危険なお願い
「何だ、脱がずともよかったのか。なら最初からそう言ってくれればいいだろうに」
「ソッスネ……モウシワケナイッス…………」
余人の居ない密室で、下半身丸出しの大国の皇太子に迫られるという地獄のような状況から一転。俺の必死の説得により、現在のフラム様はちゃんと
危なかった。怖かった。ぶらんぶらん揺れるアレが顔のすぐ側まで近づいたときは、正直ちょっと泣きそうだった。この国の皇族はマジでみんな何処か壊れてるんだろうか? 単なる一般市民なのに、オーバード帝国の行く末が心配でならない。
「では、早速始めてくれ」
「わかりました。それじゃ失礼します」
とは言え、相手が俺なんて鼻息一つで吹き飛ばせるお偉いさんであることに変わりはない。俺は何とか気を取り直し、フラム様の腹に手を当て、意識を集中させる。だが……
「うーん…………?」
「まだなのか? 私の方は何の変化も感じないのだが?」
「いや、まだっていうか……俺、いや私の方でも全く手応えを感じられないようで、これはおそらく無理かと……」
「この場において、君の言葉遣いをどうこう言うつもりはないから、好きに話してくれていい。それより無理とはどういうことだ? まさか私にはローザリアと違って、目覚めるような力がないとでも?」
凄みのある声でそう問われ、俺は慌てて激しく首を横に振る。
「いやいやいや、違いますよ! ゴレミ……俺の仲間が言ってたんですけど、どうも俺のこれは、相手が俺のことを信じて受け入れてくれる感じじゃないと発動しないようなんです。
なので、さっき初めて会ったばかりのフラム様では、力を発動させることができないのではないかと」
二度使ってわかったことだが、あの「歯車世界」とでも言うべきスキルは、相手の本質に踏み込んでいくスキルだ。今後俺が成長していけば強引に入り込むこともできるようになるかも知れねーが、少なくとも今の俺には、相手側が本気で俺を受け入れるという前提条件は必須だろう。
だから無理だ……と言ったつもりなのだが、フラム様はわずかに考えこんでから、徐にズボンに手をかける。
「なるほど、信じて受け入れる……つまり私達には、裸の付き合いが足りないとうことだな?」
「何でだよ!? あ、いや、そうじゃなくて……えっと、俺が言いたいのはもっとこう、精神的にわかり合えないとって話でですね」
「ははは、わかっているとも。一緒に風呂にでも入れば、交友も深まるかと思ったんだ」
「風呂!? あ、風呂。あー……裸の付き合い……そういう……」
「他に何だと思ったんだい?」
「へっ!? それは……な、何でもないです……」
うむうむ、そうだよな。裸の付き合いっていえば風呂だよな。それ以外の意味なんてあるはずがない。うん、その通りだ。なら何で今この場でズボンに手をかけたのかという疑問は今すぐ捨てるべきだ。追求してもきっと誰も幸せにならないやつだからな。
「と言うことで、行くぞクルト君!」
「何処へですか?」
「決まっているだろう! 風呂に入りにだ!」
「えぇ……?」
フラム様の強引な誘いに、俺はこれ以上ないほどに戸惑う。だが当然ながら俺に拒否権なんてものがあるはずもなく、流れのままに部屋を連れ出され、そのまま拘束されることもなく建物の外まで出てしまう。
町の通りに出たところで「これ、ひょっとしたら走って逃げられねーかな?」という考えが一瞬頭をよぎったが、それはすぐに諦めた。こっちの情報が握られている時点で国外脱出でもしなければまたすぐに捕まってしまうだろうし、何より国家を敵に回すような根性は俺にはない。
なのでそのまま大人しく付き従っていると、程なくして辿り着いた高級そうな建物のなかに招き入れられ……
「ハァ、風呂はいいな。まるで命が洗われるかのようだ」
「そ、そうですね……」
俺は本当に、フラム様と一緒に風呂に入っていた。広々とした浴場には五人がゆっくり浸かれるくらいの湯槽もあり、そこに俺とフラム様が横に並んで入っている。
いや、本当に何だこの状況。状況がめまぐるしく変わりすぎていて、頭がどうにかなりそうだ。もう何もかも忘れてお湯の気持ちよさに心も体も溶かしてしまいたいという欲求が芽生えるが、状況はそれを許してくれない。
「なあ、クルト君。君はこの国をどう思う?」
「オーバード帝国ですか? 平和でいい国だと思いますけど」
唐突に……だが割とありがちな質問をされ、俺は無難な答えを返す。ただそれはご機嫌取りとかではなく、本心からの答えだ。
「二ヶ月ほどダンジョン回りで暮らしただけではありますけど、エシュトラス王国よりは身分差が緩い気がしますね。高性能の魔導具が安定して出回ってるせいか町に活気もありますし、俺みたいな探索者には過ごしやすい場所だと思いますよ」
何せ皇太子がこれだしな、という
「ははは、そうか。そう言ってもらえると、皇太子としては嬉しいところだが……しかし平和というのは、とても貴重なものだ。それを甘受する民はとかく忘れてしまいがちだが、ほんの少しの気の緩みで容易く失われてしまう、とても尊いものなのだ」
そのフラム様の言葉には、俺が口にした「平和」とは全く違う重みが感じられる。維持されているそれを受け取っているだけの俺達と、必死にそれを守ろうと努力している王侯貴族……その違いこそが為政者、支配者の背負う重みなんだろう。
「我が国には優れた魔導技術がある。だが他国だって遊んでいるわけじゃない。常に最先端を維持し続けるというのは、君達が想像するよりも遙かに過酷なことなんだ。
技術者はまだいい。国民に教育をしっかり施し、優秀な者を身分に関係なく引き立てる制度を堅守していれば、そう簡単に落ちるものではないからね。問題なのはその仕組みを維持し続けること……正確には愚かな権力者が私腹を肥やすためにそれらの仕組みに手を入れ、組織を腐敗させないようにする。
それはとてもとても難しい。技術者と違って、権力者は『優秀だから』という理由だけでは引き継げないからだ。誰よりも優れた統治能力があるからといって、その辺の子供を次の皇帝にはできないだろう?」
「そりゃまあ、そうですね」
フラム様の語りに、俺は同意して頷く。人は自分達を支配する相手に正当性を求める。それこそ村長程度であろうと、顔も知らない他人が突然就任したら揉めるのだ。それが大国の皇帝となれば、由緒ある大貴族の血筋であろうと反乱に繋がることすらあり得るだろう。
「故に皇帝の血筋は重要なんだ。外部から優れた血を取り入れて多様性を維持しつつ、最終的にはその全てをたった一人に集約する。そうして真に優れた存在となった者だけが、オーバード帝国の皇帝に就任するわけだが……」
そこで一端言葉を切ると、フラム様が俺の方を見る。
「そこに現れたのが君だ。優れた素養を持ちながら、それを生かせないと誰もが切り捨てたローザリアの力を、君が覚醒させた。それはこれまでの常識を覆し、場合によっては皇位継承の順位すら入れ替えるほどのとんでもない力だ」
「……………………」
話の流れがきな臭い感じになってきて、俺は身を固くする。互いに素っ裸で武装はないが、そんなものは何の気休めにもならない。俺がフラム様を人質にとったところで、絶対何処かに潜んでいるはずの護衛にヘッドショットを食らって死ぬだけだ。
なら逃げる? 風呂に浸かってる状態から立ち上がって、濡れた足場を駆け抜け、裸足で窓から飛び出し、素っ裸で町を駆ける? 無理だ、どう考えても逃げ切れる気がしない。というかその決断をするなら、さっきの移動中にするべきだった。
「故にクルト君。君にお願いしたいことはたった一つだ。次期皇帝として、この国の為に……」
――詰み。始まる前に終わっている状況を押しつけられ、足りない頭を必死に回転させる俺に対し……
「ローザリアと子供を作ってみないか?」
「ぶふぉっ!?」
フラム様が放った予想外の
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