「他」が為の力

「ナーッハッハッハ! 貴様の如き脆弱な炎、妾の前では完全に無力なのじゃ!」


 上空から降り注ぐ火の玉を、ローズが高笑いしながら自分の前に展開した火の膜で完全に防ぎきる。そうして安全の確保された後方にて、俺はゴレミに出来たてほやのやの歯車を手渡す。


「よし、ゴレミ行け!」


「お任せなのデス! はぐるまー、スプラーッシュ!」


バチバチバチッ!


 しっかりと狙いを定めて投げた歯車はブックバタフライに命中し、傷ついた体をフラフラさせながら下降してくる。そうして剣の届く位置まで来てしまえば、後はこっちのもんだ。


「これで……終わりだ!」


 俺の放った一閃が、ブックバタフライの体を両断する。三人になった俺達の連携は、あまりにも完璧に敵を圧倒していた。


「まさかこれほど簡単に魔物を倒せるとはのぅ! 仲間が増えるというのは実に素晴らしいのじゃ!」


「ゴレミ達のパーティは無敵なのデス!」


「まだパーティ組んでるわけじゃねーけどな。しかし……ふむ」


「? マスター、どうかしたデスか?」


「いや、これだけ安定してても、やっぱり第二層はキツいだろうなぁと思ってさ」


「むぅ」


 苦笑する俺に、ローズが不本意そうな顔で唸る。ローズが加わったことで防御は厚くなったが、そもそも俺達にはゴレミがいるので、最初から防御力は十分に足りている。


 対して不足していた攻撃の手は増えていない。まず敵に近づけない今の状況では、近接自爆魔法しか使えないローズを攻撃手として数えることはできないからだ。


「妾がまともに魔法を飛ばすことさえできればのぅ」


「それを言ったら、俺だって俺が自力で投げた歯車で、ブックバタフライを撃ち落とせりゃってなっちまうからなぁ。結局ゴレミ頼りなのは変わらねーよ」


「でも、ゴレミだってマスターの歯車がなかったら、上空の敵を撃ち落としたりできないデスよ?」


「それでもだよ。俺がいなくても大量の石ころでも持ち込みゃしばらくは戦えるけど、ゴレミがいないと俺はブックバタフライと戦うことすらできん。


 そういう意味じゃ、自分一人で戦えてるローズが、ここでは一番強いってことになるのか?」


「やめるのじゃ! 魔物の魔力切れまで粘って、落ちてきたところを自爆覚悟の魔法で仕留めることしかできぬのに、それを『一番』などと言われても嬉しくないのじゃ!


 もの凄くマズい料理が並ぶなかで、『これならギリギリで食べられる』と言われているようなものじゃぞ!」


「ははは……そりゃ確かに嬉しくねーわな」


 不満げに口を尖らせるローズに、俺は思わず苦笑する。優れたものの中から選ばれるなら誉れだが、劣りに劣ったもののなかから「まだマシ」と称されるのは、確かに自慢できるものでもないだろう。


「まあでも、そんなのは最初からわかってることだし、ひとまずは地道にやっていこうぜ」


「そうじゃな。ここで調子に乗って第二層に行ったりすると、酷い目に遭うのが世の常なのじゃ」


「そういう雑な死亡フラグを踏んでいいのは、やられ役のモブだけなのデス!」


「お前はまたそういう訳のわからんことを……」


「ほれほれ、そんなことより次を探すのじゃ! 三人で分けるなら、三倍の魔物を狩らねば稼ぎが減ってしまうのじゃぞ!」


 俺が呆れ声を出していると、ローズがそういうって俺達の手を引く。というか、普通は俺達とローズで二等分だと思うんだが……そこは一日終わった後で調整してやればいいか。


 ということで、俺達はその後も幾度か戦闘を重ねていく。何もしない、させないというのはよくないので防御は積極的にローズに任せ、ゴレミは歯車を投げ、俺は歯車を出したりトドメを刺したりという安定した役割分担で順調に魔物を倒していったわけだが……


「歯車スプラーッシュ!」


バチバチブワッ!


「ん?」


 ゴレミの投げた歯車の一部が、ほんのちょっとだけローズの展開していた火の膜に触れた。するとその歯車が炎に包まれ、燃える歯車が命中したブックバタフライがわずかにその身を焦がしながら落ちてくる……っ!?


「? マスター? トドメを刺さないデスか?」


「待てゴレミ。おいローズ、ちょっとこっちに来てくれ」


 俺は不思議そうにしているゴレミをそのままに、ローズの方に声をかける。するとローズがすぐにやってくるが、その顔にはやはり疑問が浮かんでいる。


「なんじゃ? いくら弱っているとはいえ、トドメも刺さずに魔物を放置するのは危険じゃぞ?」


「そりゃわかってるけどよ。今のを見て思いついたことがあるっていうか……ローズの防御の魔法を、俺と魔物の間に展開できるか?」


「クルトと魔物の間に、か? 妾の魔法は基本的に妾の周囲にしか発動させられぬのじゃが……では、こんな感じでどうじゃ?」


 そう言うと、ローズは火の膜を張った状態でその場にしゃがんだ。ローズの頭が下がったことで、俺と魔物と火の膜が一直線に繋がる。


「おお、いい感じだ。なら今から俺がその膜越しに歯車を投げるから、頭をぶつけないように気をつけてくれ。ゴレミ、お前は魔物を警戒。もし大きく暴れたりするようだったら、そのまま倒しちまってくれ」


「了解デス! でも、マスターは何をするつもりデスか?」


「まあ見てろって。さあ、俺の予想が正しければ……」


 俺は右手の中に歯車を生み出すと、大きく振りかぶって狙いを定める。


「食らえ、歯車スプラッシュ!」


 雄叫びと共に歯車を投げれば、それはローズが展開した火の膜を通過し……その瞬間、歯車が火を纏う。そうして燃える歯車となったそれが魔物に命中すると、ブックバタフライの体がボウボウと燃え始めた。


「うわ、燃えたデス!?」


「何じゃと!? これは……妾の火がクルトの歯車に移ったということか?」


「ハッハッハー! 大成功だぜ! 見ろ二人共、新たな必殺技の誕生だ!」


 驚く二人をそのままに、俺は満面の笑みを浮かべて笑う。そしてそのままローズの側にいくと、その肩を掴んでまっすぐに顔を向き合わせる。


「どうだローズ! これがお前の・・・力だ!」


「わ、妾の!?」


「そうさ! 普通の火じゃこうはいかねー! ローズの濃くてネチョネチョの魔力だから、俺の歯車に絡みついて燃えたんだ!」


 ゴレミが歯車を投げるとき、期せずしてブックバタフライの火球と撃ち合いになることが何度かあった。だが火球を通り過ぎた歯車が燃えていたことなど一度もない。


 しかし今、俺の歯車は間違いなく燃えた。であればその原因はローズの魔力が特別だからということに他ならない。


「お前の魔法が作った火の膜を通り過ぎることで、俺の歯車は燃えた……それはつまり、例えば矢とか投げナイフとか、あの膜を通り過ぎる全てのものが燃えるかも知れないってことだ。


 いや、それどころか剣をあの膜にくぐらせるだけで、一時的に燃える……火属性にすることだって可能かも知れん。そいつはとんでもない可能性だ!


 わかるかローズ? お前の魔力は確かに前に飛ばないんだろう。でもお前の魔力を纏ったものは、力の限り何処までだって飛んでいける! お前は一人でしか戦えない魔法士じゃないんだ。誰かと組んでこそ本当の力を発揮する魔法士だったんだよ!」


「わ、妾が……誰かと組んで…………そんな、そんなことがあり得るのか……?」


「ははは、あり得るも何も、今目の前で起きたじゃねーか! さあ、そうとわかりゃ検証だ! 俺達で今まで手の届かなかった古本野郎を、片っ端から燃やしてやろうぜ!」


「……うむ! よいぞ! やらいでか! クルト、そしてゴレミよ、妾のために、もう少しだけ力を貸してくれ!」


「当然!」


「モチのロンデス!」


 うっすら浮かんだ涙を即座に拭い去りながら頼んでくるローズに対し、俺とゴレミは親指を立てて力強く頷いて答えた。

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