第二章 歯車男と火炎姫

色々な手続き

「……転移確認! 繰り返す、転移確認!」


「……………………」


 一瞬の酩酊感の後、俺の前に広がっていた光景が入れ替わる。と言っても建物の作りそのものには大した違いはなく、転移門リフトポータルの外側にいた人の顔や並びが一新されたという感じだ。


 なので、驚きはそこまででもない……というか、それほど強烈に「転移した!」という実感は湧かない。ただそれでも台座を囲う紫の膜が上部から溶けるように消え、それに合わせて周囲の人達が荷物を運び始めたのを見れば、ここはもう魔導帝国オーバードにあるテクタスの町なのだろう。


「何か、思ったより普通……って、うおっ!?」


 と、そこで俺の右手に不意に大きな力が掛かる。俺は慌てて踏ん張ったのだが、石の体の重さは到底支えきれず、表情の消えたゴレミがそのまま床に倒れ込んだ。


「お、おいゴレミ!? どうした!?」


「おいおい、どうしたんだ!?」


 倒れ込んだゴレミの体を揺するも、返事がない。それを心配してモッテンさんも声をかけてくれたが、俺はそれに答える余裕すらなく、ひたすらゴレミに声をかけ続ける。


「ゴレミ! 返事してくれ、ゴレミ!」


「う、ううん…………」


「ゴレミ!?」


「あー……マスター? あ、はい。平気なのデス。転移なんて初めてだったので、ゴーレムとの接続が一瞬切れちゃっただけなのデス。モッテンも、心配してくれてありがとうデス。でももう大丈夫なのデス」


「そ、そうか……」


「ふぅ、びっくりしたぜ……じゃ、俺は荷物を運ばないとだから、またな」


「はいデス!」


「あ、ありがとうございました」


 手を上げて仕事に戻るモッテンを見送ると、俺はゴレミを連れて転移門リフトポータルから離れ、壁際の方に移動する。それから改めてゴレミを見ると、声を潜めて話しかけた。


「で? 本当のところはどうだったんだ? てか、本当に大丈夫なのか? 今更変な隠し事とかはなしだぜ?」


「フフフ、本当に大丈夫デスよ。本来のゴレミは大ダンジョンのダンジョンコアに情報をアップロードする仕様なのデスが、前も言ったようにゴレミの中身が体とちぐはぐになっちゃったので、自動的に接続しようとしたところで弾かれて、一瞬処理能力を持って行かれちゃったのデス。


 接続をしない設定にするのはゴレミ側では無理デスが、一度弾かれれば同じダンジョンでの再認証はこちらから要求しない限り起こらないので……そうデスね、新しい大ダンジョンに近づくと、最初の一回、少しだけ意識を失うと覚えておいてくれればいいデス」


「そ、そうか……繰り返すけど、本当に平気なんだな?」


「バッチリバチの助デス! あ、でも……」


「何だよ?」


 語尾を濁すゴレミに、俺は心配して声をかける。するとゴレミはニヤリと笑ってからその言葉を続ける。


「ゴレミにえっちなことをするなら、最大であと五回あるその時がチャンスデスよ?」


「しねーよ!」


 その糞ほどどうでもいい内容に、俺はゴレミの頭をベチッとひっぱたく。そして当然のように俺の手だけが猛烈に痛い。


「くそっ、毎度毎度俺ばっかり……あれか? 金属製のヤスリでも常備しとけばいいのか?」


「ちょっ!? それは駄目デス! ゴーレム虐待デス! ゴレミの玉のお肌をゴリゴリ削るなんて、人類の損失デス!」


「主語でけーなオイ! ならアホな言動をもっと自重しろってんだ。ったく……ほら、行くぞ」


「はーいデス!」


 一ミリも反省しているそぶりのないゴレミを引き連れ、俺は転移門リフトポータルのあった部屋を出ると、そのまま通路を進んでいく。初めての場所ではあるが壁の要所に案内板があるので迷うことなくホールまで辿り着くと、そこから更に歩いて受付の方へと向かう。


「こんにちはー! 別の町から来たんで、登録お願いしたいんです……け、ど? え、リエラさん!?」


 そこにいたのは、リエラさんにそっくりの女性だった。だが思わずそう口走ってしまった俺に、受付のお姉さんが怪訝な目を向けてくる。


「私は探索者ギルドテクタス支部の受付嬢で、ノエラです。リエラなどという名前ではありませんが?」


「あ、はい。そうですよね……すみません」


 言われてよく見れば、確かに違う。顔立ちとか雰囲気……気配? そういうのはそっくりなんだが、リエラさんは栗色のふんわりした髪だったのに対し、ノエラさんは空のような青髪のショートヘアだ。それに何より――


「ウギャー! クール系メガネ美女デス! ゴレミとキャラが被ってるデス!」


「被ってねーよ! お前と同じところなんて、精々胸……はっ!?」


 凍えるようなノエラさんの視線に、俺は思わず身を仰け反らせる。もしも「平たい」とか「小さい」とか「ぺったんこ」なんて言葉を口に出したなら、今頃俺の心臓は凍り付いてしまっていたことだろう。


「……非情に不愉快な視線を感じましたが、見逃しましょう。私は賢いので、その程度のことに気を取られたりはしないのです。


 それより、貴方達はクルトさんとゴレミさんですね?」


「えっ、俺達のこと知ってるんですか?」


 軽く驚く俺に、ノエラさんが少しだけ得意げな笑みを浮かべる。


「勿論知っています。何せ私は賢いですから」


「そ、そうっすか……えっと、ちなみにどんな感じに知ってるんでしょうか?」


 俺の問いに、ノエラさんがメガネをくいっと持ち上げながら言う。


「クルトさんが半年ほど前に探索者登録をした初心者であることも、つい先ほどまでエーレンティアにいて、転移門リフトポータルでこちらに移動してきたことも……そしてゴレミさんがスキルで動いてはいない・・・ことも、ちゃんと知っております。賢いですから」


「おぉぉ……」


「ゴレミとマスターの個人情報が完全に把握されているデス!」


「ふふふ、安心してください。ギルドの職員として、知り得た情報を外部に漏らすことはありません。そしてその対策として……こちらをどうぞ」


 そう言うと、ノエラさんはカウンターの上に小さな丸いバッジを置く。白い下地に水色で波のようなものが描かれた、五センチほどの大きさのものだ。


「このテクタスでは、町の至る所に魔波塔というものが立っており、それを経由することで様々な魔導具が遠隔で操作されています。例えばそこに走っている掃除用の魔導具などですね」


「あー、あれ掃除してるんですね」


 ノエラさんの視線の先にあったのは、器用に人をよけながら足下をちょこちょこと走り回る、丸くて平べったい何かだ。一体何なのかと思っていたのだが……こうして見ると、確かに落ちているゴミを吸い込んだり、床の汚れを拭き取ったりしているのがわかる。


「この町では大量の魔導具が常時稼働している関係上、魔力波が混線しやすく、<人形遣い>のような遠隔操作系のスキルはそのままでは発動、維持がとても困難なのです。


 なので使用料を払うことで魔波塔の帯域を使用する許可を取り、それを利用してスキルを使うのが一般的です。そちらのバッジはその使用許可を得ているという証なので、ゴレミさんの服の目立つ場所に常に装着するようにしてください。そうすればゴレミさんが独立して動いていても、不審に思われることはおそらくないでしょう」


「へー、そうなんですね。ありがとうございます。ほらゴレミ、お前もちゃんとお礼を言えよ」


「ありがとうですノエラ! ではマスター、さっそくつけて欲しいデス!」


「うん? 自分でつけりゃいいだろうに」


「ぶー! マスターは乙女心がこれっぽっちもわかってないのデス! こういうのは愛しのマイダーリンにつけてもらうのがステータスなのデス! ほらほらここに! ゴレミのハートにダイレクトアタックなのデス!」


「何だよそれ……じゃあ、ここで」


 くいくいと偽メイド服の胸元を引っ張るゴレミを無視し、俺は腰の辺りにバッジをつけてやる。するとゴレミはご機嫌な様子でスカートを翻しながら、その場でクルリと一回転してみせた。


「フフフー、マスターの愛を受信中デス! ゴレミの感度は三〇〇〇倍デスよ!」


「三〇〇〇倍は死ぬんじゃねーか?」


 昨夜俺がジャッカルに使った「感度上昇」は、二ヶ月近く魔力を込め続けたうえに股間限定という厳しい制約まで課して、やっと三倍くらいだ。今頃は剥き……ゲフン、生まれたてのベイビーのような感覚を堪能してくれていると思うが、それが三〇〇〇倍までいったら、風が吹いただけでも悶絶して死ぬと思う。


「特殊な訓練を積んでいる対魔物ゴーレムなので問題ないのデス!」


「へぇへぇ、そりゃ凄いっすね」


 子供のようにはしゃぐゴレミに、俺はとりあえず苦笑しながら話を合わせておいた。

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