閑話:狼の末路
今回は三人称です。
――――――――
「ジャッカルさん。何かジャッカルさんにお客が来てますよ?」
「アァン?」
とある日の夜。いつものように
だがそうしてやってきた店の入り口に立っていたのは、これといって特徴のない、それこそ自分の取り巻きと大差のない年齢の男だった。
「あ、ジャッカルさん! お久しぶりです!」
「久しぶり? 誰だテメェ」
親しげに自分に声をかけてくる男に、ジャッカルは訝しげな目を向ける。すると男は少しだけ驚いた顔をしてから、小さく笑って言葉を続けた。
「えー、忘れちゃったんですか? ならこれなら思い出してもらえますかね? おい、ゴレミ」
「はーいデス!」
「なっ!?」
物陰から現れたゴーレムの姿に、ジャッカルは思わず声をあげてしまう。冴えない探索者なんて数え切れないほど見てきたが、ほんの数ヶ月前に自分の手で壊したゴーレムとなれば話は別だ。
「お、お前……っ!?」
「漸く思い出してくれましたか? そうです、三ヶ月ほど前にお世話になったクルトです」
「ゴレミデス! ミナミハルオはいないのデス!」
「え、誰だよそいつ?」
「……さあ?」
「さあってお前……」
いきなり現れて訳のわからないことを言い出した二人に、ジャッカルは内心で焦る。
あの
そしてそこまでわかったところで、ジャッカルはそれ以上クルト達を調べるのを辞めた。血縁にしろ後援にしろ、クルト達が金持ちと繋がっているのは明白。ならば自分が調べていることを相手側に知られることで、背負うリスクを自分で追加するようなことをするつもりはなかったからだ。
つまり、ジャッカルとしては余程のことがなければ、もうクルト達と関わるつもりはなかった。だというのに向こうから訪ねてきたという事実に、ジャッカルは身構える。
「……それで? 俺に一体何の用だよ?」
「ははは、そんなに警戒しないでくださいよ。ジャッカルさんには感謝してるんです」
「か、感謝!?」
「ええ、そうです。俺の親……じゃない、えーっと……あれです。いい感じに面倒を見てくれてる人に相談したら、『お前はもっと長いものに巻かれることを勉強しろ!』って怒られちゃいまして。そう考えると、確かに調子に乗ってたかなって……そういうところを指摘して反省する機会をもらえたのは、ありがたいですから」
「そ、そうか。まあわかりゃあいいんだけどよ……」
特に含みも感じられない様子でそう告げられ、ジャッカルは何とも落ち着かない気持ちになる。厄介事は御免とはいえ、わざわざここまできて正面から復讐を挑まれるなら、相応の対処をするつもりだった。しつけの段階で復讐が来ないなら、大義名分が立つ状況でもう一度ぶちのめす程度なら大丈夫だろうという判断からだ。
だというのに、まさかの感謝。内心で振り上げていた拳は下ろしどころを見失い、かといってここで八つ当たりなんてしたらいいことなんて何もない。行き場のない気持ちがモヤモヤと腹に溜まり、ジャッカルは自分でも気づかないうちに引きつった笑みを浮かべていた。
勿論そんなジャッカルの様子に、クルト達は気づいていた。だがこれこそが「復讐」であるが故に、二人は気にせず会話を続ける。
「ワタシも凄く凄いアレな感じのソレに、色々と大変な目に遭わされたのデス! でもまあ、お気に入りの麗しボディをもう一度手に入れることができたので、結果オーライなのデス!」
「へ、へぇ……そいつぁよかったな」
(手に入れたって、あんなゴーレム、この町には売ってなかっただろ……!?)
ジャッカルの笑顔が、更に強烈に引きつっていく。取り巻き達の話を漏れ聞いた限り、自分が壊したはずのゴーレムはたった三日で復帰したという。操っている
しかも、ゴレミと同じゴーレムがこの町で売られていないことを、ジャッカルはその目で確認している。であれば急遽同じ物を作らせたということで……たった三日でゴーレムを作らせるなど、どれほどの金を積めばできるのか、ジャッカルには想像も出来なかった。
「あー、じゃあ、アレだ。お前の方の魔剣は、残念だった――」
「あ、それも平気ですよ。ほら」
言って、クルトが無造作に腰の剣を引き抜く。それに一瞬緊張するジャッカルだったが、クルトは気にせず剣に力を込め……その刃があの日のように展開する。
「は、はぁ!?」
「こっちもちゃんと、同じのを作ってもらったんで」
「あ、あ…………そ、そうか。そいつぁ……よかったな…………うん、よかった」
(ふっざけんな! ゴーレムに続いて、魔剣まで作ってもらっただと!?)
高価なゴーレムの素体に続き、オーダーメイドと思われる魔剣まで新たに作り直されていた。その事実にもはやジャッカルの顔は引きつった状態で固まっており、酒場に入ろうとやってきた取り巻き達は、そんなジャッカルを見て引き返していくくらいだ。
(ヤバいヤバいヤバいヤバい。俺の想定の一〇倍以上の金持ちのガキだ。どうする? 普通なら懐柔一択だが、今から取り繕えるか? 感謝するとか間抜けなこと言ってやがるし、いけるのか!?)
弱者には強いが強者には弱い。自分より長いものに巻かれることで自身もまた弱者を巻く側に立っているジャッカルは、不用意に手を出してしまった長すぎる相手……実在しないその幻影を妄想し、勝手に窮地に追い込まれる。
するとそんなジャッカルに、クルトがモジモジと身をよじりながら声をかける。
「それでその……ジャッカルさん! 実は俺達、これからちょっと遠出するところなんですけど……握手してもらえませんか?」
「握手?」
「はい! 俺もいつかジャッカルさんみたいなでかい男になりたいんです! なんでまあ、最後に握手したいなって……ご迷惑でしたかね?」
「!? いやいや、んなこたぁねぇぜ! 握手な! いいぜ、そんなのいくらでもしてやる!」
おずおずと伸ばされる手を、ジャッカルは満面の笑みを浮かべて掴む。その瞬間股間の辺りにわずかな違和感を感じたが、そんなことを気にする余裕はジャッカルにはない。
そのままブンブンと勢いよく手を振ってやると、満足したクルト達は手を振りながら帰って行った。その背を見送り、ジャッカルは大きく息を吐く。
「はぁぁ……何とか乗り切った…………のか?」
「ねぇ、ジャッカルぅ? 話は終わった? なら早くこっちに来て、一緒に飲みましょうよぉ!」
「お、おぅ、終わったぜ! へへへ、待ってろって。すぐ可愛がってやるから」
「あーん、ジャッカルったらぁ!」
そんな自分を呼びに来た女の尻を揉みつつ、ジャッカルは店の一番奥の席まで戻る。
ジャッカルは知らない。クルトが相性が悪いのを承知で三ヶ月かけて磨き上げたスキルが、己の体に付与されていることを。
それは筋力の増加などというまっとうな効果には至らなかったが、それでも時間をかけてたっぷり魔力を込めることで、魔力を溜めたのと同じくらいの期間、極めて狭い範囲の感度を強化……鋭敏化するくらいのことはできるようになっていたことを。
「おうっ!?」
「あら? 今日のジャッカルったら、随分敏感なのね?」
股間をそっとひと撫でされただけで、まるで何も知らなかった子供の頃のようにジャッカルがビクッとその体を震わせる。彼がごく一部の界隈で「早漏の狼」という新たな二つ名を与えられるのは、それからまもなくの事であった。
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