次の町までひとっ跳び
「おぉぉぉぉ……これが
「でっかい魚の口みたいデス!」
約束の五日目。探索者ギルドを訪れた俺達は、リエラさんに貰ったチケットを使い、関係者以外立ち入り禁止の通路の奥へと入ることができた。そうして辿り着いた先にあったのは、直径二〇メートルほどの丸く平らな台座の四隅に内向きに沿った牙のような石柱の立つ、何とも不思議な装置だった。
「お、何だ坊主。
その光景にしばし見入っていると、ふと俺に声をかけてくる人がいる。見ればそこには三〇代くらいと思われるガッチリした体格の男が、肩にでかい木箱を担いでいた。
「あ、はい。門って言うから、もっとこう……扉みたいなのを想像してたんですけど」
「あっはっは! ありがちな勘違いだな。そっちの方が便利だとは思うが、実際には無理らしいぜ?」
「え、何でですか?」
首を傾げる俺に、男が機嫌良く教えてくれる。
「門ってことは、誰かが通ってる間、ずーっと空間を繋げ続けるってことだろ? つまり魔力を消費し続けるってことだ。んなこと山ほどの魔石を用意したってあっという間に枯渇しちまうよ」
「なるほど……それは確かに」
「じゃあこれはどうやって遠くに移動するデス?」
「移動っていうか、正確には空間を入れ替えるんだよ。ほら、あの反り返ってる柱の頂点に、紫色のでかい石があるだろ? あそこにはそれぞれの
それなら起動した瞬間しか魔力を消費しないし、魔力波形を調整することで都度任意の
「よくわかったデス! ガッテンボタンを連打しちゃうデス!」
「またお前は訳のわからんことを……って、俺達のこと知ってるんですか!?」
驚く俺に、男がニヤリと笑みを浮かべる。
「まあな。リエラの嬢ちゃんから話は聞いてるよ。じゃなかったら不審者としてとっくに捕まえてるって。ああ、俺は今回の物資輸送の担当者で、モッテンだ。よろしくな、クルト君、ゴレミちゃん」
「モッテンさんですか。初めまして、クルトです。端っこの方にお邪魔させていただきます」
「ゴレミはゴレミデス! よろしくデス!」
「おう! じゃ、俺はまだ荷物を運ばないとだから、二人は邪魔にならない位置で待機しといてくれ。準備が終わったら声をかけるから」
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
俺がぺこりと一礼すると、モッテンさんは荷物運びに戻っていった。待っているだけは手持ち無沙汰なので何なら俺も手伝いたいところなのだが、
「ふーっ……いよいよこの町ともお別れか。つってもまだ半年しか暮らしてねーけど」
「マスター、思い出は長さではなく濃さなのデス! ゴレミとマスターの思い出は、脂ぎったおデブな中年男性の血液よりドロドロの特濃なのデス!」
「嫌な濃さだな……まあでも、そうだな」
相変わらずのゴレミ節に苦笑しながら、俺は今日までの事を振り返る。確かにこの半年は、俺に取ってそれ以前の人生全てよりも濃かった気がする。
憧れの探索者になれたと思ったら、変なところで躓いて<歯車>なんて訳のわからんスキルを貰ってしまった。かと思えば生涯で一つも見つけられないことだってある限定通路をあっさり発見し、その奥でお喋りな相棒と出会う。
変な奴に目をつけられて返り討ちにしたら、その因果で格上の相手に襲われた。せっかく手に入れた魔剣も相棒も全部なくしたと思ったら……気づけば何もかもが俺の元に戻ってきている。一体どんないかさまをしたのかと、自分で自分に問いたいくらいだ。
「色々あったけど、楽しかったな」
「マスター、それだとこれで終わるみたいな感じデスよ? ちょっと出かけてまた帰ってくるんデスから、過去形はよくないのデス!」
「そうか……? フッ、そうだな。俺達の冒険はまだまだこれからだぜ」
「ウギャー! 何デスかその打ち切り感抜群の台詞は!? 駄目デス、今すぐ撤回して欲しいデス!」
「何だよ打ち切りって……ならあれか? 明日からの展望とかを語ればいいのか?」
「それこそ駄目なのデス! ダイジェストはDIEジェストと同じなのデス! もうちっとだけ続くのデス!」
「意味がわからん……」
いつにも増して喧しいゴレミをそのままに、俺はボーッと作業風景を眺める。そうして小一時間ほど待機していると、台座のうえに山と積まれた荷物の確認を終えたモッテンさんが、俺達を呼びに来てくれた。
「おーい、二人共! そろそろ
「わかりました! ほら、行くぞゴレミ」
「了解デス!」
俺達はモッテンさんの後に続き、台座の上にあがる。磨かれた石製の台座にはよく見るとキラキラと光る線のようなものが入っており、これが魔導具なのだということを物語ってくる。
「うわぁ、スゲー……」
「俺の側から離れるなよ? 特に台座の外枠にある黒い線から出るのは絶対にやめてくれ。安全装置があるから転移事故で体が真っ二つ……なんてことはないはずだが、無駄に消費した魔石の損害賠償がとんでもないことになるから」
「ひえっ!? 絶対近づかないです! ゴレミもいいな?」
「それはフリデスか?」
「なわけねーだろ! 絶対やめろよ!?」
「わかってるデス。借金まみれの極貧生活で弱っているマスターを甲斐甲斐しく支えるプレイは、次の機会に取っておくデス!」
「んなもん今すぐ投げ捨てろ!」
こんな巨大な魔導具の起動に必要な魔石の損害賠償なんて、一生かかっても返せる気がしない。無意味とはわかりつつもゴレミの首に腕を巻き付けて締め上げてみると、不意にモッテンさんが俺に問いかけてくる。
「……そう言えば、転移しちゃったらゴレミちゃんはどうやって動かすんだ? いくら限定通路から出たゴーレムとはいえ、流石に国を二つも跨いだら遠隔操作は無理だろ? っていうか、本物のゴレミちゃんはどうするんだ?」
「えっ!? あー、それは……」
「フフフ、ゴレミは儚くも美しいミステリアスなスーパーお嬢様なので、秘密の手段で移動する手はずが整っているのデス! でも詳細は秘密デス! トップアイドルのスケジュールは非公開なのデス!」
「? そうなのか。まあそりゃ考えてるよな」
ゴレミの適当な語りに、モッテンさんは軽く首を傾げてから納得してくれた。おそらくは俺達がここにいる……便乗とはいえ
無論、実際には俺達は単にリエラさんからチケットをもらっただけだし、ゴレミには中の人などいないわけだが、そんなことをあえて説明する必要もない。そうして誰もが口を閉じると、台座の縁から紫色の膜が立ち上がり、半球状に広がって場を包み込んだ。
「転移開始一〇秒前!」
響く声に合わせるように、俺の手に固い感触が触れる。その手を握り返しながら横を向くと、ゴレミの石の顔が柔らかく微笑む。
「次の町に行っても、ゴレミはずーっとマスターと一緒デスよ」
「おう。頼りにしてるぜ、相棒」
「三……二……一……転移!」
バシュン!
一人じゃ挫けそうなことも、二人なら乗り越えられた。ならこれから先に何があっても、俺達なら大丈夫。そんな根拠のない自信に思わず笑みをこぼしつつ、俺達の新たな冒険は、こうして終わりと共に始まるのだった。
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