予期せぬ再会

「どういうこと!? 何故ローズが第四層にいるの!?」


 振り向いた俺達の前でそう騒ぐ女性の姿を、俺は目を見開いて観察する。


 顔立ちは何となくローズに似ている。波打つ赤髪は背中の辺りまで伸びており、身長はすらりと高く、一六五センチくらいはあるだろう。それもあって年齢は俺より少し年上の一七、八歳くらいに思える。


 服装はひらりとしたドレスっぽいものの上に要所を守る金属製のプレートがつけられており、ローズと違ってこれならば探索者としてギリギリ不自然ではない。が、妙にキラキラしているので、おそらくは材質はありきたりな鉄とかじゃなく、何らかの魔法金属だろう。つまりとてもお高そうだ。


 更に言うなら、女性の背後には細身長身の男とやや低身長でガッシリした体つきの男が、揃いの鎧を身につけて付き従っている。普通の探索者は揃いの装備など身につけない……というか役割が丸かぶりするような人員の集め方はしないので、探索者というよりは衛兵か、あるいは騎士の方がイメージが近そうだ。


「ガーベラ姉様!?」


 そしてそんな女性の登場に、ローズもまた驚いて声をあげる。その呼び方からして、姉妹なんだろう。ということは……うわー、何かもうスゲー嫌な予感がするんだが。


「答えなさいローズ! 落ちこぼれの貴方が、どうしてこんな場所に――」


「落ち着いてください姉様! どうしてと言われても……というか、むしろ姉様こそどうしてこのような浅層に? 姉様はもっと深いところに潜っておられると聞いておったのじゃが……」


「フンッ、白々しい! 何もかもわかっていながらわたくしに言わせようなんて、貴方いつからそんなに性格が悪くなったの?」


「えぇ……?」


 ガーベラと呼ばれた女性の言葉に、ローズが思い切り戸惑いの表情を浮かべる。その視線がチラリと俺の方に向いたが、この状況で俺が出来ることなど何もない。ただ無言で首をぷるぷると横に振れば、ローズは苦り切った表情のまま姉の方へ向き直る。


「あの、姉様? 妾は本当に何もわからないんじゃが……」


「まだ言うの!? なら貴方は明らかに自分の実力と見合わない階層に、何の理由もなしにやってきたって言うわけ!? それこそ意味がわからないじゃない! 貴方こそ答えられるなら答えてみなさいよ!」


「それは……確かに妾一人であれば、この第四層はとても立ち入れる場所ではありませぬ。ですがご覧の通り、今の妾には頼りになる仲間ができたのです。なので今の妾にとって、ここは決して実力に見合わぬ場所というわけではないというか、むしろここが適正じゃと思っておるのですが……」


「へぇ……?」


 ローズの言葉に、ガーベラの視線が俺達の方を向く。そうしてしばし値踏みするように俺達を見つめると、ガーベラは小さくため息を吐いた。


「なるほど、そういうこと。ただの石製に見えて高度な魔法処理の施されたゴーレムに、安物の剣に偽装した魔剣持ち……確かに並の者ならばそのしょぼくれた見た目に騙されるのでしょうけど、この私、ガルベリア・スカーレットの目は誤魔化せないわよ!」


「へっ!?」


 驚いたローズがこちらを振り向いてくるが、俺は再び猛烈な勢いで首を横に振る。なおゴレミは何故か誇らしげに胸を張っているが、ゴレミなので深い意味はないだろう、きっと。


「あの、姫様?」


「何よ、ヒダリード」


 と、そこで後ろに控えていた二人の護衛のうち、痩せてシュッとした感じの男の方がガーベラに声をかけてくる。


「自分の見立てでは、ゴーレムはまだしも、あの少年は間違いなく駆け出しです。あえて弱そうにする意味もありませんし、本当にただのお仲間なのでは……?」


「ハァ? ヒダリード、貴方私の人を見る目を疑うというの!?」


「いえ、決してそのようなことは……ただ職務上、自分は正直な感想をお伝えせねばならないと思っただけですので」


「フンッ……ミギール、貴方はどう?」


 口をとがらせ鼻を鳴らしつつ、ガーベラがもう一人のガッチリとした体格の男に話しかける。するとそちらの男はわずかに考えてからガーベラの問いに答えた。


「そうですな……ガルベリア殿下のご命令とあれば、この程度の輩一撃で仕留めてみせますぞ!」


「いや、そういうことではなくて……帝国の騎士である貴方達より弱いのは当然としても、だからといって別に無能というわけじゃないでしょ?」


「それは然り! ですがヒダリードの言うとおり、この者達からは強者の貫禄を感じませぬな。ローザリア殿下の反応も嘘をついている感じではありませぬし、であれば本当に偶然にここにおられるのではありませんかな?」


「えっ……?」


 その言葉に、ガーベラの表情にスッと影が落ちる。そのまま数秒キョロキョロと視線を彷徨わせると、徐にローズに向かってビシッと指を突きつけながら声をあげた。


「と、とにかく! 使う属性を次々と入れ替えてくるレア魔物『レインボーブックバタフライ』は、貴方の手に負えるような魔物ではないの! 今すぐそのしょぼくれた護衛を引き連れて第一層に帰るのが貴方の身のためなのです!


 いいわね! 帰るのよ! すぐに帰らないと、怪我をしても知りませんからね!」


「は、はぁ。気をつけます……」


「…………フンッ! ミギール、ヒダリード、行くわよ!」


「ハッ! では姫様、失礼致します」


「殿下もどうぞお気をつけて」


 ガーベラの言葉を受け、護衛の二人はローズにだけ挨拶をすると、そのまま一行はダンジョンの奥へと姿を消していく。その背が見えなくなったところで、俺は改めてローズに声をかける。


「あー、ローズ? 今のは……?」


「うむ。わかっているとは思うが……あれは妾の姉で、オーバード帝国第一七皇女、ガルベリア・スカーレットじゃ。横に居た二人は、姉上の直属の護衛騎士じゃな」


「おおー! 護衛がいるなんて、凄くお姫様っぽいデス!」


「てか、あれが姉って……ローズお前、本当にお姫様なのか?」


「なんじゃその失礼な質問は! 本当に決まっておるじゃろうが!」


「いや、決まってはいねーだろ……」


 憤慨するローズに、俺は何とも言えない表情になる。


 正直なところ、俺は今の今までローズが本当に皇女であるかは半信半疑どころか、一信九疑くらいだった。何か事情があって正体を隠しているとは思っていたが、だからこそ皇女であるという話そのものがブラフだと考えていたのだ。


 だが今回、如何にも城の騎士っぽい護衛を連れた姉を名乗る人物と、偶発的に再会した。そのやりとりを鑑みれば、自分を皇族だと思い込んでいる可哀想な女の子というよりは、本物の皇女である可能性の方が流石に高いだろう。


 無論本気の詐欺師だったらそこまで仕込むこともあるんだろうが、そんな手をかけて俺を騙す理由が何もない。ゴレミの真の価値を考えれば話は別だが、それならそれで騙すより、あの場で俺を始末して奪った方が圧倒的に楽だろうしな。


「てか、あれか? ひょっとして俺、首をはねられたりするのか……? あの、ローズさん? いや、様?」


「ええい、その猫なで声を辞めぬか! 今更そんなこと言うわけなかろう!」


「そうか? いやでも、皇女様だし……」


「その妾がよいと言っておるのじゃから、よいのじゃ! せっかくパーティを組んだというのに、今更他人行儀な扱いなどしたら、泣くぞ? 地面に寝転がり手足をジタバタさせ、赤子の如くギャン泣きするぞ!?」


「そこまでかよ! わかったって」


 丁寧に扱おうと思ったら、何故か脅されて雑に対応することを要求された。説明されても訳がわからんと思うが、俺も訳がわからないので問題ない。


「それで、マスターはこれからどうするデス?」


「ん? これからって?」


 そんなわかったがわからない状況で、不意にゴレミに声をかけられ俺は軽く首を傾げる。するとゴレミはチラリとガーベラが去って行った方を見てからその口を開く。


「だから、これからもここで戦い続けるデス? さっきの人が言うには、レアな魔物が出るんデスよね?」


「そうじゃ! 何だか知らぬが、倒すと凄い功績になりそうな魔物なのじゃ! のうクルトよ、これを狙わぬ手はあるまい?」


「そうだな……よし、決めた!」


 色めき立つローズの言葉に、俺は少しだけ考えて……


「うむ! では――」


「撤退だ!」


「……なぬ!?」


 ずっこけるローズをそのままに、俺はサクッと第四層からの撤退を決断した。

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