事実陳列罪

 落ち着け、まずは落ち着け。こういうときは深呼吸だ。深く息を吸って……吐いて…………空気悪いなオイ、ってそりゃまあ牢獄だしなぁ……ふぅ、落ち着いた。


「よし、じゃあ状況を整理してみよう」


 とにもかくにも、確認というのは大事だ。俺は冷たい床に座り込みつつ、これまでのことを思い返す。


 レア魔物の討伐に成功した俺達は、当然ながらダンジョンからの脱出にも成功していた。先に戻ったはずのガーベラ様達と合流することは叶わなかったが、ノエラさん経由で「契約などの細かいことに関しては後日」という伝言を受け取ったため、俺達はそのまま宿に直行。


 で、結局途中で目覚めなかったローズをベッドに寝かせ、俺自身もベッドに倒れ込むようにして爆睡。翌日に目覚めると、ローズも普通に起きていたのだが……


「なあクルトよ。もう一回! もう一回妾の歯車を廻して欲しいのじゃ!」


 宿の近くにある食堂で飯を食っていると、行儀悪くグデッとテーブルに倒れ込んだローズがそんなことを頼んでくる。別に顔色が悪いとかではないのだが、明らかに覇気が感じられない。


「何でだよ、今絶対必要ねーじゃん……てか、調子が悪いなら宿で寝ててもいいんだぜ? 飯くらい持っていってやるよ」


「そうではないのじゃ! いや、そうなのか? うーん、何と言うかこう、力が出ないというかやる気が出ないというか……」


「昨日の今日デスし、疲れが残ってるデス?」


「それも違うのじゃ。今の妾は間違いなくいつも通りなんじゃが……それこそが問題なのじゃ」


「訳がわからん」


 目の前の皿から肉串を一本取って齧り付きつつ、俺はローズに投げやりに言う。体調が悪いなら気ぐらい遣うが、いつも通りと言いつつグデッとされると、どう扱うべきか悩んでしまう。


 だがそんな俺の気持ちなどお構いなしに、ローズがうっとりした表情を浮かべて虚空を見つめる。


「クルトの歯車は素晴らしかったのじゃ! 今まで妾が普通だと思っていた状態は、風邪を引いて寝込んでる時と同じくらいの感じだったのじゃ。あの歯車状態こそ妾の普通であり、健康な姿なのじゃ! それを知ってしまったら、今更この状態には耐えられないのじゃ!」


「……? すまん、何を言ってるのかよくわかんねーんだが……たった一パーセントの能力強化で、そんなに感覚が変わるもんなのか?」


 俺がゴレミに視線を向けると、ゴレミは何とも言えない表情で首を横に振る。


「少なくともゴレミは、そんなことはなかったデス。ただゴレミはゴレミなので、ローズも同じかと言われたら答えようがないデス」


「まあ、そうだよな」


 身体強化の能力は、別に俺だけの特権ってわけじゃない。魔法系のスキルのなかには俺なんかよりずっと強化率の高い能力もあるし、何ならここ、魔導帝国オーバードならそういう効果のある魔導具だって売ってるくらいだ。もし誰もがそんな気持ちになるなら、この町にはローズみたいな奴が跋扈してないとおかしい。


 だが、二月ほどここで過ごした限り、そんな奴は見たことがない。ただローズの場合、強化を受けたら何か光ってたって話だから、普通の人とは違う可能性も……ん?


(もしそれが俺の<歯車>スキルの影響だってことなら、ひょっとしてジャッカルの股間も光ってたりしたのか?)


「フグッ!?」


「マスター? どうしたデス?」


「い、いや、何でもない……クックッ……」


 ズボンを下ろしたら大事なところがピカッと光るジャッカルを想像し、俺は思わず吹き出しそうになる。多分ないとは思うが、そうだったら最高に面白い……いやでも、感度があがっただけなら気のせいで済ませられても、流石に光ってたらタイミング的に俺が何かしたって確信されるよな?


 そうなると向こうに戻ったら復讐されたりする、のか? うーん、エーレンティアに戻るときは、一応気をつけておこう。


「ということで、クルトよ。もう一回! もう一回廻して欲しいのじゃあ!」


「あーもう、まだ言うかよ! 駄目だって!」


 テーブルの上にグイッと身を乗り出し、俺の手を引っ張ってくるローズの手を振り払う。するとローズが恨みがましそうな目を俺に向けてくる。


「何でじゃあ! 別に減るものでもないじゃろ!」


「だってお前、歯車廻したらスゲー光るんだろ? こんなところでピカピカやる気か?」


「なら宿で! 宿に戻ったら廻して欲しいのじゃ! 誰も居ないところでならいいじゃろ?」


「あー、それは…………いや、やっぱり駄目だ」


 一瞬それならいいかな? と思いはしたが、すぐに俺は強く首を横に振る。


「何でじゃ!」


「何でって……お前、俺がスキルを使う時にどうやったか覚えてるだろ?」


 俺が<歯車>のスキルで能力強化をする場合、どうしても相手のお腹に手を当てねばならない。どうしても必要な場面で躊躇う気はねーが、そうでない日常であれをやるのは流石に恥ずかしい。


「ひょっとしてお主、照れておるのか? そんなの妾だって同じじゃ! でもあの状態を知ってしまったら、それでもなお求めずにはいられないのじゃ!」


「ちょっ、オイ!? 声! 声がでけーから!」


 力説し始めたローズに、俺は慌てて注意する。だがローズはそんなこと意に介さず、更に言葉を続けていく。


「ああ、あれは素晴らしかった。妾の腹の中には、今もまだクルトの熱い温もりが残っておる。それの何と愛おしいことか……フフフ、母になるというのは、こういうことなのかも知れぬな」


「言い方ぁ!? 辞めろマジで! 優しい顔で腹をさするんじゃねぇ!」


 慈愛に満ちた表情で優しく自分の腹を撫でるローズに、俺は思いきり抗議する。周囲から向けられるゴミ屑を見るような視線に、もう料理とかどうでもいいから一刻も早くこの場を立ち去りたいという気持ちが高まっているのだが、当のローズはそれを気にすることなくトドメとなる台詞を口にする。


「後生じゃから、昨日と同じにして欲しいのじゃ! 妾のスカートに頭を突っ込んで、(歯車を)嵌めて廻して欲しいのじゃあ!」


「おま、本当に……ご、ゴレミ!?」


「仕方ないデスね……ほらローズ、マスターが困ってるデスから……」


 俺が縋る目でゴレミに声をかけると、ゴレミがやれやれといった感じでローズを宥めにかかる。


「宿に戻ったら、ゴレミと一緒に三人で楽しむデス! 終わったらぐったりしちゃうデスから、こんなところではおっぱじめられないのデス!」


「そうじゃな。ではさっさと飯を食って、宿に戻って嵌め廻してもらうのじゃ!」


「――――――――っ!?」


 もはや何も言葉が出ず、俺はパクパクと口を動かすことしかできない。それとほぼ同時に店の扉が音を立てて開き、しっかりと武装した衛兵っぽい人達が大きな声で周囲に呼びかけた。


「失礼、ここにクルトという探索者がいないか? 黒目黒髪の一五歳くらいの青年で、少女型のゴーレムと――」


「アイツです! 変態です!」


 衛兵の人の問いに、近くに座っていた女性客がまっすぐに俺の方を指差す。すると衛兵達は俺達の方に近づいてきて……カシャッと俺の手に木製の枷を嵌めた。


「えっ?」


「お前がクルトか。お前には捕縛命令が出ている。無駄な抵抗はせず、一緒に来てもらおう」


「ほ、捕縛!? え、俺が何を!?」


「余計な発言は認められていない! いいからさっさと立って歩け!」


「うおっ!?」


「ま、マスター!?」


「クルト!?」


 驚くゴレミとローズをそのままに、俺は強引に店を連れ出され……そして辿り着いたのがここであった。


「はぁ…………冷静になって考えても、やっぱり訳わかんねーな」


 理由も告げられず連行されて牢獄に入れられ、そのくせ取り調べがあるわけでもなく放置される。幸いにして飯は普通に出してもらえたので、その時に衛兵の人に色々と話しかけてみたのだが、誰も何も答えてはくれない。


 そうして過ごすこと三日。ゴレミやローズのことが気に掛かるものの、まさか脱獄なんて出来るはずもなく、せめてもの抵抗として体が鈍らないように牢獄内で体操や筋トレなどをしていた俺に、突如として呼び出しが掛かる。


「ここだ、入れ」


「はぁ……」


 今度もやはり何の説明もなく連れて行かれた、詰め所のなかの一室。


「ほぅ、君がクルト君か。妹達が随分と世話になったようだね」


「妹、ですか? 貴方は……?」


 待ち構えていた見るからに高そうな服を着た男に、俺は思いきり身構えながら、ほぼ答えのわかっている質問をする。


「失礼、名乗りがまだだったね。私はフラムベルト・トリアス・オーバード。この国の第一皇子だよ」


「おぉっふぅ……」


 完璧な笑みでそう答えたのは、まさかの皇太子様であった。

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