適当な狩り場、適当な決断

「前方敵確認! 数三! 赤、青、緑! 風だけは確実にゴレミが抑えろ! ローズ、魔法展開準備!」


「了解デス!」


「わかったのじゃ!」


 俺の上げた警告の声に従い、素早くゴレミが前に駆け出し、ローズはその場で火の膜を張り始める。ここは<無限図書館ノブレス・ノーレッジ>の第四層・・・。今までみたいな楽勝ムードではいられない。


「食らうデス、歯車スプラッシュ!」


 あらかじめ渡しておいた歯車を握り、ゴレミが緑の背表紙をしたブックバタフライに投げつける。だがブックバタフライは即座に風の塊を打ち出し、それに相殺される形で歯車の勢いは半減してしまう。それでもバラバラと音を立てて当たったことでヘイトを稼ぐことは成功したが、かつてのように一撃で撃墜とはいかない。


「むぅ、やっぱり風系統は面倒デスね。でも代わりに、そっちの攻撃だってゴレミには効かないデス!」


 連続して撃ち出された風の塊を、ゴレミは文字通り涼しい顔で受け止める。俺があえて食らってみた感じだと素手でぶん殴られるくらいの衝撃はあるはずなのだが、固くて重い石の体が相手では、火よりも効果が低いのは明白だ。


「ぬっ、別れたのじゃ! クルト、そっちに水がいったぞ!」


「おう!」


 ゴレミが引きつけられなかった二匹のブックバタフライのうち、赤い火属性はローズに、青い水属性は俺に向かってきた。だが一対一同士なら何の問題もない。俺が迫り来る水球をひょいとかわすと、バシャンという音と共に足下に水たまりが広がる。


 ちなみにこの水球は、実はかなりたちの悪い攻撃だ。あくまでも水なので触れたからといって即座にどうにかなるわけではないが、装備を濡らされれば脱いで乾かさない限り延々と体温を奪われ続けることになるし、迂闊に顔に食らいでもすれば呼吸の拍子に吸い込んで、むせて咳き込み致命的な隙を晒すことになる。


 水なので完全に防ぐのは難しく、更にはこうして回避しても足下に広がって滑りやすくするという、いわば嫌がらせに特化したような性能なのだ。単体では弱いが群体になると強い水属性の存在こそ、この第四層で攻略難度が一気に上がる一番の要因だと個人的には思う。


「ま、だからって当てれば一撃なのは同じだがな! ローズ、火からだ!」


「うむ!」


「いくぞ! 食らえ、バーニング歯車スプラッシュ!」


 ローズがその場で片膝をついて姿勢を下げたのを確認すると、俺はまずローズと交戦していた火属性のブックバタフライにバーニング歯車スプラッシュをお見舞いする。ブックバタフライは火球で応戦してきたが、火で火を無効化することはできず、その体が即座に燃え上がった。


「よし、次は水だ! バーニング歯車スプラッシュ!」


 命中を確認すると同時に、俺はそのままローズの正面にクルリと回り込む。すると背後から俺を狙っていた水属性のブックバタフライが火の膜越しに見えたので、そこに再度バーニング歯車スプラッシュを叩き込む。


 奴もまた水球を飛ばして応戦してきたが、今度は単純にローズの火の熱量、あるいは魔力量が上回った結果、燃え盛る歯車がその体に命中し、ネチョる炎は青い背表紙を真っ赤に染め上げた。


「最後、風だ! ゴレミ!」


「ガッテン承知デス!」


 俺が前に駆け出すと、入れ替わるようにゴレミが下がってくる。そのすれ違いざまに俺は新たに生みだした歯車をゴレミに握らせ、次いで自分の手のなかにも再度歯車を生みだし、風属性のブックバタフライに投げつける。


「オラ、今度の相手は俺だ!」


 ゴレミを攻撃し続けていたおかげで、俺の投げた歯車は相殺されることなく風のブックバタフライに命中する。すると当然のように敵の狙いがこっちに移った。


「うひょっ!? へっへっ、当たん……ふわっ!? 当た……うひゃっ!? 当たんねーんだよバーカ!」


 火や水に比べると、風の塊は猛烈に視認しにくい。それでも必死によけながら数秒を待てば、後方から頼もしい相棒の声が響く。


「食らうデス! バーニングラブ歯車スプラーッシュ!」


 謎の単語が増えたゴレミの叫びと共に、燃える歯車がブックバタフライに向かって高速で飛来する。敵は今度も風の塊で撃ち落とそうとしたが、飛ぶ勢いは減衰しても火の威勢は衰えない。


 軽くであろうと当たりさえすればそこからブックバタフライの体が燃えていき……全ての魔物が魔石になったのを確認すると、俺は漸く息を吐いて緊張を解いた。


「ふーっ……戦闘終了! 全員怪我はねーか?」


「ゴレミの玉のお肌は今日もツヤツヤなのデス!」


「妾も問題ないぞ。クルトこそ平気か?」


「ま、なんとかな。にしても、本当に四層はキツいな……」


 第三層での戦いは、正直楽勝だった。何せ敵が一体となると、接敵と同時にバーニング歯車スプラッシュを当てるだけで勝ててしまうからだ。


 そのため俺達は、各属性の攻撃がどんなものかだけ確認すると、そのまま第四層へと潜ってきていたわけだが……俺のそんな感想に、ゴレミが軽く苦笑する。


「そうデスか? 多分デスけど、普通の探索者の人達は、だいたいこういう感じの難易度で戦ってると思うデスよ?」


「そうじゃな。今までが楽勝過ぎただけで、このくらいは普通ではないか?」


「う、マジか? いやでも、そう……か?」


 二人に言われて考えてみれば、かつての俺はソロだったので、必要以上に安全マージンには気を遣っていた。そりゃそうだろう、仲間がいれば多少の怪我くらいはフォローされるが、ソロならその時点で詰みなんだから、楽勝で勝てる相手以外は戦わないのが当然だ。


 そしてゴレミと出会ってからは、ゴレミが強すぎるせいで苦戦することはほぼなかった。精々ジャイアントセンチピードに困ったくらいで、あれだって俺自身が戦うことに拘らなければ、ゴレミであっさり倒せる魔物だったのだ。


 というか、そうでなければおそらく俺はジャイアントセンチピードと戦うという選択をしなかった。もっと時間をかけて実力が身につくまで、俺は長いことゴブリンだけをひたすら狩る生活を続けていたことだろう。


「仲間が誰一人怪我をすることもなく、大きな消耗もしておらぬ。ならばこのくらいが十分な適正狩り場じゃろう。楽勝過ぎてはスキルが成長せぬし、稼ぎも得られぬからな。


 妾としてはここでしばらく頑張りたいと思うのじゃが……とは言えリーダーはクルトじゃ。妾はクルトの判断を尊重するのじゃ」


「ゴレミも勿論、マスターの決定に従うのデス! どうするデスか、マスター?」


「うーん……」


 リーダーなんて名目だけのもんだと思っていたが、こうして決定権を委ねられると、その重さが肩にのしかかってくる。だが考え込む俺に、ゴレミがそっと近づいて手を重ねてくる。


「ふふふ、マスター? 考えるのはいいデスけど、悩む必要はないのデス。ワタシもローズも、マスターの言うことを聞くだけの人形ではない・・・・・・のデス。


 駄目なことは駄目と言うのデス。嫌なことは嫌と言うのデス。間違っていたら指摘するデスし、えっちな目で見られても、ちゃんと気づかないふりをしてあげるデス。


 あ、でも、浮気は駄目デスよ? お尻をつねっちゃうデス!」


「何だよそりゃ……ったく、お前はいつも適当だな」


「人生なんて、適当くらいがちょうどいいのデス! だから気楽に決めていいのデス! マスターはどうしたいデスか?」


「そうだな……」


 微笑むゴレミの言葉を受けて、俺は再び考え込む。だがそこに憂いはなく、結論はすぐに俺の中から湧き出てきた。


「よし、ならもうしばらく、第四層で戦ってみるか! 確かにその方が俺のスキルも成長しそうだし」


「そうこなくっちゃデス!」


「うむうむ、そうじゃな。妾ももっと<火魔法>のスキルを成長させねば」


 俺の決断に、二人がやる気を見せる。ならばここは俺もその輪に入り、パーティの結束を固めようと思ったのだが……


「…………え? まさか貴方、ローズ?」


 突然背後から聞こえた声に、俺達は驚いて振り向いた。

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