだが……別にそれは構わないだろう?」


「それはまあ……って、違う違う! とにかく俺はこの歳で父親になるつもりなんてありませんし、ましてやローズとそういう関係になる気もありませんから!」


「そうかい? ま、さっきも言ったが、早くてもまだ三年は先の話だ。焦らずゆっくり考えて、そのつもりができたら応じてくれればいいさ」


「はぁ…………ったく、何で急にそんな話になったんですか。俺はてっきり――」


「殺されるとでも思ったかい?」


「っ……」


 小さく笑いながら言うフラム様に、俺は思わず息を飲む。するとフラム様はパシャリと顔を湯で洗ってから言葉を続けた。


「確かにローザリアが自分の力を十全に使いこなせるようになれば、皇位継承順位は大きく上がる。オーバードうちは女帝を否定していないから、いずれはあの子が皇帝になる可能性も、これでゼロではなくなったわけだ。


 だがここでの一番の脅威はローザリアではなく、あの子が目覚めるきっかけとなったスキル持ち……即ちクルト君だ。君が生きている限り、他の皇族が次々と力に覚醒してしまう可能性があるわけだからね。ならば皇太子である私が君を殺しておこうと考えるのは……まあ普通なんだろうね」


 そう言って苦笑するフラム様の顔には、どこか陰りがある。しかしそれも一瞬のことで、すぐに元のイケメンスマイルを浮かべると、浴槽から立ち上がり拳を握って力説する。


「だが、我らは違う。オーバードは常に誰よりも先を行くが、それは自分達が努力して走り続けた結果であって、決して抜き去ろうとする誰かの足を引っかけるものであってはならない。


 先頭に立つのは誰よりも速く走った者であり、自分が速く走れないからと走っている他人を転ばせるような無様な真似をしてはいけないのだ。それを由としたならば、その先にあるのは互いの足の引っ張り合い、結局誰も前に進めなくなる澱んだ未来となってしまうからね」


「お、おぉぉ…………」


 フラム様が、凄く尊敬できるいいことを言っている。だが俺の目の前でフラム様のフラム様がブラブラしているせいで、今ひとつ話に集中できない。


 いや、スゲーいいことを言ってると思うんだよ。これが国を背負う者の姿かと感動すら覚える名演説のはずなんだが……


「ただ、そうしてオーバードが最先端で居続けるためには、沢山の力が必要だ。その一つとして、私は君の力が……血が欲しいんだよ。


 スキルは遺伝しなくても、人の持つ素養は遺伝する。皇族のなかに君の素養を取り込むことで、いずれ君のように<歯車>のスキルを持つ者が現れれば、それはオーバードにとって大きな発展を生んでくれるはずなんだ。


 ということで、ローザリアの件は本気だから、きちんと考えてくれたまえ。あー、それとも、サンプルは多い方がいいというのなら、ガルベリアとも子供を作るかい? いや、多様性を考えるなら他の皇女の方が……そうだな、歳が近いというのなら、シルベリア辺りが……」


「ちょっ、ちょっ、ちょっ!? 本当に勘弁してくださいよ! ないですから! マジでないですから!」


「随分と必死に否定するね? 私にはわからないが、世の男というのは無責任に女を抱いて孕ませる……しかもそれが皇女となれば、喜んで腰を振るものではないのかい?」


「そういう輩がいることを否定はしないですけど、俺は違いますから! あとちゃんと座ってください! ブルブルしてる……じゃない、滑ったら危ないですから! 風邪とかひいちゃうかもですし!」


「む、確かにちょっと冷えた、か」


 力説する俺の前で、フラム様がプルりと体を震わせる。それに合わせてアレもプルりと震えたが、幸いにしてすぐに腰を落としてくれたため、これ以上ロイヤルなアレを見つめ続けさせられる悪夢は回避することができた。


 そこから先は、しばしとりとめのない雑談を続けた。ローズやガーベラ様でも感じていたことだが、高貴な生まれ特有のズレは時々感じるものの、俺のイメージにあった「遙か上から見下ろしてくる偉い人」という印象は会話を重ねるごとに薄まっていく。


 そうして小一時間ほど会話をしたところで、フラム様が満足そうに小さく息を吐いた。


「ふぅ、大分話したね……どうだい? そろそろ君のスキルが使えそうなくらいには親しくなれたと思わないか?」


「スキルが使えるかどうかはわからないですけど、大分打ち解けられたとは思います」


「それはよかった。ならこの後にでももう一度試してもらうとして……そろそろ出ようか。これ以上は体がふやけてしまいそうだ」


「ははは、そうですね」


 立ち上がるフラム様に続いて、俺も浴槽から外に出る。すると思った以上に体が茹だっていたのか、途中でよろけて転びそうになってしまった。


「うおっ!?」


「クルト君!? あっ!?」


 そんな俺をフラム様が支えようとしてくれたが、濡れた足下が滑り、二人揃って床に倒れ込んでしまう。バシャンとドスンの入り交じった音が浴室に鳴り響き、走った痛みに目がチカチカする。


「ぐあっ、イッテェ……」


「いたたた……」


 強かに背を打ち付けてうめき声をあげると、俺の顔のすぐ側からフラム様の声が聞こえる。どうやら仰向けに倒れた俺の上に、覆い被さるようにフラム様も倒れているようだ。


「大丈夫かいクルト君? すまない、私も少々のぼせていたようだ」


「こちらこそ申し訳ありません。巻き込む形になってしまって……」


「ハハハ、このくらい平気さ。いまどくから、ちょっと待って……くっ」


「フラム様!?」


 笑いながら動こうとしたフラム様が、不意に辛そうに顔を歪める。まさか怪我でもしたのかと慌てて俺が上体を起こすと、フラム様と顔が近づき……次の瞬間。


バタンッ!


「マスター! 大丈夫デスか!?」


「クルト! 無事――」


「……………………」


 ギギギッと音がしそうな程ぎこちなく顔を動かした先では、派手に浴室の扉を開けて入ってきたゴレミとローズが、俺達を見てピシリと固まっていた。

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