歯車の空
「うぅ、酷いデスマスター。そういう激しい責めが許されるのはベッドの上だけなのデスよ?」
「うるせーよ! ったく……で? 練習ってのは、具体的にはどうすりゃいいんだ?」
俺はアホな理由で痛めてしまった右手をプラプラと振りながらゴレミに問う。するとゴレミはプラプラしていた俺の手を取り、ニッコリと笑った。
「それは勿論、ゴレミに直接触れればいいのデス! さ、どうぞデス!」
「お、おぅ。そうか?」
両手を広げて受け入れ姿勢を取るゴレミに対し、俺はそのまま腕を伸ばし……だが触れる直前で止まってしまう。現実的には布で包まれた石でしかないのだが、メイド服の胸のところをダイレクトに触るというのは、何かこう、言いようのない罪悪感のようなものを覚える。
「どうしたデス? あ、ひょっとして照れちゃってるデス?」
「照れてねーよ! ほら、これでいいのか!」
「あんっ! マスターったら、ゴレミのハートを鷲づかみデス!」
「掴むような盛り上がりはねーっての。それで、どうすりゃいいんだ?」
「マスターが自分自身にやったのと同じ事を再現してみればいいんじゃないデスか? ゴレミの場合は体の中に本当に歯車が入ってるデスから、完全な概念歯車よりもずっと力を出しやすいと思うのデスけど……」
「ふむ……」
その説明には一定の説得力があったので、俺は改めてゴレミの中に歯車があるイメージを……そしてそこに自分の歯車を生みだして接続するイメージを浮かべてみる。が…………
「むむむ……」
「上手くいかないデスか?」
「そう、だな……正直、あんまり違いが実感できん」
確かにゴレミの中に歯車があったことは、この目で見たから知っている。だがそれが回っているイメージは、俺自身のなかに回っているはずの歯車のイメージと大差ないものしか浮かばない。
そんな俺の感想に、ゴレミが軽く首を捻る。
「うーん、何でデスかね? というか、同じになる方が不思議なのデスが……あっ」
「ん? 何か気づいたのか?」
小さな声をあげたゴレミに問うと、ゴレミは何となく恥ずかしそうな顔をする。
「いえ、その……マスターがゴレミを歯車で動く魔導具ではなく、人と同じようなモノだと認識してくれていたなら、それがイメージの邪魔になってるんじゃないかと思ったのデス」
「あー、そうか……」
その指摘は、実に的を射ていた。俺はゴレミがゴーレムだと理解しているが、同時にゴレミが魂を持つ一個の存在だとも認識している。つまり「歯車で動く魔導具」だから練習になるはずなのに、俺自身の意識が「ゴレミは人だ」となってしまっているから、自分自身に力を使うのと同じになってしまっているということだ。
「すまん。それはちょっとどうしようもねーや。でもまいったな、まさかそれが練習の邪魔になるとは……」
今更ゴレミをただの魔導具だと思い込むのは、どう考えても無理だ。俺はゴレミと一緒に考え込み……程なくしてゴレミがパッと表情を輝かせた。
「いいことを思いついたデス! マスター、ここでゴレミに魔力補給をするのデス!」
「魔力補給? へそに歯車を入れて回すやつか?」
「そうデス! ただしその時、いつもと違ってゴレミのお腹に手を触れたままでやるのデス! ほらほら、試しにやってみるのデス!」
「お、おぅ……」
その勢いに押され、俺はゴレミがまくり上げたスカートの下から頭を突っ込み、むわっとした空気に包まれたまま、メイド服越しに透ける光に照らされたゴレミのへそに顔を近づける。
「……なあ、これ絵的に平気か? この光景を人に見られたら、社会的に終わりそうなんだが?」
「周囲はゴレミが警戒してるから大丈夫デス! 安心のゴレミセキュリティーは、お得な一二ヶ月更新をお勧めするのデス!」
「何が得なのか意味がわからん……これでいいのか?」
いつもの戯言を適当に聞き流しつつ、俺はゴレミのへそを覆うように右手を重ね、その手のひらから生みだした歯車をピッタリと嵌める。するとスカート越しに俺を見下ろしているゴレミが、静かな声で語りかけてくる。
「では、ゴレミの体の中ではなく、その歯車に意識を集中するのデス。マスターの生みだした歯車が回り、それと噛み合った最初の歯車が回る……まずはその二つの動きを感じてください」
「わかった」
俺はゴレミを全面的に信頼して周囲への警戒を解き、自分の歯車の動きにだけ意識を向ける。俺がスキルで生みだしただけあって、ゴレミのへそにはまっている歯車の動きははっきりとわかり……だからこそそれに噛み合っている別の歯車の存在もまた、はっきりと認識できる。
「それができたら、次は二つ目。それができたら更に三つ目と、少しずつ遠くの歯車の動きを感じ取ってみるデス。大丈夫、マスターならできるデス。だって全ての歯車は、マスターの生みだした歯車と繋がっているデスから」
「……………………」
その声を聞きながら、俺は自分の認識を少しずつ遠くまで広げていく。俺の歯車が回り、それと噛み合った歯車が回り、更にそれと噛み合った歯車が回り……今までの「何もないところにぽつんと出現した歯車」のイメージと違い、確かにこれなら想像しやすい。ちょっといけそうな気がするぞ。
「歯車は繋がり、伝わる力デス。マスターがワタシの存在を自分と繋げ、世界に伝え続けてくれたから、ワタシは消えずに帰ってくることができたのデス。
自分一人ではただ空回るだけ。でも誰とでも噛み合い、何処にでも力を送れる。それこそがマスターの<歯車>のスキルの本質デス。
大きな力なんていらないのデス。覚悟なんて必要ないのデス。誰かを想い、誰かに想われ、誰かの助けを借り、誰かを助けたいと願う。
一つ一つは小さくても、全部纏めて大きな力に変える。あるいはとても大きな力を、沢山の誰かと分かち合う。
そのためには、無理矢理ではダメなのデス。回すべき力と意思を、ちゃんと噛み合わせなければいけないのデス。だからマスター、ゴレミを信じて、ゴレミに託してください。ゴレミの声を聞いて、ゴレミと一緒に歯車を回してください。
大丈夫。ゴレミとマスターならできるデス。二つで一つの比翼連理。互いの力で回し合うダブル歯車。繋がり伝え合うそれを……人は
まるで子守歌のように、俺の心に染み渡るように響いてきたゴレミの言葉が終わった瞬間。まるで霧が晴れ世界が生まれたかのように、俺の意識の中に空が広がった。
何処までも広く、何処までも高く。夢幻の世界で無限に連なり、輝きながら回る歯車の夜空。魂すら吸い込まれそうなその光景に俺が呆気にとられていると、夜空の主たるゴレミの幻が、そっと俺の手を掴んで引っ張る。
『さあ、マスター。ここデス。ここにマスターの<歯車>を繋げるのデス』
言われるままに、俺は右手をかざして歯車を生みだし、その場所にはめ込む。すると歯車は最初からそこにあったかのようにピッタリと噛み合い、まるではしゃぐ子供のようにクルクルと回り始める。その様子に幻のゴレミがニッコリと微笑み、俺の意識が急速に現実へと引き戻されていって……
「……はっ!?」
俺は慌ててゴレミのスカートから顔を出すと、その顔を見上げる。するとゴレミは慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、俺の頭を優しく撫でる。
「よくできました。流石はマスターデス!」
「……成功したのか?」
「はいデス! 見てるデスよ……えいっ!」
そう言って、ゴレミが何もない場所にパンチを放つ。その拳はなかなかの勢いだったが……別にいつもと変わらない?
「どうデスか? ゴレミパンチの威力が、一・〇一倍に増幅しているのデス! 驚異の一パーセントアップデス!」
「いや、一パーセントって……」
何だか凄く壮大なイメージを見た気がするのに、糞ほどショボいその増幅率に、俺は微妙な引きつり笑いを浮かべることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます