報酬の分け方
「ピッチャービビってる! ヘイヘイヘイ! デス!」
大声でわめき立てるゴレミが、魔物の
そしてここまでなら、昨日までと同じ。だが今日の俺は……いや、
「準備完了なのじゃ!」
俺の少し前方で、片膝をついたローズが頭上に火の膜を張る。なお片膝なのは、もし万が一急にローズが狙われた場合でも素早く動けるようにだ。
「よーし、いくぞ二人共!」
そしてそんな二人を前に、俺は右手に歯車を生みだし、大きく振りかぶる。
「食らえ! 歯車スプラッシュ!」
全力で投げた歯車が、一直線にローズの張った火の膜へと突っ込んでいき……通り抜ける瞬間に、俺は更なる一手を打つ。
「回れ!」
瞬間、クルクルと回る歯車が火の膜を通過する。すると回転した分だけローズのネチョネチョの魔力を巻き込んだことで、俺の歯車が猛烈な火を纏う。
ペチペチペチ……ブワッ!
ゴレミには遠く及ばない俺の腕力で投げられた歯車は、軽い音を立ててブックバタフライに命中した。その威力はお察しだが、今重要なのはそこではない。一瞬しか触れていないにも関わらず歯車が触れた部分が発火し、ブックバタフライの体を燃やし始めたのだ。
その火を消そうと必死にバタバタ羽ばたくブックバタフライだったが、ローズの魔力のネチョり具合に火が消えることはない。ジワジワと体中に燃え広がっていくと、やがて飛行が維持できなくなったブックバタフライがポトリと床に落ち、程なくしてその身が小さな魔石へと変わった。
「いやっふー! やったぜ!」
「やったのじゃー!」
その光景……俺達だけでブックバタフライが倒せたという事実に、俺とローズは満面の笑みでハイタッチを決める。興奮冷めやらぬ様子のローズは、そのまま俺に勢い込んで話しかけてきた。
「さっきより随分と火の勢いが強かったのぅ。まさか一撃で倒せるとは!」
「だろ? やっぱ回転がミソだったんだよ。まあローズの魔力がそれだけネチョって……いや、濃いからってのもあるだろうけどさ」
「もうこの際、ネチョネチョでも何でもいいのじゃ。ああ、前に飛ばせず自爆するばかりだった妾の魔法が、空を飛ぶ魔物を討ち果たす日が来るとは……妾、感動でちょっと泣きそうじゃ」
「おいおい、泣くのは全部終わってからにしようぜ? まだまだ試してねーことは沢山あるんだ」
「そうじゃの。たった数回では全然検証が足りぬのじゃ!」
「むーっ! マスターとローズばっかり、仲良しでずるいのデス! ゴレミだって頑張ったのデス!」
と、そこで遅れてやってきたゴレミが、俺とローズの間にムギュッと入り込んでくる。その拗ねた顔を見ると、思わず俺の顔に笑みが零れる。
「ははは、拗ねるなって。ゴレミが頑張ったことなんてわかってるさ」
「そうじゃぞ。ゴレミがおらねば妾達が魔法と歯車を組み合わせる時間が取れぬからな。感謝するぞ、ゴレミよ」
「ありがとなゴレミ。助かってるぜ」
「ふぇっ!? そ、そんなにまっすぐに褒められると、流石に照れちゃうデス……ほらほらマスター、いつもみたいにペチッてやってもいいデスよ?」
「ほう? ならこうしてやろう」
突き出してきたゴレミの頭を、俺は優しく撫でてやる。照れくささが限界を超えて「ぬあー!」と叫びだしたゴレミの姿を俺とローズでもう一度笑ったりしつつ、その後も俺達は新たな連携を磨くべく狩りを続け……
「うーし、今のもいい感じだったな。なら次は――」
「マスター? そろそろいい時間デスし、このくらいにしてダンジョンを出た方がいいんじゃないデスか?」
「うん?」
どうやら新しい戦い方が楽しくて、夢中になりすぎていたらしい。言われてみれば大分腹も減っており、体の奥に鈍い疲労も感じられる。確かにそろそろ戻った方がよさそうだ。
「テンションが上がりすぎてて気づかなかったか……そうだな、今日はこのくらいにしておくか」
「……ああ、そうか。終わりか」
あっさりと本日の探索の終了を決めた俺に、ローズがあからさまに表情を曇らせる。だが俺はあえてそれを無視して、明るい声で言葉を続ける。
「んじゃ、まずは戻って魔石を換金しようぜ。分配はその時でいいよな?」
「うむ、問題ない」
「それじゃ出発! いいか? 家に帰るまでがダンジョン探索だからな? いくら第一層だからって、ここで油断して怪我なんてしたら馬鹿みてーだぞ」
「ゴレミの油断と隙は、マスターに対してしかないのデス! ほらほら、スカートの裾がヒラヒラしちゃってるデスよ?」
「その下にあるの石じゃねーか……さっさと行くぞ」
無駄にスカートを翻すゴレミをそのままに、俺達はダンジョンを出て行く。流石に第一層では問題など起こるはずもなく、無事に<
「ほほぅ、ローザリアさんの魔法にクルトさんの生みだした歯車を投げつけて、火を纏わせた……なかなかに賢い戦い方ですね」
「でしょう! いやー、俺も気づいた時は『これだっ!』って感じがしたんですよ!」
「でもちょっと意外デス。ノエラなら『何でそんな馬鹿なことをやろうと思ったんですか?』とか突っ込んでくると思ったデス」
ノエラさんに褒められいい感じになっている俺に、横からゴレミがそんな口を挟んでくる。するとノエラさんはメガネをくいっとしながらゴレミの問いに答えた。
「フフフ、それは違いますよゴレミさん。『できない』『あり得ない』と否定してしまえば、そこで思索は終わってしまいます。そうではなく思いついた全てをまずは『できる』と肯定し、それを検討し、検証し、実現させ、発展を目指すことこそ真の賢い人なのです」
「おおー! その台詞は凄く賢い感じデス!」
「当然です。私の賢さは止まるところを知りませんからね」
賞賛するゴレミに、ノエラさんがメガネをくいっとする。その瞳に輝くのは、間違いなく英知の光だ。
「……と、査定が終わりました。ではこちらが魔石の買い取り料金となります」
「あ、どうも」
しかもそんな雑談をしつつも、しっかり計算はしてくれている。受け皿に乗せられたクレド貨を確認すると、俺は改めてローズに向き直った。
「んじゃローズ、改めて取り分の話だが、やっぱり三等分は駄目じゃねーか? 俺達とローズで半分ずつがいいと思うんだが」
「そうデスね。ゴレミはマスターと一心同体デスから、お財布は一緒なのデス!」
「いや、そうはいかぬ。ゴレミとて十分な……むしろ常に魔物を引きつけるという大役を果たしていたのだから、頭数として数えるのは当然じゃ。それに……」
そこで一端言葉を切ると、ローズが貨幣の置かれた受け皿を俺の方へと押しやってくる。
「妾の分もいらぬ。お主達を今日一日付き合わせたのは、妾の我が儘なのじゃ。この程度で礼になるなどとは考えておらぬが、それでも今は――」
「あー、待て待て! そうはいかねーっての! つーか、ゴレミの取り分を主張したローズが自分の分は受け取らねーなんて、それこそ通るわけねーだろ?」
「いや、しかし……」
「なら一つ、妥協案だ」
言いつのるローズを遮り、俺はピッと人差し指を立てて言う。
「まず最初に、報酬の半分をパーティの活動資金とする。で、残りの半分を俺達とローズで半分ずつだ。これでどうだ?」
「パーティーの……活動資金?」
「そうだ。貯金ってのは大事なんだぜ? 俺もちょっと前に、下手打って借金背負わされたからな。いざという時に備えるのは……」
「違う、そうではない! それは……何故それを妾に伝える!? どうして妾との報酬分配で、パーティ資金の話を出したのじゃ!?」
詰め寄ってくるローズに、俺はわずかに顔を逸らし、頭を掻きながら答える。
「いや、まあ、ほら……あれだよ。ゴレミも随分仲良くなったみてーだし、俺達の相性も悪くなかっただろ? だからまあ、とりあえずもうちょっとくらいはお試しパーティを組んでみても……うおっ!?」
もにょもにょとそんなことを言っていると、不意にローズの目から大粒の涙が零れ始めた。驚きに固まる俺の前で、ローズが声を震わせながらもその想いを語る。
「いくつも……別れの挨拶を考えたのじゃ……お主達から受けた恩にどう報いればよいか、沢山考えて…………でも、どうしても、どうしても口に出せなくて……」
「あー! マスター、何やってるデスか! 女の子を泣かせるなんて、ゴレミポイントがマイナス二万ポイントデスよ!」
「マイナスでけーな!? って、おい、泣くなよ! 本当に泣かれたら困るじゃねーか!」
「まだ……一緒にいてもいいのか……? 妾は、足手まといではないか?」
「当たり前だろ! てか、ローズがいなかったら俺の新必殺技が使えねーじゃねーか!」
「そうデス! ローズの膜を破って、マスターの歯車が大人の階段をのぼっちゃったのデス! その責任はちゃんととらせないと駄目なのデス!」
「またお前はわけのわからんことを……はぁ。ってわけだから、ローズ。そっちの都合も色々あるんだろうけど、とりあえずよろしく頼むよ」
「……こちらこそ、よろしく頼むのじゃ!」
俺が差し出した右手を、肩を震わせるローズがぎゅっと掴み返してくる。こうして俺達に、自称皇女様の新たな仲間が加わることとなった。
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