検証と結果

「食らえ、バーニング歯車スプラッシュ!」


「のじゃー!」


 俺とローズの合わせ技に、ゴレミが引きつけていた最後のブックバタフライに火がつく。程なくしてそれが燃え尽き魔石になると、俺達は一息ついてから背後で見守る皇女様ご一行に声をかけた。


「とまあ、こんな感じなんですけど……」


「姉様、どうだったのじゃ?」


「あ、ええ、そうね。見事だったと言っていいと思うけれど……」


 俺とローズの言葉に、ガーベラ様はしかし微妙に腑に落ちないような表情を見せている。むぅ、今の戦闘はコンビネーションもばっちりで、そんな反応をされるような無様な戦いではなかったと思うのだが……?


「いくつか聞いてもいいかしら?」


「はい、勿論」


「なら遠慮なく聞くけど……まず貴方、クルトだったわね? 貴方のスキルは<歯車>だということだけど、なら何で歯車を投げてるの?」


「え?」


 予想外の質問に、俺は思いきり首を傾げる。何故歯車を投げるかなんて、どうして朝に太陽が昇るのかとか、ご飯を食べないとお腹が空くのかと同じレベルの質問だ。あまりにも当たり前過ぎて逆にどう答えていいかわからないが……ふむ。


「そう、ですね。強いて理由を言うのであれば、師匠の教えでしょうか?」


「師匠?」


「はい。俺に『歯車投擲術』を教えてくれたのは、エシュトラス王国のエーレンティアの町にある探索者ギルドの受付嬢、リエラさんなんです。彼女がいなければ、きっと俺は未だに歯車を回すだけの無能だったと思います」


「ギルドの受付嬢が、こんな意味不明な戦い方を……? そう、覚えておくわ」


「それは光栄です! リエラ師匠も喜ぶと思います!」


 怪訝な顔をしつつもそう言ってくれたガーベラ様に、俺は最高の笑顔を返す。こっちでも師匠の偉業を知らしめられればと思ってはいたが、まさかオーバード帝国の皇族にまでその名を広められるとは……俺の脳内でリエラさんが激しく手を振って暴れていたが、きっと喜んでくれているに違いない。


「ならまあ、それはそれでいいわ。次はローズだけど……魔法の膜を通すことで自身の魔力を付与するというのは、ひょっとして以前から出来たのを隠していたの? それとも最近できるようになったのかしら?」


「それは……何とも言えませぬ。ひょっとしたら出来たのかも知れませんが、出来るとわかったのはつい最近で、しかも偶然なのじゃ」


「そう。確かに隠す必要なんてないものね。ならその火付与は、歯車以外にも有効なの?」


「えっと……申し訳ありませぬが、やってみないとわからないのじゃ」


 姉の問いに、ローズが困ったような顔で言う。そう言えば試そうかと思ってはいたけど、結局やらず仕舞いだったか。試す前に三層や四層に降りて、そっちでの戦い方を磨く方に注力してたしな。


「そうなの。ならやってみてもいいかしら? 次の魔物が現れたら、貴方の護衛ではなく私の騎士達と連携して戦ってみなさい。いいわね?」


「わかったのじゃ!」


「畏まりました」


 ガーベラ様の提案に従い、俺達は次の獲物を求めてダンジョンを彷徨う。するとすぐに新たなブックバタフライが飛来し、その言葉通りミギールさんがローズを庇うように前に立ち、ヒダリードさんは逆にローズの背後に陣取った。


「敵の攻撃は全てこの身が受け止めてみせましょうぞ! 殿下は安心して魔法を維持してくだされ!」


「うむ、任せるのじゃ! ではいくぞ……フレアスクリーン!」


 通常ならば風や土の属性魔法はローズの魔法では防げないのだが、ミギールさんであれば属性など関係なく全部受け止めて無効化してくれる。故にローズは躊躇することなくその場で片膝をついて頭上に火の膜を展開すると、それを見たヒダリードさんが、どこからともなく……多分鎧の隙間とか、見えないところに仕込んでるんだろう……手のひらに収まる大きさのナイフを取り出した。


「それじゃ投げますから、ローザリア姫様は絶対頭を上げたりしないでくださいね? フリじゃないですからね?」


「ゴレミではあるまいし、そんなアホな事するわけないのじゃ! ほれ、いいからさっさとやるのじゃ!」


「はいはい。それは失礼して……シッ!」


 短く息を吐き、ヒダリードさんがナイフを投げる。それは間違いなくローズの張った火の膜を貫通してからブックバタフライの体に突き刺さったが……


「……あれ? 燃えない?」


 ナイフを投げたヒダリードさんのみならず、全員がその場で軽く首を傾げる。確かにナイフは刺さったというのに、ブックバタフライの体は燃えていない。というか、そもそもナイフが火を纏っていないのが遠目にも明らかだ。


「うーん、ひょっとして勢いがありすぎると駄目なのかな? なら力を抜いて……フッ!」


 そう小声で呟くと、ヒダリードさんが再度ナイフを投げる。それは今度もしっかり火の膜を貫通し、さっきよりも大分ゆっくり飛んだが、やはりナイフにローズの火が纏わり付くことはなかった。


「これは……」


「おーい、ヒダリード! どうするのだ?」


「待ってくれ、最後にこれを……どうだっ!」


 そう言ってヒダリードさんが投擲したのは、今までと違って妙にキラキラした感じのナイフ。それが火の膜を通過すると今度は結構な炎に包まれ、ナイフが刺さったブックバタフライは激しく燃えて落ちていった。


「なるほど……よし、わかったから片付けてしまおう」


「おう!」


 納得したようにヒダリードさんがそう言って、ナイフが刺さったせいで下の方に降りて来ていた残りのブックバタフライを手早く片付けると、俺達は改めて集合する。


「それでヒダリード、何がわかったの?」


「はい。まずローザリア姫様の魔法付与が発生しなかった先の二本は、通常のナイフでした。対して効果の付与された最後の一本は、貫通力を強化する魔法が付与されたとっておきのものでした。


 ここから推察されるに、おそらくは魔力を纏った武具でないとローザリア姫様の魔力が纏わり付くことはないのではと思います」


「なるほど……確かにスキルで出しているなら、魔法武器でしょうしね」


「えっ!?」


 突然の指摘に、俺は思わず驚きの声をあげる。だがどういうわけか俺以外の誰もが驚いていない。


「そうですね。スキルによって生み出された物質なので、ダンジョンの魔物と同じく、魔力が具現化したものと考えられます。一般的な魔法武器とは定義が違いますが、それはそれで魔法武器ではあるかと」


「そ、そうだったのか……!」


「何でマスターが驚いてるデス? 普通の物が手から出たり、念じるだけで消えたりするわけないのデス」


「お、おぅ。そりゃまあ、そうだな……?」


 呆れた顔をするゴレミに、俺は引きつった笑みを浮かべる。確かに普通の物体は、手から出ないし消えたりもしない。考えてみれば当たり前のことだ。


「それともう一つ、魔力付与のなされなかった二本のナイフは特に変化もありませんでしたが、魔力が付与されたと思われるナイフは跡形もなく消滅しております。おそらくはローザリア姫様の魔力に耐えられずに燃え尽きてしまったのだと思うのですが……」


「それはつまり、魔法武器を使い捨てにせねば殿下の力を纏わせることはできんということか? 何とも豪儀なスキルだな!」


「そういうことだミギール。ということで姫様、自分の分析したまとめとしては、彼のような魔法武器を無限に生み出せるスキル持ち以外では、ローザリア姫様のスキルを有効活用するのは極めて難しいかと思います」


「そうね。流石に魔法武器を使い捨ては……」


「ぬぅ、結局妾は……」


 ヒダリードさんの総評に、ガーベラ様が哀れみの目をローズに向け、ローズもまたしょんぼりと顔を俯かせてしまったが……


「つまりローズは、マスターと相性ピッタリのベストパートナーということデスね! あ、違うデス! 一番はゴレミなので、ローズはあくまでも二番デス! 正妻の座は渡さないのデス!」


「ゴレミ、お前ってやつは……」


「ふふふ、そうじゃの。お主達との出会いこそ、妾にとって運命を変える僥倖だったのかも知れぬ。これからもよろしく頼むぞ、二人共」


「ゴレミにお任せデス! 夜伽の順番はちゃんとゴレミが管理するのデス!」


「管理も何も、誰もそんなことしてねーだろうが! ったく……こっちこそよろしくな、ローズ」


 ニヤリと笑って伸ばしたローズの手を、俺とゴレミがガッチリと掴む。そんな俺の視界の端では、ガーベラ様が何だか嬉しそうに微笑んでいるのがチラ見えしていた。

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