理不尽な再会

 ということで、俺達はその後、第四層での狩りをしばらく休止し、第二層での活動を再開した。勝手知ったる……と言うほどではないにしても、火属性のブックバタフライしかいないというのはやはり気楽で、ぶっちゃけ単純に金を稼ぐという意味では第四層より効率がよかったのだが……


「何で来ないのよ!」


 第二層に戻ってから、三日後。その日も普通に狩りをしていた俺達の前に、先日の皇女様ご一行が姿を現した。何故か機嫌の悪そうなガーベラあねの登場に、ローズが今回も困惑した表情を浮かべる。


「姉様!? 来ないというのは?」


「だから、第四層よ! 適正な狩り場だと豪語しておいていなくなるなんて、どういうつもりなの!?」


「は、はぁ? どういうつもりと言われても、姉様が帰れと言うから、妾達は第四層ではなくここで狩りをしておるのですが……」


 ごくまっとうな事を口にするローズに、しかしガーベラは皇女にあるまじき態度でダンダンと足を踏みならす。


「違うでしょ! 確かに私はそう言ったけど、そこはそのまま第四層に止まり、再会した私に『姉様の言うことは最もですが、それでも私は頑張りたいのです!』と言うところでしょう!」


「えぇ……?」


「私だって、貴方が不遇な目に遭っていることは知っているわ。だからそうやって食い下がってくれば、私としてもちょっとした手伝いくらいはさせてあげることも吝かではなかったというのに! それを貴方は! 貴方という子は!」


「それは……」


 言い募るガーベラを前に、ローズが言葉を失う。するとガーベラは、今度は俺の方を睨み付けて声をかけてくる。


「貴方達も貴方達よ! 貴方、ローズの護衛なのでしょう!? ならばもっと、この子の為に積極的に動くべきでしょう! これだから庶民は……」


「あの、姫様?」


「何よ、ヒダリード」


 滅茶苦茶な理由で一方的に俺を責め立ててくるガーベラに、今回もまた護衛の一人が声をかけ、ガーベラが不満げに口をとがらせながら振り返る。


「護衛というのは金で雇った者ですから、我ら騎士のように滅私で主に忠誠を尽くすようなものではありませんよ? というか、護衛という観点からなら、主を守るために危険を冒さないように行動するのは当然かと思うのですが……」


「お黙りなさい! ローズの側にいるというのなら、そのくらいの覚悟は必要最低限です!」


「ハッ! 出過ぎた真似を致しました!」


 至極まっとうに思える発言を一喝され、ヒダリード氏がビシッとその場で直立した。だがわずかに思案顔になったガーベラは、次いでもう一人の従者に声をかける。


「ねえ、ミギール? 貴方はどう思うの?」


「私ですか? そうですな……強い敵がいるのなら、とりあえず戦ってみたいですかな?」


「そう! そうなのよ! それが探索者というものでしょう!? なのにその気概がないのはどうなのかしら? 恥を知りなさい、平民!」


「あー、はぁ…………」


 もの凄いキメ顔で指を突きつけながら言い放つ皇女殿下に、俺はこれ以上ない生返事をする。もし相手が単なる行きずりの相手ならガン無視で決まりなんだが、ローズの姉、かつこの国の皇女様となるとそうもいかないわけで……うわぁ、面倒くせぇ、どうすっかなこれ。


「あの、ちょっといいデスか?」


 と、そこで空気を読まないことに定評のあるゴレミが、突然ガーベラに話しかけた。無視されるかと思ったんだが、意外にもガーベラはゴレミを一瞥し、小さく鼻を鳴らしてから答えてくれる。


「フンッ。何よ?」


「皇女様は、ローズのことをずっと第四層で待ってたデス?」


「ええ、そうよ。それが何か?」


「自分達だけでも戦力は十分なのに、わざわざローズに手柄を分けるためにデス?」


「ち、違うわよ! 同じ母から生まれたんだから、あの場にいるなら露払い程度には使えるかと思っただけよ! まあ確かに? 多少なれども役に立てば、私の功績の隅っこにローズの名前を加えてあげるくらいはしてもいいけど、まともに魔法も使えない落ちこぼれに手柄を分けるなんて、そんなこと……」


「ふむふむ、よくわかったデス」


 ぷいっと顔を背けるガーベラを見て、ゴレミが大きく頷く。そして次の瞬間……


「ウギャー! ここにきてツンデレ皇女デス! ゴレミとキャラが被ってるデス!」


「ツン……何? ちょっと、なんなのこのゴーレムは!?」


「すみませんすみません! ほんっとーにすみません! ゴレミお前ふざけんなよ! これっぽっちも被ってねーよ!」


「ハッ! 確かにゴレミはマスター限定でデレデレなので、ツン要素が皆無なのデス! あ、でも、ちょっとくらいツンがあった方がギャップ萌えが狙えるデスか?」


「狙うなよ! そんなことどうでもいいから、皇女様相手に失礼なこと言うなって言ってんだ! マジで首が飛ぶからな!? 絶対辞めろよ! マジだからな!?」


「わかってるデス。そこまで言われたら危険を承知でもやらざるを得ないデス!」


「やるなって言ってんだよ!」


「…………ねえローズ? 貴方が苦労しているのはわかるけれど、それでももうちょっとくらいは仲間を選ぶべきじゃないかしら?」


「そ、そんなことないのじゃ! クルトもゴレミも、本当にいい奴らなのじゃ! ほれお主達、姉様に自己紹介するのじゃ!」


 ゴレミの頭をペシペシとひっぱたき続ける俺に、ローズが慌てた様子で声をかけてくる。それで我に返った俺は、改めて皇女様に向き直った。


「初めまして皇女殿下。俺……いや、自分はクルトです。えっと……ただの新人探索者です」


「全世界ゴーレム美少女選手権、三年連続ナンバーワンのゴレミデス! ゴレミデスではないデス! ゴレミが名前デス!」


「び、美少女選手権……?」


「ほんっとに何でもないんで! 本当に! 本当に気にしないでください!」


 怪訝な顔をするガーベラに、俺はゴレミの頭を力一杯押さえつけながらひたすら頭を下げる……なお俺がぷるぷる震える震えるほど力を込めても、ゴレミの石頭は一ミリも下がらなかった……と、ガーベラはひとまず納得したのか、小さく頷いて話を続けた。


「ま、まあいいわ、クルトにゴレミね。私はオーバード帝国第一七皇女、ガルベリア・スカーレットよ。一応言っておくけれど、ローズが私をガーベラと呼ぶのは身内だからであって、他人である貴方達までそう呼ぶことは許さないわよ?」


「は、はい! 勿論です!」


「むぅ、残念デス。とっても素敵な名前だから、是非とも呼んでみたかったデス……」


 俺が緊張気味にそう答えたのに対し、ゴレミは微妙に意気消沈した雰囲気を出して言う。するとガーベラは少しだけ考えてから、そっと顔を逸らす。


「あら、そうなの? …………ま、まあローズも貴方達に自分をローズと呼ばせているようだし? どうしてもと言うのなら、貴方達にも私をガーベラと呼ぶことを許してあげてもいいわよ?」


「へ!? いや、それは恐れ多い――」


「やったデス! ローズのお姉ちゃんだけあって、ガーベラは器が大きいデス! ガバガバ皇女様デス!」


「フンッ! 別にローズは関係ない…………ねえヒダリード、褒められていると思うのだけれど、貶されているような気もするのは何故かしら?」


「さあ。自分には何一つわかりかねます」


「そう……ミギールは?」


「ガッハッハ! 子供の言うことですから、深い意味などないのでは? 素直に喜んでおけばいいかと思いますぞ!」


「そう、そうよね。なら喜んでおくわ! オーッホッホッホッホ!」


「ハハハハハ……ミギール、いいフォローだ」


「ガッハッハ! この程度造作もないわ!」


 皇女様ご一行が、何だか知らんが笑い出す。俺の隣でもゴレミが「ゴレゴレゴレ……この笑い方は流石になしデスね」などとアホな事を言っているが、俺はそれを完全無視して小声でローズに話しかける。


「おいローズ、お前の姉ちゃんって……」


「む、むぅ。ガーベラ姉様は昔からあんな感じなのじゃ。決して悪い人ではないのじゃが……」


「まあ、そうだな。悪人ではねーよな」


 言動にキツいところはあるものの、本質的にはローズの事を心配している様子が感じられる。そしてローズの方からも嫌っているという雰囲気はないので、少なくともこの短い期間で見た感じでは、二人の関係が悪いということもないのだろう。


「オーッホッホッホッホ!」


「ハハハハハ」


「ガッハッハ!」


「…………本当に大丈夫か?」


「……だ、大丈夫じゃ。多分」


「あーっ! キャラが! ゴレミのキャラが埋もれていくデスー!」


 高笑いする三人組とアホなことを叫び続けるゴレミに対し、俺とローズは何とも言えないしょっぱい表情を浮かべながら、しばし時が過ぎるのを待つのだった。

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