強者の余裕
その後、俺達は何事もなくダンジョンを脱出し、受付にて正規に護衛契約を結んだ。その際に提示された報酬は、何と一日五万クレド……しかもパーティ全体ではなく、一人頭五万クレドである。
正直、あまりの高額に吹き出しそうになった。だが周囲の反応を見るに、これはごく普通の金額らしい。
まあ、言われて考えてみればそうだ。本来護衛の依頼なんて受けるのは相応に強い奴なわけで、そんな相手を命の危険があるダンジョンに長期間連れ回すのだから、そりゃ最低でもこのくらいの報酬を払わなければそんな依頼誰も受けないというのは、至極まっとうな指摘である。
ということで、世間知らずのお姫様がぶっ飛んだ金額を提示したと思ったら、本当に世間知らずだったのは俺でした……という綺麗なオチと共に俺が内心で顔を赤くしている間に、六人パーティとなった俺達はあっという間に第四層まで戻ってきて活動を再開したわけだが……
「黙ってさっさと燃え尽きなさい! フレアボルト!」
ガーベラが手を上げると、その上に俺の腕より太い炎の矢が出現する。それはもの凄い勢いで空を飛ぶ敵に飛来すると、三匹仲良く飛んでいたブックバタフライの一匹に命中し、その体をあっさりと消し炭に変えた。
「ヒダリード、ミギール! 残りは貴方達が片付けなさい!」
「承知!」
「任された!」
加えて猛烈な熱気により空気がかき乱され、残った二匹のブックバタフライがフラフラと地上に落ちてくる。その片方に最初に辿り着いたのは、シュッとした体つきのヒダリードさんだ。
「おっと、そんな見え見えの攻撃に当たるわけないだろ?」
緑の表紙のブックバタフライが撃ち出した風の塊を、ヒダリードさんは余裕の表情でひらりとよける。そのまま背後まで回り込むと、腰から引き抜いた細身の長剣を下から上に掬い上げるように振るい、ブックバタフライの体を綺麗に両断してしまった。
「うーん、つい癖で後ろに回っちゃったけど、必要なかったなぁ……ミギール、残りは君だよ?」
「わかっておる!」
ヒダリードさんが剣を鞘に収める傍らで、茶色い表紙のブックバタフライがミギールさんに向かって土の塊を撃ち出し……ミギールさんはそれを無防備に正面から受け止めた。
ガツン!
「ガハハ、どうした? その程度ではこの私に傷を負わせることはできぬぞ!」
俺が食らえば骨折くらいはしそうな一撃を受けてなお、ミギールさんの体には傷一つついていない。それどころか走る足すら止めておらず、すぐにブックバタフライに近接すると、その剣でバッサリとブックバタフライの体を切り捨てた。
「おぉぉ、何回見てもスゲーなぁ」
その一連の戦いを眺めて、俺は思わずそんな呟きを漏らす。俺達が死力を尽くして……とまでは言わずとも頑張って倒す魔物も、この人達からすれば作業で潰せる雑魚でしかないという事実に、改めて彼我の実力差を思い知らされる感じだ。
そしてそんな感想を抱くのは、勿論俺だけではない。
「流石は姉様の護衛じゃのぅ。いい腕じゃ」
「ガーベラの魔法も凄いデス! ローズと違ってちゃんと前に飛んでるデス!」
「うぐっ!? わ、妾とて魔法の威力だけならば負けてはおらぬぞ! 威力だけならば……ぐぬぬぬぬ」
「ははは、そこは今後に期待だな。ガーベラ様のスキルはローズと同じ<火魔法>って話だけど、あの騎士の二人のスキルは何なんだろ? やっぱり<剣術>とかか?」
「うむ? 流石にそこまで細かくは、妾も知らぬ」
「何だ小僧、我らのスキルに興味があるのか?」
俺が仲間と会話をしていると、不意にミギールさんがそう声をかけてきてくれた。皇女殿下の護衛だし、こっちから声をかけるのは駄目かと思って遠慮していたのだが、話しかけてくれたなら好都合だ。
「あ、はい。お二人とも凄く強いので、どうなのかなぁと」
「凄く強い、か……」
しかし俺の言葉に、ミギールさんが微妙に顔をしかめる。その意味がわからず俺が首を傾げると、ミギールさんがさっきの表情が気のせいだったかのようにニカッと笑って話を続ける。
「私のスキルは<頑強>だ。こいつは体が丈夫になるスキルで、その効果を十分に生かすために、私の装備は特に頑丈に出来ている。この私がいる限り、どんな攻撃からも殿下を守り切ってみせよう!」
「おおー! それは凄い! 確かにさっきの攻撃、全然効いてなかったですもんね」
「まあな! と言ってもここの魔物は、第四層とはいえ事実上第一層と変わらぬ。この程度無効化できねば、第一七層ではとても戦えぬよ」
「一七層!? そりゃ確かに」
<
勿論ダンジョンが違えば出現する魔物の傾向も違うので、一概に同じ強さとは言えないが、それでもこの人達が俺が手も足も出なかったジャッカルを鼻歌交じりであしらえるくらい強いだろうというのは十分に伝わってきた。
「ちなみに、ヒダリードのスキルは<軽戦技>だ。動けぬ私の代わりにちょこまかと動いて敵を仕留めてくれるというわけだな!」
「ミギール! 勝手に人のスキルを……」
「ガハハ、いいではないか! 知られぬことが強みになるスキルもあるが、私やお前のようなスキルは、知られたところでどうということもあるまい?」
「まあそうだが……まったく。少年、別に死んでも秘密にせよなどとは言わないが、気楽に吹聴したりはするなよ? 君達はあくまで姫様が雇った護衛パーティであって、我らの仲間ではないのだからな」
「あ、はい。それは勿論」
「ヒダリードは真面目だな。短期間とはいえ共に行動をするのに、そう気を張っていては肩がこってしまうぞ?」
「構わん。それが私の生き方だからな」
こちらに顔を向けることもなくそう告げるヒダリードさんに、ミギールさんがひょいと肩をすくめる。と、そこで会話が一区切りついたのを見計らい、今度はガーベラ様がローズに声をかけてきた。
「ねえローズ、ちょっといいかしら?」
「? はい、何ですか姉様?」
「そのゴーレムの子が言っていたけれど、貴方の魔法、まだ前に飛ばないの?」
「えっ!? いや、まあ、はい…………」
ガーベラ様の問いに、ローズがばつが悪そうな顔をする。しかしガーベラ様はそれを気にすることなく話を続けていく。
「なら、貴方達はどうやってブックバタフライを倒していたわけ? 二層までなら貴方が以前に話していた魔力切れを狙うという戦法も使えるでしょうけど、三層や四層では無理よね?
それに、そちらの二人はどう見ても近接系だし……それとも違うのかしら?」
「あー、それは……違う? いや、違わない?」
「何よ、はっきりしないわね! まさかヒダリード達のスキルを聞いておいて、自分達のスキルは明かさないなんて言うつもり!?」
「ち、違います! そうではなくて、何と言ったらいいか……」
「勿体つけずにはっきり言いなさい!」
「ひゃっ!? はい! クルトの<歯車>のスキルで出した歯車を、妾の魔法の火で燃やして投げつけております!」
「…………?」
これ以上なく的確に説明したローズだったが、ガーベラ様が大きく首を傾げる。
「ねえヒダリード。ローズの説明が何もわからなかったんだけど、これは私が悪いのかしら?」
「あー……いえ、自分もわからなかったので、そんなことはないかと」
「そうよね! ローズ、どういうこと?」
「どうと言われても、これ以上は説明しようがないというか……」
「なら、実際に戦うところを見てみればいいのではないですかな?」
困るローズに、ミギールさんがそう提案する。すると当然ガーベラ様も「それもそうね!」と同意し……どうやら俺の夢の不労所得生活は、初日から終わりを告げるようだ。
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