激闘を終えて

前半は三人称です。ご注意ください。


――――――――



「さてさて、この無粋な輩をどうしてくれようかのう」


 レインボーブックバタフライが必死に打ち出す火の矢は、自身の作った赤金の障壁の前には全くの無力。ならばこそ余裕の笑みを浮かべるローズだったが、それとは全く別の問題がローズの頭を悩ませる。


(妾の魔法が当たれば一発で倒せると思うのじゃが……果たして妾は魔法を使っても平気なのじゃろうか?)


 自分の魔法は、前に飛ばない。無理に飛ばそうとしてもポトリと落ちて、足下で大爆発を起こしてしまう。もし万が一今の自分が自爆魔法など使ってしまったら、自分はともかく仲間や姉達は確実に燃え尽きてしまうことだろう。


(この状況から自爆で全滅は、あまりにも情けなさすぎるのじゃ! とは言え試してみるわけにもいかぬし……むむむ、どうすれば)


 ひとしきり考えたところで、ローズの頭にピンと閃くものがある。


(おお、そうじゃ! クルトよ、お主の力、少しだけ借りるのじゃ!)


 心の中でそう問いかけると、ローズの左目にも黄金に輝く歯車が浮かぶ。それと同時に『ハハハ、少しなんてけち臭いこと言わねーで、全部持ってけ!』と笑う声が聞こえた気がしたが、ローズが視線を落とした先では、スカートの中のクルトは話すどころか身じろぎすらしていない。


(……ちょっと自意識過剰かの? は、恥ずかしいのじゃ! 声に出さなくてよかったのじゃ)


 人知れずそっと頬を紅く染めながら、ローズが人差し指と中指をまっすぐ揃えて立てた状態で右手を挙げる。


「渦巻き廻れ、巡りて集え。この一時、かたちは我が内に在り!」


 そうして揃えた指をクルクルと廻せば、漂う燐光が渦を巻いて集まり、ローズの頭上に直径二メートルほどの赤金の歯車が出現する。それがドスンと音を立てて地に落ちると、ギャリギャリと音を立てて壁や通路を縦横無尽に走り回り始めた。


「な、な、何なのよこれ!? ローズ、貴方がやってるの!?」


「姫様、動かないでください! 危ないです!」


「焦らなくても大丈夫デス! ローズだけなら自爆するかも知れないデスが、マスターの力が入ってるなら仲間は絶対傷つけないデス! それよりそっちの人は、早く手当をした方がいいんじゃないデスか?」


「はっ!? そ、そうね。ヒダリード!」


「畏まりました! おい、ミギール! しっかりしろ!」


「ぐぅぅ……」


 横から聞こえてくる姉達の会話をそのままに、ローズは更に意識を集中させる。歯車の走り抜けた後には炎の轍が残り、それが不可思議な幾何学模様を刻んだところで、まるでピンとコインを弾いたかのように歯車が跳ね上がる。


「試したいことは山ほどあるが、あまり遊んでいるわけにもいかぬようじゃ。故にここは、一気に決めさせてもらうのじゃ!」


 ローズがパチンと指を鳴らせば、轍の魔法陣から炎が吹き上がる。それが宙に浮く歯車に巻き付くと、燃え盛る赤金の歯車がレインボーブックバタフライに向かって一直線に宙を駆ける。


「『フラムバーニングギルデム歯車ストラーダスプラッシュ!』」


 重なり合う魂の叫びと共に、レインボーブックバタフライは巨大な歯車に引き裂かれ、瞬きの間に燃え尽きるのだった。



――――――――



「……ということがあったのデス!」


「えぇ……?」


 何故かドヤ顔をしているゴレミから説明を聞き終え、俺は何とも言えない表情になる。突然倒れたローズのスカートから俺が這いずり出ると、既に戦闘は終わっており、一体何がと戸惑う俺が聞いたのが、今のわけのわからん話だったのだ。


「いやいやいやいや…………冗談だろ?」


「冗談でもアニメでもないのデス! 本当のことなのデス!」


「アニ……? でもほら、俺の<歯車>スキルでの強化率って、一パーセントなんだろ? その話を真に受けたら、どう考えても一パーセントって感じじゃなくね?」


「それはゴレミに言われても困るデス。ローズの潜在能力がそれだけ凄かったってことじゃないデス?」


「それは……まあ、そう言われるとなぁ……」


 心象世界で見たローズの歯車は、確かにアホみたいにでかかった。あれの一パーセントならそりゃ凄い量なんだろうなぁとは思うが、逆に言えば精々その程度のぼんやりした認識しかないのだ。


(そもそも比較対象がねーしなぁ。それに何でローズがでかい歯車を投げてんだ? そんなことできるなら、普通に魔法使った方が早くね?)


 俺は偉大なるリエラ師匠の教えに則って歯車を投げているが、ローズはそうじゃない。魔法で作った歯車をぶん投げるなんてことをするくらいなら、直接魔法をぶち込めばいいだけだとしか思えないんだが……


「マスター? マスターはゴレミのことを疑うデスか?」


「チッ、ここぞとばかりに上目遣いなんてしやがって……わかったわかった! そもそも信じられねーってだけで疑ってるわけじゃねーよ。目撃者はゴレミだけじゃねーだろうしな」


 そう言って頭を掻きながら横を見るが、そこには既に誰もいない。どうやらミギールさんの状態は俺が思っていたより悪かったらしく、漸く歩けるようになったヒダリードさんがミギールさんを背負い、ガーベラ様と共に外に出て行ってしまったからだ。


 あ、そう言えばドロップアイテムはどうしたんだろうな? まあそのうちまた話す機会もあるだろうし、その時聞けばいいか。


「って、そうだよ。なあゴレミ、俺達はこんなところでのんびりしてて平気なのか? 流石にこの状況じゃ戦えねーぜ?」


 俺のすぐ側では、ローズがスピョスピョと気持ちよさげな寝息を立てて眠っている。ゴレミが無事なので一匹だったら戦えないこともないが、二匹三匹と飛んでこられたら、寝ているローズを守りながら戦うのは相当に厳しい。


「ああ、それは平気デス。ローズの体にはまだ莫大な魔力を放出した残滓が残ってるデスから、多分半日くらいはこの辺の魔物じゃ近づいてこないと思うデス。スタミナたっぷりの料理を食べたマスターに、いつもより背筋を伸ばして顔を遠ざけていたリエラくらい近づいてこないデス」


「最悪のたとえだなオイ! え、俺そんなに臭かったの……? ま、まあいいや。ならここに止まって、ローズが起きるまで待った方がいいのか?」


 地味に心に傷を負った俺の言葉に、ゴレミは少しだけ考えてから答える。


「ゴレミの見立てでは、ローズは単に不慣れな魔力の使い方で倒れちゃっただけだと思うのデス。なので動かしても放っておいても、どっちでも大丈夫だと思うデス。


 なのでそこはマスターの判断なのデス。ローズが回復するまで待ってもっと戦っていくか、それとも一端帰って体を休めるか、どっちがいいデス?」


「あー、その二択なら戻るか。ぶっちゃけ俺も疲れてるし」


「了解デス!」


 肉体的な疲労はないのだが、精神的には結構クタクタだ。俺の決断にゴレミが笑顔で返事をすると、そのまま屈んで俺に背を向ける。


「それじゃマスター、ローズを抱えてゴレミの背中に乗せるデス! あ、寝てるからってローズのお尻を触ったりしたら駄目デスよ? マスターが触っていいのはゴレミの柔肌だけなのデス!」


「触らねーよ! あと柔らかい部分が一カ所もねーよ!」


「そんなことないデスー! ゴレミにだって柔らかいところはあるデスー!」


「へー、どこだよ?」


「ゴレミの乙女心プリンセスハートは、いつだってフニャフニャデス!」


「物理的に触れないやつぅ! もういいから、ほら、さっさとおぶれ」


「はーいデス! よっと……うわ、ローズの体、フニャフニャで熱々デスね」


「意識がないと、人間ってのはスゲー柔らかくなるからな。村にいた頃、探索者やるなら気絶した仲間を背負うこともあるからって言われて友達を背負ってみたことあるけど、ありゃ辛かった……」


「マスター……ハァ、今の台詞からそういう内容になっちゃうあたりが、実にマスターデス」


「な、何だよそれ……やめろよ、ため息とか吐くなよ! あとそういう目で見るなって!」


 もの凄く残念なものを見る目でゴレミに見つめられ、俺は激しく動揺しながら告げる。だがゴレミはそれを意に介さず、ローズを背負って歩き出す。


「ほらほら、早く行くデスよマスター」


「待てって、話は終わってねーだろ! 俺の何がそんなにガッカリだって言うんだよ!」


「大丈夫デスよ。ゴレミはガッカリマスターもしょぼくれマスターも可愛いと思うデス」


「答えにも解決策にもなってねーよ! むしろ悪い要素が追加されてるだろ!」


「あんまりゴレミから離れると、魔物が寄ってきちゃうデスよ? ちゃんとついてくるデス!」


「行くよ! 行くけども! あー、くそっ! 今日はとことんついてねーな……」


 大きな事を成し遂げたはずなのに、得られた成果は不名誉な評価だけ。世のあまりの理不尽さに悪態を吐きつつ、俺は慌ててゴレミの後を追いかけていって――


「……………………えぇ?」


 気づいた時には、牢獄のなかに捕らわれていた。

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