それぞれの理由

「ダンジョン、ダンジョン、探索じゃー!」


「いっぱいおっぱい、僕元気ー! デス!」


「むぅ? 何じゃその歌詞は?」


「さあ? ふと浮かんだフレーズを口にしているだけなので、深い意味はないデス」


「そうなのか。そんな奇天烈な歌詞がふと浮かぶなど、ゴレミは詩人じゃのぅ」


「そうデスよ。恋する乙女はいつだってポエマーなのデス!」


「はぁ、何だかなぁ……」


 二人で連れ立ち、俺の前を歩くゴレミとローザリアの姿に、俺は何とも言えないため息を吐く。どうも二人は妙に気が合ったらしく、ローザリアの「今日一日妾の供をする栄誉を与えよう!」という申し出により、俺達は一時的なパーティを組んだのだ……ちなみに、面倒だから断ろうと思ったら「泣くぞ!」と脅されたので、拒否権はなかった。


 だがまあ、悪いことばかりではない。歳の近い……いや、精神年齢が近いの方がいいか? とにかくそういう相手とゴレミが一緒に長時間活動するのは初めてのことだし、あれだけ楽しそうなら、一日くらいは多少稼ぎが減っても問題ない。何だかんだでゴレミには世話になってるからな。


「おい二人共、今更だけど、あんまり騒ぎすぎるなよ? 油断してると寄ってきた魔物に不意打ちされるからな?」


「何を言っているデスかマスター? 魔物を探して歩いているんデスから、向こうから来てくれるなら大歓迎じゃないデス?」


「そうなのじゃ! それに妾の魔法があれば、第一層の雑魚魔物の攻撃なんて何一つ通らぬのじゃ!」


「あー、そうか? じゃあまあ、ほどほどにな」


 俺の声にまるで双子の姉妹のように同じタイミングでクリンと振り向き、声を揃えるゴレミ達に、俺は苦笑しながらそう告げる。実際よほど無防備に棒立ちでもしなきゃゴレミがここの魔物にやられることはないし、そのゴレミが側にいるなら、ローザリアが防御魔法を展開する時間すらないってことはないだろう。


 となれば、俺としても一人で黙っているのはつまらない。俺は徐にローザリアに声をかける。


「なあローザリア」


「うむ、なんじゃ? というか、お主も妾のことをローズと呼んでもよいぞ。ゴレミの想い人であるなら、特別に許可しよう!」


「それは……面倒だしいいか。じゃあローズ、ちょっと聞くんだが、お前って何で一人でダンジョンに潜ってんだ?」


「むぅ……妾にも色々と事情があるのじゃ」


 俺の問いかけに、ローズが若干表情を曇らせる。


「先の自己紹介でも名乗ったが、妾は第二八皇女。それだけ数がいたら、如何に皇帝の血を引いているとはいえ、全てが丁寧に扱われるということはない。実際妾は皇族の証である『オーバード』の名を名乗ることを許されておらぬのじゃ。


 じゃから妾は、妾だけの価値を示さねばならぬ。そして価値を示すならば、一番手っ取り早いのがダンジョンじゃ! この<無限図書館ノブレス・ノーレッジ>で新たな知識の発見、貴重な魔導具の入手、強大な魔物の討伐などの手柄を立てれば、それはまさしく妾の価値であろう? 故にこうして毎日頑張っておるのじゃ!」


「ほーん……一人でか?」


「まあ、な。妾とて最初は誰かとパーティを組みたかったのじゃが……妾の魔法には、少々欠点があっての」


「欠点?」


「うむ。妾の魔法は……前に飛ばぬのじゃ」


 そっと顔を俯かせながら、ローズが辛そうな声で言う。それに合わせて思い出されるのは、当然ながら俺達がローズと出会ったあの場面だ。


「前に飛ばない? ってことは、あの自爆はたまたま失敗したとかじゃなくて、いつもってことか?」


「そうなのじゃ。どうも妾の魔力は、常人に比べると格段に濃い・・らしくての。どう表現すればよいか……そうじゃの、普通の魔力が水のようにサラサラと流れているとすると、妾の魔力はドロドロというかネチョネチョというか、濃く固まっていて妾から離れづらいのじゃ」


「ネチョネチョの魔力……」


 俺の脳裏に、全身がネッチョリ粘液塗れになったローズの姿が浮かんでくる。するとゴレミが突然俺の右すねに軽く蹴りを入れてきた。


「いった!? 何だよ急に!?」


「マスターがいやらしいことを考えているからデス! いくら妄想とはいえ、マスターが弄んでいいのはゴレミだけデスよ?」


「弄ばねーよ! てかいやらしくもねーよ! どっちかって言うときたねー感じだったし……イタッ!?」


「誰が汚いじゃ! この無礼者!」


 次いでローズの蹴りが俺の左すねに直撃する。あまりの理不尽に俺の中でオーガが目覚めかけたが……


「……とにかくそういうわけじゃから、妾が普通に攻撃魔法を使うと、自爆のようになってしまうのじゃ。自分の魔法じゃから妾自身は平気なんじゃが、同行する者はそうはいかぬ。となればそんな者と仲間になりたいなどと思う者がいるはずもなかろう?」


「……………………」


 寂しげな顔でそう言うローズに、俺の中の怒りが一瞬で消えてなくなる。俺の場合は<歯車>という謎スキルを得てしまったからだが、誰も自分を受け入れてくれないという孤独を味わったのは同じだ。


「じゃが、その程度で挫けていては、陛下に認めてもらうなど夢のまた夢じゃ! たとえ護衛の一人もつかぬ捨て置かれた皇女であろうとも、妾は必ず成果をあげてみせるのじゃ!」


「そっか……ローズはスゲーなぁ」


「な、何じゃ突然!? 気持ち悪いのぅ」


「そう言うなって。本当にそう思ってんだからさ」


 ローズの言葉がどこまで本当かはわからねーが、それでもこんな小さな体で、誰かに認めてもらうためにたった一人で頑張っているという事実は変わらない。それは年齢も性別の境遇も関係なく、純粋に尊敬できることだ。


 俺が近寄ってそっとローズの頭を撫でると、怪訝な目で俺を見つめたローズがペイッと俺の手を払う。チラリと見えた横顔がちょっとだけ照れくさそうに笑って見えたが、それを指摘するのは大人げないだろう。


「ふ、ふんっ! そういうお主達は、どうしてダンジョンに潜っておるのじゃ? 金か? それとも名誉か?」


「ははは、そうだな。田舎に生まれて英雄に憧れて、ダンジョンを踏破すれば自分もそうなれるんじゃねーかなって、まあそのくらいの軽い理由だよ」


「ゴレミがダンジョンに潜るのは、マスターがそうしたいと言っているからデスね。マスターとずっと一緒に在ることがゴレミのただ一つの願いで、存在意義なのっデス」


「おぉぅ、ゴレミは割と重い女じゃのぅ」


「ゴーレムだしな」


「あーっ!? マスター、それはゴレミが! ゴレミが突っ込むところデス!?」


「ふっふっふ、今回はちょいと間に合わなかったようだな、ゴレミ君」


「むきーっ! いいデスいいデス! 確かにゴレミに突っ込んでいいのは、マスターだけデスからね」


「……何か含みのある言い方な気がしたけど、そこはもう突っ込まねーからな」


「うがー! マスターのイケズ!」


「お主達は本当に仲がいいのぅ……では妾の方も聞いてもいいか?」


「ん? 何だ?」


 問い返され、今度は俺が首を傾げる。するとローズが不思議そうな顔で俺とゴレミの両方を見てくる。


「虚弱な体を押してなお、クルトと共に一緒に冒険をしたいと<人形遣い>のスキルを使ってゴレミがここにいるのはわかったが、何故名前まで変えておるのじゃ?」


「へ?」


「いやだって、そうであろう? まさか本名がゴレミではあるまいに……名を隠さねばならぬような、高貴な家の出なのか?」


「いや、それは…………」


「ゴレミというのは、マスターがつけてくれた名前なんデス」


 今まで誰にも聞かれなかった……だが考えてみれば確かにそうと言える質問に、俺は答えに窮してしまった。だがそんな俺とは裏腹に、ゴレミは迷うことなくその答えを口にする。


「確かにワタシには、他の名前もあるのデス。でもマスターがつけてくれたゴレミという名前は、ワタシにとってそれよりずっと大切な宝物なのデス。


 だからゴレミはゴレミなのデス。誰かにゴレミと呼ばれる度に、マスターの愛を感じて頭がフットーしちゃいそうになるくらい幸せなのデス!」


「そうか。のうクルト、お主本当に愛されておるのぅ」


「……らしいな」


 ニヤニヤと笑うローズに対し、俺は苦笑しながらそう答える。果たしてゴレミが俺に抱く想いが本当の意味でどういうものなのかは、俺には決して知ることはできない。


 だが、そんなことを気にしたって意味はない。人間だろうがゴーレムだろうが、他人の気持ちなんてわからなくて当然なのだ。ならばそれを気にして生きるより、俺はその気持ちを受け止めて生きたい。


 ああ、そうとも。俺はただ、俺らしく生きるだけ。こっちを見て微笑むゴレミに、俺はむず痒いような思いを抱きつつも、胸を張って一歩を踏みしめていった。

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