新しい道

「あの、ゴレミさん? それひょっとして、勘違いとかって可能性はないですかね? 実は一割だったとか……?」


 シュッシュッと虚空にパンチを繰り出し続けるゴレミに、俺は恐る恐るそう問いかける。スキルが発動したというのは喜ばしいことだが、増幅率一パーセントは流石にない。だがそんな俺の願いも虚しく、ゴレミがニッコリと笑って答える。


「いえ、間違いなく一パーセントデス! 人間なら『気のせいかな?』で流しちゃう微妙な差異でも、ゴレミのセンシティブな体なら余裕で感じられるのデス!」


「あ、そうなんだ。いやでも、一パーセントって……俺が自分に発動させたときは、もっとずっと強化されてたと思うぞ?」


「超パワーアップしてジャッカルに一発かまそうと思ったのに、あっさり返り討ちに遭ったときの話デス?」


「言い方ぁ! 確かにそうだけども!」


「なら、むしろそれが原因でこうなったんじゃないデス?」


「? どういうことだ?」


 意味がわからず困惑する俺に、ゴレミが軽く頷いてから言葉を続ける。


「これもゴレミの私見デスけど、マスターの話によると、寿命を犠牲にするくらいの勢いで力を使ったんデスよね? 実際にそれが実行できていたかは別として、マスターの身体能力は確かに強化されたっぽいデス。


 でも、マスターの体は強化に耐えきれず、自分の力で怪我しまくったんデスよね? だから過剰にパワーアップしないように、マスター自身が無意識のうちにスキルに制限をかけている可能性もあると思ったのデス。


 ああ、勿論大前提としてマスターの<歯車>スキルには、こっち方面の成長の相性が悪いというのはあると思うデスけど」


「無意識に制限…………」


 ゴレミの解説に、俺はその言葉を意識のなかで転がしながら考える。


 確かにあの時、俺は猛烈に強くなったものの、一歩踏み出すだけで足が折れ、腕を振りかぶるだけで肩が外れていた。その効果は起死回生の一手ではなく、死なば諸共の自爆技に近い。


 あの時の俺の心情としてはそれでもいいと思っていたのだが、今の俺がそんな技を使いたいかと言われたら、答えはノーだ。相棒ゴレミが無事に戻ってきて、借金返済の目処も立ち、今の俺には未来の希望がある。だからこそ命も体も犠牲にするような強化を無意識に避けているというのは、これもまた説得力のある意見だ。


「てことは、これ無理に成長させねー方がいいのか?」


「完全に可能性を捨ててしまうのは勿体ないデスけど、せっかく使えるようになったからって理由で相性の悪いスキルに拘るのは、時間を費やすという意味でそっちの方が勿体ないデス。


 マスターや<歯車>のスキルには他にも沢山の可能性があって、そのなかにはマスターにピッタリのものもきっとあるはずデスからね!」


「ふーむ、そうだな。ならまあ、これはもういいか」


 自分でも驚くほどあっさりと、俺は自らに目覚めた新たな可能性を放り投げた。いつか拾って使うことはあるかも知れねーが、少なくとも躍起になってコイツを伸ばそうという気持ちは、もう俺の中にはない。


 そしてその瞬間、俺の頭に残っていた最後のもやがパッと晴れた気がした。強くならねばという焦りや拘りが消えたことで、ほんの少し残っていた息苦しい感じが綺麗になくなる。


「ふぅ……ゴレミ、お前スゲーなぁ」


「ふぇっ!? マスターが突然デレたデス!? これは今夜辺りから一緒のベッドで組んずほぐれつ……」


「いや、お前今でも毎晩俺のベッドに潜り込んでるだろーが……ま、それはそれとして、だ。このスキルを伸ばさねーとなると、今後の戦力アップはどうすっかな」


 今回の悩みの主題は、第五層に降りるために足りないものをどうにかしようというものだった。俺自身が強くなる目処がなくなってしまった以上、それを他から補填しなければならない。


「順当なのはパーティメンバーを増やすことなんだが……それが駄目だってのは、もう散々思い知らされてることだしなぁ」


 俺自身のスキルの微妙さに加え、今はジャッカルの取り巻きである「草原の狼」と揉めたって噂のせいで、俺達の仲間になってくれるような奇特な新人はいない。


 正確には全くいないってわけじゃねーんだが、幾ら困ってるからといって、俺だって無条件に誰でも受け入れるというわけにはいかない。ゴレミの秘密の問題もあるので、「選ばれない立場にある俺」が「仲間にしてもいいか選ぶ」という傲慢にも程がある態度を崩せないため、どうしても難しいのだ。


「ねえねえマスター。ふと思ったのデスけど、仲間はどうしてもこの町で探さないと駄目なのデス?」


「ん?」


 と、その時ゴレミがそんなことを言い出して、俺は軽く天井を見上げながら考える。


「別にそんなことはねーけど、ここより人のいる町なんて、国内にはねーぞ?」


 世界に七つしかない大ダンジョンがあるだけあって、このエーレンティアの町はエシュトラス王国のなかでも一番でかい。大量の貴族が住んでるから豪華さという意味では王都の方が凄いが、単純な人口で言えばこっちの方が多いくらいだしな。


 なのでこの周辺で探索者を目指す奴は、まず間違いなくこの町にやってくる。小ダンジョンのある地方都市まで移動すれば人が集まっている場所もあるだろうが、それでもここに比べれば人数は雲泥の差だろう。


「なら、他の国はどうデス? 他の国の大ダンジョンのある町なら、ここと同じくらいに……そしてこことは違う感じの人が沢山いるんじゃないデスか?」


「他の国の大ダンジョン……!?」


 ゴレミの言葉に、俺は軽い衝撃を受ける。<底なし穴アンダーアビス>だって潜り始めたばかりなのに、他の大ダンジョンに移動するなんて考えたこともなかったからだ。


 確かに鍛冶で有名なメタラジカ王国なら、俺の<歯車>のスキルを欲しがる奴もいるかも知れない。ただ大ダンジョン<火吹き山マウントマキア>は<底なし穴アンダーアビス>と比べると大分難易度が高く、今の俺じゃ入ってもすぐに死ぬだけだ。となると……


「現実的に俺達が行って活動できそうなのは、魔導帝国オーバードのテクタスの町にある大ダンジョン、<無限図書館ノブレス・ノーレッジ>くらいか? あそこは魔法系のスキル持ちが前衛二人を加えて探索するのがデフォだから、俺達二人が仲間を探すなら最適っちゃ最適だけど……」


「何か問題があるデス?」


「行くことそのものには問題ねーけど、行けるかどうかは大問題だな。オーバードはここからだと国を二つ挟んでるから、乗合馬車で移動だと三ヶ月はかかる。高速馬車なら二週間で行けるけど、あれはくっそ高いからな」


 何処の国でも大ダンジョンは大量の人や物が常に行き交っているため、そこから伸びる街道は極めて立派なものが敷設されている。ダンジョン産の高価な魔導具などを運ぶこともあるため街道警備も万全で、途中途中にある宿場なんかも十分に用意されており、金さえあれば安全快適な旅は約束されているようなものだ。


 だがその分、当然ながら旅費は掛かる。たとえ歩いて行くにしたって、途中で飲み食いはするのだから完全に無料なんてことはないのだ。


「それに今は探索者ギルドに借金もしてるからなぁ。この状態で他の町に行くなんて言ったら、借金を踏み倒して逃げるって思われたりするんじゃねーか? 少なくとも借金を返し終わるまでは、この町から出るのは現実的じゃねーと思う」


「それはまあ、そうデスね。ならひとまずは借金返済を目指すとして、その後は仲間を探して旅に出るということでどうデス?」


「その辺が無難なとこか。細かいことはリエラさんにも相談してみるとして……あ」


「? どうしたデス?」


 ゴレミの顔を見て、ふと俺の頭によぎるものがあった。ああ、そうだ。一時的にとはいえこの町から出るというのなら、是非ともやっておきたいことが一つある。ふふふ、やられっぱなしで終わりってのは、俺の趣味じゃねーからな。


 とはいえ、今の俺にできることなんてたかが知れてる。明るい未来が見えているのに、くだらない復讐なんてのに拘って今度こそ何もかも失うなんてのは馬鹿のすることだ。


 ならどうするか? うーん……?


「……待て。一パーセントとはいえ、増幅自体はできるんだよな? ならもっと方向性を絞って、効果を限定してやれば……フフフ」


「うわ、何だかマスターが凄く悪い顔をしてるデス!?」


「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。ちょっと色んな目標が見えてきたってだけさ」


 俺はゴレミの頭をペシペシと叩きながら、短期的な人生設計を頭に思い描いてニヤリと笑った。

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