目標の確認
俺達がお披露目した戦闘風景は、どうやら皇女様ご一行の求める最低限くらいには引っかかっていたらしい。これならばいいだろうと言うことで、それからは毎日この<
もっとも、出てくる魔物のほとんどはガーベラ様とその護衛騎士が片付けてしまっている。あまりにも見ているだけだと体がなまるからと偶に俺達にも出番が回ってくるが、それでも俺達だけで戦っていた頃とは雲泥の差だ。
加えて、ちゃんと初日に契約を結んだこともあり、魔物を倒せなくても俺達の稼ぎは変わらない。なので今日の宿代に目をギラギラさせることもなく、それなりに余裕を持って活動していたわけだが……
「あの、ちょっといいですか?」
探索を始めてから一〇日。上の階ではとっくにブックバタフライの背表紙が青に変わった頃、俺は次の獲物を求めて歩く一行のなかで声をあげる。特に誰をと指定したわけではなかった俺の呼びかけに答えてくれたのは、皇女様一行のなかでは一番友好的だと思われるミギールさんだ。
「ん? 何だ小僧。用足しか?」
「いえ、違います。そうじゃなくて……レア魔物を探しているというのはわかってるんですけど、それっていつぐらいまで続ける予定なんですか?」
「いつって……そりゃあ見つかるまでであろう?」
「いやいやいや、それはそうなんでしょうけど、でも珍しい魔物ってことは、ずっと見つからない可能性もあるわけじゃないですか。幾ら希少価値があるって言っても、出会うまでに一ヶ月もかかったら、普段の皆さんの稼ぎにはとても見合わないのではと思いまして」
滅多に出会えないレアな魔物ということなら、その魔石には確かに相応の価値があるんだろう。だが普段はずっと下の階層で戦っているらしいガーベラ様達からすれば、その程度の価値ではとても釣り合わない気がする。
「そう言われるとそうじゃの。それこそダンジョンの外と一七層を行き来する際に偶々見つけて狩れればいい小遣いになるんじゃろうが、ここにずっと通い詰めるのではとても割に合わぬはずじゃ。
姉様、その辺はどうなっておるのじゃ?」
そんな俺の疑問に、ローズもまた小首を傾げて追従してくる。するとそれを問われたガーベラ様は、何故か得意げな笑みを浮かべて答えてくれた。
「フンッ、わかってないわね。私達がレインボーブックバタフライを狙っているのは、お金なんかのためじゃないわ。重要なのは、それが落とすドロップアイテムなのよ」
「えっ!? 姫様、それは――」
「ドロップアイテム? どういうことなのじゃ?」
ガーベラ様の発言にヒダリードさんが口を挟もうとしていたようだが、それに被さったローズの問いによって、ガーベラ様が説明を続ける。
「ブックバタフライ種は、ドロップアイテムとして紙片を残すでしょう? そこに書かれた内容は今日の献立から歴史の裏に隠れた真実まで様々だけれど、内容の真偽なんて確かめようがないんだから、基本的には物好きが買い集める程度のものでしかなかったわ。
でも私は、そこに重要な秘密を見つけたのよ! その内容からして、後はレインボーブックバタフライが落とすと思われる紙片さえあれば、あそこで見つけた隠し通路の扉が――」
「姫様! いくらローゼリア姫様相手とはいえ、そのくらいにしておいた方がよろしいかと思いますが?」
と、そこでヒダリードさんが、今度は強引に会話に割り込んでくる。するとガーベラ様は一瞬立ち止まって考えてから、すぐに小さく頷いた。
「……確かにそうね。これ以上は秘密だけれど、とにかく私はレインボーブックバタフライを諦めるつもりはないの。それこそ半年一年とかかってでも、必ず仕留めてみせるわ!」
「そ、そうですか……何と言うか、頑張ってくださいなのじゃ……」
最後にグッと胸の前で拳を握って話を締めるガーベラ様に、ローズが何とも言えない表情で言う。なおそんなガーベラ様の横では、ヒダリードさんが「お前らわかってるな?」と言わんばかりにスゲー形相で俺を睨んできているので、俺は無言のままぷるぷると首を立てに振った。
まあ、うん。ほとんど全部喋ってたしな。とはいえ一七層なんて俺達がたどり着ける場所じゃねーから、実際聞いたところで俺達が活用することはできん。ただし俺達が無秩序に外でこの会話をすれば、そこまで潜れる強い探索者に秘密が伝わってしまう可能性はある。
「いいかゴレミ、今の話、絶対誰にも言うなよ? てか、ガーベラ様達と一緒に居る時以外は、話自体するな。わかったか?」
「了解デス! お口チャックウーマンデス!」
「妾も気をつけるのじゃ」
小声で話す俺達に、ヒダリードさんの眼力が弱まる。どうやら納得してくれたようだが……まあそれはそれとして、だ。
「あの、何か凄く大事な何かが……こう、何となくとても必要な感じがする雰囲気は理解できたんですけど、出会うだけでも難しい魔物のドロップアイテムまで狙うとなると、人海戦術でも使わなかったら現実的には無理なのでは? あ、勿論何か凄く大事な何かを人目に触れさせたくないというアレなことはわかりますけど……」
「そ、そうじゃな。妾も何かこう、漠然と凄いものを姉様が狙っておるということしかわからなかったが、そもそもレインボーブックバタフライは珍しいとはいえ、以前にも討伐されておるのじゃろう? であれば単純に探索者ギルドに討伐依頼を出し、魔石に加えてドロップアイテムがあれば高額で買い取るとでも言えばいいのではないですか?」
「フフッ、そうね。確かにそういう方法も考えたのだけれど……魔石はまだしも、紙片の内容はぱっと見でわかるようなものではないから、そもそも自分で手に入れないと、本物かどうかの判断すらできないのよ。
レインボーブックバタフライのドロップだと提出されたそれを真剣に調べた結果、実はただのブックバタフライから落ちた関係のない、それっぽい紙片でした……なんてなったら、それこそ時間の無駄でしょう?
だから結局のところ、手に入れるところから自分達でやるしかないの。私達が倒したレインボーブックバタフライが落とすなら、それは間違いなく本物だもの」
「なるほど……それは確かに」
単に手に入れるだけなら、大量の人を雇ってこの第四層でブックバタフライを狩り続けるのが一番効率がいいだろう。だがその後に手に入ったものの真偽判定が必要になるとなれば話は別だ。
数多く持ち込まれる偽物のなかからノーヒントで本物を探し出すより、手に入れるのは困難でも入手さえできれば間違いなく本物という今の探し方の方がいいというのは、俺にも十分納得できる理由だった。
(てことは、下手すりゃスゲー長丁場になるってことだが……)
「なあローズ、俺達はどこまでそれに付き合った方がいいと思う?」
「む? それを妾に聞くのか?」
俺の問いかけに、ローズが軽く眉根を寄せて問い返してくる。そこには「リーダーである俺が決めないのか?」という疑問が暗に感じられるが、今回はそういうことでもない。
「ああ、そうだ。だってこれ、ローズとガーベラ様の問題だろ? 日当が出てるとはいえ、ここでずっと足踏みってのもな」
一つ二つ奥の層へ行くよりも、ガーベラ様に付き合ってここに居続けた方が稼ぎ的にはずっといい。だがそれは探索者としての生き方じゃない。俺は安全を重視してはいるが、だからといって停滞を由としているわけではないのだ。
そんな俺の真剣な眼差しに気づいたのだろう。ローズは腕組みをして考え始め……たっぷり一分ほど経ってから自分のなかの答えを口にする。
「そうじゃな、ならば最長で三ヶ月くらいでどうじゃろうか?」
「理由は?」
「それだけあれば十分な活動資金が貯まるじゃろう? それを元に装備を充実させれば、第五層でも戦えると思うのじゃ。妾達が第五層で戦うには、新しい装備が必須じゃからな」
「装備? ここの第五層って、何が出るんだ?」
「ディバインディクショナリーという、でっかい本の魔物じゃ! ブックバタフライと違って柱のようにそびえ立ち、開いたページから魔法を飛ばしてくる強敵なんじゃが……その魔法が軒並み範囲攻撃での。ゴレミは平気じゃろうが妾は相性が悪い魔法は防げぬし、何よりクルトが……」
「おぉぅ、そういうことか……」
言いづらそうに言葉を濁すローズに、俺は思わず苦笑する。確かに範囲攻撃魔法なんて撃たれたら回避はできねーだろうし、そうなると俺には防御手段が何もない。あるいはゴレミの影に隠れていれば平気という可能性もあるが、自前で防げなきゃいざという時に困るのは当然。
そして魔法を防げる防具というのは、当然高い。なるほどであればここで効率よく金を稼ぎ、それを使って装備をレベルアップするのは正しい選択だろう。
「よし、採用! なら最長三ヶ月ほど、ガーベラ様達に協力する感じでいこう」
「わかったのじゃ!」
「了解デス! まあガーベラが駄目って言ったら辞められないと思うデスけど」
「おま、そういうこと言うなよ……」
わかっていたけど目をそらしていた悲しい事実を指摘され、俺はゴレミに恨みがましい目を向ける。そう、もし皇女殿下が望まれたなら、俺達の意思なんて紙くずみたいなもんだ。
「ま、実際どうなるかなんてわかんねーしな。この後すぐにレインボーブックバタフライに出会うかも知れねーし」
「そうデスね。ここは心構えをしつつも、地道にコツコツお金を稼ぐターンなのデス!」
「そうじゃな。こればかりは時の運じゃしな」
三人で顔を見合わせ頷き合い、俺達は真面目に仕事に取り組む。新人の底辺探索者らしい地味な日々は、まだ始まったばかりなのだ。
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