お得な契約

「さて……ではローズ。改めて聞きますが、貴方には第四層で戦う意思はありますか?」


 ひとしきり高笑いをキメた後、落ち着きを取り戻したガーベラがローズに顔を向けて問う。


「もしも戦いたいと願うのであれば、私に同行することを許してあげないこともありません。そうすればレインボーブックバタフライが現れた際に、少しくらいは役立つこともあるでしょう。


 ですが、貴方にやる気がないのであれば、私はこのまま立ち去ります。さて、どうしますか?」


「むむっ……のうクルトよ、どうするのじゃ?」


「ん? そうだな――」


「ローズ!」


 振り向いて俺に問いかけてきたローズの態度に、ガーベラが顔をしかめて声を荒げる。


「私は貴方に聞いたのよ! なのに何故護衛の男に意見を求めるの!?」


「姉様! 先ほども言った通り、クルトもゴレミも妾の護衛ではなく、仲間なのじゃ! それにこのパーティのリーダーはクルトなのじゃから、意見を求めるのは当然じゃろう?」


「え、それは本当にそうなの!? 自爆するような魔法しか使えない貴方が、お友達ごっこをするために雇っているとかではなくて?」


「本当なのじゃ! ……本当じゃよな?」


「そんな泣きそうな顔で聞くなよ。本当だって」


 不安げな表情で問うてくるローズに、俺は苦笑しながらそう答えつつ思考を巡らせる。


「で、ガーベラ……様? に同行するかどうか、か。一応確認だけど、ローズは行きたいんだよな?」


「勿論じゃ! 別にレアな魔物がどういうではなくとも、きちんと適正な敵と戦わねば力がつかぬからな」


「ま、そうだな。それは俺もそう思う。じゃ、ゴレミは?」


「勿論ゴレミは、いつだってマスターと一緒デス! マスターが行きたいと言う場所なら、地の果てでもダンジョンの底でも、ベッドの中だってお供するのデス!」


「俺はそろそろ快適な独り寝がしたいんだがなぁ……まあいいや。じゃ、基本的な方針はそれでいいとして……皇女殿下、一つよろしいでしょうか?」


「……何よ?」


 俺が声をかけると、皇女殿下はちゃんと答えてくれる。もし無視されたり「皇族に意見を言うなんて思い上がるな」的な責め方をされたら秒で諦めるつもりだったが、これなら何とかなるかもしれん。


「皇女殿下とご一緒できるのはとても光栄なのですが、その場合倒した魔物の魔石はどうなるのでしょうか? 我らは駆け出しの初心者ですので、魔石の稼ぎがなくなってしまうと日々の生活が立ち行かないのですが……」


 ということで、まずは基本の交渉。この辺をきちんと処理しておかないと、俺達は容易く路頭に迷ってしまうのだ。だが俺の問いそのものに不快感を示した皇女殿下は、露骨に表情を歪めて声を荒げる。


「どういうつもり? 貴方まさか、この私が卑しくも貴方達の魔石を徴収するとでも言うつもりなの?」


「いえいえ、そんなことは! ですが殿下と同行するとなると、遭遇する魔物は全て護衛の騎士様方が倒してしまうのでは? 魔物を倒した者がその魔石を得るのは当然の権利ですから、そうなると我らは稼ぐことができなくなってしまいますので……」


「それはまあ……そうね。なら私や騎士達が倒した場合でも、通常種の魔石は全てそちらに引き渡すということでどう? ヒダリード、何か問題はある?」


「ありません。むしろ魔石を拾う手間が省けるかと」


 ガーベラの問いに、ヒダリードさんが悪びれる様子もなくそう答える。ローズ曰く彼らはもっとずっと深い層で活動しているとのことだから、これは見下しているとか馬鹿にしているとかではなく、本当にそう思っているのだろう。


 だが、それをラッキーと受け入れるのは尚早だ。会話の感触からまだいけると判断し、俺は更にもう一歩踏み込む。


「いえ、それはあまりにも甘えが過ぎます。それに我らも探索者ですので、ただ黙って魔石を受け取るというわけにはいきません。


 そこで提案なのですが……皇女殿下に、我ら『トライギア』を雇っていただけませんか?」


「雇う? 貴方達を?」


 きゅっと眉根を寄せたガーベラに、俺はここぞとばかりに畳みかける。


「そうです! 倒した魔物に関する一切の権利を主張しないという契約のもとで我々を雇っていただければ、皇女殿下の目的であるレア魔物の討伐が成った際にも、余計なトラブルを回避できると思うのです。


 ああ、勿論最初からそのような分不相応な要求をするつもりはありませんが、第三者から見ても突っ込みどころのない契約という形をとっておくのは、殿下にとっても都合がいいであろうと愚行しました。


 それに、雇ったパーティにローズ……様が所属していたとなれば、単純に側にいただけというよりも戦力として活躍したと主張しやすくなりますし、公的な記録としても残るかと思うのです。


 ということで、どうでしょう? 是非ご検討いただければと思うのですが……」


「むむむ…………」


 俺の発言に、ガーベラがしばし考え込む。その視線がチラリと横に向くと、ヒダリードが徐にその口を開く。


「悪くない提案かと思います。『魔物に関する一切の権利を放棄する』と明示させるのは確かに無駄なもめ事を避けるのに有効でしょう。この少年達だけならどうにでもなりますが、ローゼリア姫様のお名前を出すのであれば、むしろやっておくべきかと」


「そう……ミギールは?」


「私もいいと思いますぞ。拳か金か契約書か、言いがかりをつけてくる相手を殴る手段を揃えておくのは悪くないですからな!」


「確かにそうね。わかったわ、じゃあ私ガルベリア・スカーレットの名の下に、貴方達……えーっと……」


「『トライギア』です、殿下」


「ああ、そうだったわね。では貴方達『トライギア』を雇うことにしましょう」


(よっしゃ!)


 皇女殿下の言葉に、俺は内心でガッツポーズを決める。これで自分のペースで戦えないどころか、行動の選択権すらないという状況でも、安定した収入を得ることに成功した。


 その代わりに本当にレア魔物に出会い、かつ奇跡的にその討伐に貢献したとしても分け前を要求することはできなくなったわけだが、そんなアホみたいな確率に賭けるより、日々の堅実な稼ぎの方が重要だ。


 ふふふ、固定給……ああ、何て素晴らしい。遭遇する魔物はおそらく護衛の二人が倒すだろうから、俺達は本当にダンジョンを散歩しているだけで金が入る! 不労所得、ゲットだぜ!


「……何だかクルトが悪い顔をしている気がするのじゃが、妾の気のせいじゃろうか?」


「一度借金生活を味わっているので、マスターは割とお金にシビアなのデス! でもそこに痺れる、憧れるぅなのデス!」


「そういうものなのか? まあ確かにお金は大事じゃがの」


「さて、それじゃ……契約ってどうすればいいのかしら? ヒダリード?」


 好き勝手なことを言っているローズやゴレミをそのままに、ガーベラが護衛騎士に問いかける。


「今回の場合記録に残すということに意味があるので、探索者ギルドを通じて正式な契約を結ばなければなりません。なので一端ダンジョンを出る必要があるかと」


「そう。面倒だけど仕方ないわね。じゃ、行くわよ」


 ヒダリードの言葉に頷き、ガーベラが歩き始める。が……


「あの、姫様? そちらは逆では?」


「っ!? し、知ってるわよ! ちょっとうっかりしただけよ! ほら、ヒダリード! さっさと先導しなさい! 斥候は貴方の役目でしょう!?」


「ハッ! 失礼致しました!」


 ガーベラの叱責を受け、ヒダリードが即座に先頭を歩き始める。うーむ、薄々わかってはいたことだが……


「ウギャー! ツンデレ皇女のうえにポンコツ属性まで!? 個性が渋滞してるデス! ゴレミとキャラが被ってるデス!」


「被っては……いや、ポンコツは被り気味か?」


「いい人なんじゃぞ!? ちょっとアレなところはあるが、ガーベラ姉様はいい姉様なんじゃぞ!?」


 叫ぶゴレミとあたふたとフォローするローズ。そんな仲間達に挟まれながら、俺は皇女様ご一行の後をついてダンジョンを後にするのだった。

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