第一皇子
見た目から伝わる年齢は、二〇代中盤……おそらく二五歳前後だろう。身長は俺より高く、一八〇センチくらいあるだろうか? 短く揃えられた金色の髪と整った顔立ちも相まって、その立ち姿は胡散臭いほどに
身に纏う服も光沢のある白地に金糸によって精緻な刺繍が施された上等なものだし、こいつはまず間違いなく、本人の名乗り通りの皇子様なんだろう。
「……ふむ? 君は私の名乗りに驚かないんだね?」
「へっ!? え、いや、普通に驚いてますけど……?」
確かに普通なら、こんな牢獄にある小部屋で大国の皇子が待ち受けていたら、驚くというかビビるだろう。だが俺はローズやガーベラ様という前例を体験しているので、「そういうこともあるかな?」という気構えができているため、そこまでではない。
だがそんな「ちょっとビックリしている」という俺の反応に、フラムベルトと名乗った皇子様は軽く眉間に皺を寄せる。
「そうではない。私が第一皇子だと名乗ったことを、不思議には思わなかったのか? 君の知っているガルベリアが第一七皇女で、ローザリアは第二八皇女なんだよ?」
「…………?」
フラムベルト様の言わんとしていることがわからず、俺は更に深く首を傾げる。するとフラムベルト様は一瞬だけ驚いた顔をしてから、すぐに呆れたように笑った。
「いや、君が気にしないなら構わないよ。さ、いつまでも立ち話というのもないだろう。私も座るから、君も座りたまえ」
「あ、はい。じゃあ、失礼して……」
通されたのは窓すらない石造りの密室で、部屋にあるのもテーブルが一つと向かい合うように並べられた椅子が二脚のみ。先にフラムベルト様が座ったのを確認してから、俺もその向かいに腰を下ろす。
「それじゃ、改めて話をしようか。まずは……私の妹達が、君には随分と世話になったようだね」
「世話だなんて、そんな!? むしろガーベラ様やローズ……様には、俺の方がお世話になりっぱなしです」
「そうかい? だが二人が愛称で呼ぶことを許す程度には親密なんだろう? 特にローザリアの方は、スカートの中に頭を入れるほどの仲だと聞いているんだが?」
「あっ……いや、違うんですよ。あれには非情に深い理由があってですね……」
「理由があれば、成人前の少女のスカートに頭を入れても許されると?」
「……………………ソッスネ」
ニッコリと笑ったフラムベルト様の顔に、俺の脳内で人生終了の鐘が鳴る。まあなぁ。そうだよなぁ。どんな理由があったとしても……それこそそうしなければ死ぬという状況であっても、婚約者でもないその辺の男が皇女様のスカートに頭を突っ込んだら、そりゃ許されないよなぁ。
ああ、俺の人生ここまでか……と遠い目をしていると、不意に目の前の皇子様が顔を伏せ、クックッと肩を震わせ始める。
「……フラムベルト皇子殿下?」
「いや、すまない。君があまりにも面白い顔をしていたものでね……詫びと言っては何だが、私のこともフラムと呼ぶことを許そう」
「は、はぁ……」
何だろう、この国の皇族はみんなこんな感じなんだろうか? とりあえず俺のなかの緊張と畏敬の念は、ちょっとだけ減った。
「ふぅ……ではそろそろ本題に入ろう。君が気になっているのは、どうして自分がここに捕らわれているのか、そして何故私が君に会いに来たのか……おそらくはその二つだろう?」
「そうですね。大まかには」
実際はゴレミやローズがどうなったかも気になっているのだが、それは俺がここにいることやこの人が目の前にいることとは別件だ。頷く俺を見て、フラム様は言葉を続ける。
「ならば教えよう。事の発端は、ガルベリアの報告だ。君はガルベリアが何をしていたか知っているかい?」
「何って、<
「いや、それ以前の……そもそもどうしてそんなものを探し始めたか、というところさ」
「あー…………何だっけ? 確かレインボーブックバタフライのドロップアイテムが、何かに必要だとか?」
遠い記憶を探る俺に、フラム様が首肯して答える。
「そうだ。君の出身であるエシュトラス王国にある<
「へー、そうなんですね」
さらっと俺の出身地のことを言われたが、そこに驚きはない。探索者ギルドは多国籍に跨がる組織だが、だからといって国に忖度しないというわけではないのだ。隠してもいない一般人の素性など、大国の皇族……しかも皇太子が調べているとなれば、秒で開示されることだろう。
「ん? じゃあレインボーブックバタフライのドロップアイテムに、その知識とやらが書かれてたってことですか?」
「そうなるね。たった一度で引き当てたと、嬉しそうに報告してくれたよ。従者の怪我が治り次第挑戦するそうだ」
「そうなんですね。それはよかったです」
ということは、ミギールさんはちゃんと助かって回復の目処が立っており、かつガーベラ様は無事にドロップアイテムを手に入れられたということだ。となれば美味しい契約は早晩解除されるんだろうが、犠牲なしで無事に目的が達成できたのだから、素直に嬉しい。
「ということは、俺が捕まったのって、ひょっとしてその情報を漏らさないようにするためですか? それならちゃんと口外しないという契約を――」
「いや、そうじゃない。重要なのは、その時にガルベリアが語ってくれた戦闘の内容だ。特にクルト君、君がローザリアのスカートに頭を入れていたところだね」
「いや、あの、それはもう、本当に申し訳ないと思っておりますけれども、そうしないと全滅の危険があったわけで……」
「別に責めているわけじゃないよ。むしろ感心しているのさ……一体君はどうやって、ローザリアを覚醒させたんだい?」
「っ……!?」
フラム様の声色が、一段低くなる。表情は変わっていないはずなのに、その目が俺の心まで見透かし、貫こうとしているのを感じる。
「ローザリアは間違いなく出来損ないの失敗作だった。スカーレットのロットは不安定でね。ガルベリアは成功した方だが、魔力が思ったほど高まらなかった。対してローザリアは目を見張るほどの莫大な魔力をその身に宿したが、それを一切御せないという不具合を持っていた。
だというのに、報告では君がローザリアに何かをしたことで、ローザリアは己の力を制御してみせたのだろう? その手段は実に興味深い……だから私は大急ぎで君を確保させたんだ。万が一にも何処かから情報が漏れ、他人の手に君が渡らないようにね」
「そ、れは…………?」
フラム様の話に、俺の意識がついていかない。
するとそんな俺の態度に、フラム様が表情を険しくして椅子から立ち上がる。
「教えてくれ、クルト君。君の<歯車>というスキルは、一体どれほどの力を持っている? 望めば誰でも力を呼び起こすことができるのか?」
「ふ、フラム様?」
立ち上がったフラム様が、ゆっくりと俺の方へと近づいてくる。そこに漂う不穏な空気に身を仰け反らせるも、皇族相手ではそれが限界だ。
「なあクルト君。試しに私にやってみてくれないか? そのためなら、私も恥をさらす覚悟をしよう。そのために人払いもしたからね」
「フラム様!? 何を!?」
許可なく立ち上がることすらできない俺の前で、フラム様が自分の腰に手をかけ、一気にズボンを引きずり下ろす。皇子様のまさかのパン一姿に固まる俺の前で、しかしフラム様の手はまだ止まらない。え、嘘だろ、まさか……!?
「さあ、君の力を、この私に見せてくれ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」
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