傷物の信頼

 この先何をするにしても、ネックになるのは借金。だからこそ俺達は、それからも毎日地道にダンジョンに潜り続け、第四層にて狩りを続けた。そしてその日もひと狩り終えて、俺達はダンジョンを出て受付カウンターへと足を運ぶ。するとリエラさんがいつもと変わらぬ笑顔で俺達を出迎えてくれた。


「おかえりなさい、クルトさん、ゴレミさん。今日もご無事で何よりです」


「ただいまです、リエラさん。これお願いします」


「おねがいするデス!」


「はい、お預かりします」


 俺達の差し出した魔石入りの袋を受け取り、リエラさんが中身をチェックしていく。そうして得られた収入から一定割合が返済額として天引きされるのだが……


「査定が終わりました。こちらが報酬額となります」


「あれ? 何かいつもより多くないですか?」


「フフフ、それはですね……おめでとうございます! クルトさんへの貸付金は、本日を以て完済となりました!」


「お、おぉぉ!?」


「おおー! おめでとうデス、マスター!」


 笑顔で告げるリエラさんの言葉に俺が驚いていると、隣のゴレミがパチパチ……というかガチガチという音を立てて拍手をしてくれる。そんな二人の態度に、俺の中でジワジワと「完済」の実感が広がっていく。


「完済……遂に……っ!」


「本当にお疲れ様でした。最初はどうなることかと思いましたけど、たった三ヶ月での完済は、十分に誇っていいことだと思いますよ」


「いやいや、そもそも借金をしたこと自体が誇れないですから」


「それはそうですけど、クルトさんの場合やむを得ない事情でしたし……それに借金をした方って、それを返済するためにちょっと無茶をしてまた怪我をしてしまい、その結果治療費で更に借金が膨らむ……という悪循環に陥る方が結構いるんですよ。


 なので毎日コツコツ頑張って短期間での完済というのは、本当に凄いんです。胸を張っていいと思いますよ。よく頑張りました! 偉い偉い!」


「ど、ども……へへへ…………」


 手放しで褒めてくれるリエラさんに、俺は口元をもにょもにょとさせながら変な笑みを浮かべる。ああ、やっぱりリエラさんは可愛いなぁ。年上のお姉さんなのに可愛くて巨乳とか、存在が反則だろ。


「うわぁ、マスターが気持ち悪いくらいデレた顔をしているデス。ほらほらマスター、ゴレミも沢山マスターを褒めてあげるデスよ? 頭を撫でるデス? それともゴレミのお尻を撫でるデス?」


「何でお前の尻なんだよ!?」


「マスター限定で、撫でると安産祈願の御利益があるデス!」


「俺限定の時点で意味ないじゃねーか……ハハ」


 ふざけた事を言いながら目の前で尻を振るゴレミに、俺は呆れた声でそう言いながらも笑みをこぼす。


 この三ヶ月の借金返済生活は、正直思ったよりもずっと辛くなかった。結局今の俺の戦闘力が伸びるようなスキルとかは目覚めなかったので最後まで第四層でゴブリンとムカデを狩っていただけだが、それでもゴレミとダベりながら仕事をし、終わればリエラさんに笑顔で迎えられ、高級とはほど遠いが温かい飯を食い、石の相棒に寄り添われながらベッドで寝る生活は、むしろ充実していたと言ってもいいくらいだ。


(もし…………)


 そこでふと、俺はリエラさんと雑談に興じているゴレミに目を向ける。


 もしあの日、ゴレミと再会できなかったなら、俺は今頃どうなっていただろうか? たった一人で第三層のゴブリンを狩り続け、なかなか減らない……場合に寄っては利子で増えていたかも知れない借金にじれて第四層に足を踏み入れ、リエラさんが懸念していたように大怪我をしたり、あるいは死んじまったりしていたんだろうか?


「……フッ」


「? どうしたデスか、マスター?」


「いや、何でもねーよ」


 小さく苦笑した俺に、ゴレミが振り向いて声をかけてくる。だが俺はそんなゴレミの頭をペシペシと叩きながらそう返した。


 ああそうさ。何でもない。そんな未来はこなかったのだから、気にしたって意味はないのだ。


 相棒はここに居る。そして俺は借金を返し終えて、晴れて自由の身となった。不幸な時に幸せな未来を妄想するのは慰めだろうが、幸せな時に不幸な未来を想像するなんて不毛の極みでしかないしな。


「あ、そうそう! 見事借金を返済してくれたクルトさんに、私からご褒美があります!」


 と、そんなことを考えていると、不意にリエラさんがパンと手を打ち鳴らして声をあげた。そのままごそごそとカウンター下をまさぐり、青く輝く紙切れを一枚取り出す。


「じゃじゃーん! 何と魔導帝国オーバードにあるテクタスの町に通じる、転移門リフトポータルの使用チケットです!」


「…………は!? はぁ!?」


 転移門リフトポータルとは、七大ダンジョンのある町にそれぞれ設置されている超距離移動用の魔導具だ。使うには特別な許可が必要で、その使用料も当然のように馬鹿高い。その存在は知っていても移動手段の選択肢に入れていなかったのは、俺みたいな一般人には完全に無縁のものだったからだ。


「ゴレミちゃんから聞きましたけど、クルトさん、テクタスの町で仲間を探したいんですよね? ならこれがあればばびゅーんとひとっ飛びですよ!」


「いや、いや、いや、そりゃそうですけど……え? マジで? これだって、とんでもない金額しますよね!?」


「そうですね。これ一枚で、ちょっとした家が建つくらいの値段がします」


「ぶふぉっ!?」


 馬鹿高いとは知っていたが、どうやら俺の予想より更に馬鹿高いらしい。家!? 家って何だよ!?


「マスター? 家というのはゴレミとマスターの愛の巣のことデスよ?」


「わかってるよ! いやわかってねーよ! 何だよ愛の巣って! いやいやいやいやそうじゃなくて! リエラさん、これは一体……!?」


「さっきも言ったとおり、クルトさんへのご褒美ですよ?」


「ご褒美って……」


 前の錆びた塊とは訳が違う。流石にこれをそのまま受け取るのは、嬉しいを通り越してちょっと怖い。そんな俺の表情を読み取ったのか、リエラさんが何とも悪そうな……そこがまた可愛い……笑みを浮かべて説明を続けてくれる。


「ふっふっふ、実はですね……七大ダンジョンのある町にある探索者ギルド同士は、定期的に物資のやりとりをしているんです。で、ちょうど五日後にここからテクタスの町への物資輸送があるので、そこにクルトさんとゴレミちゃんを便乗させてしまおうという計画なのです!」


「便乗!? そんなことして平気なんですか?」


「平気ですよ。物資輸送には当然余裕を持たせてますから、一人や二人くらいなら全然問題ありません。まあ直前になってもっと重要な人や物資を運ぶことになったら、その時はクルトさん達は遠慮してもらうことになっちゃうかも知れないですけど、そんなこと滅多にないですしね」


「へ、へー……そうなんですね…………」


「あ、これ一応秘密ですから、誰かに言っちゃダメですよ? じゃないとその辺の商人とかが『何で俺の荷物はダメであいつはいいんだ!?』みたいなことを言ってきたりしますから。


 これはあくまで探索者ギルドとして、将来有望で信頼のある若手探索者に対する、ちょっとした援助なのです」


「有望で信頼って、俺怪我して借金するような新人なんですけど?」


 軽く自嘲するような物言いをする俺に、しかしリエラさんは優しい笑顔で首を横に振る。


「だからですよ。大きな怪我を負えば、心に傷を負って立ち直れない人だっています。借金だって返せずに潰れてしまう人や、色々と難癖をつけて返そうとしない人なんかもいます。


 でもクルトさんは怪我から立ち直り、借金もきちんと計画的に返済してくれました。クルトさんはその行動を以て、自分は躓いても立ち上がれるのだと証明したのです。それはとても有望で、信頼に値する行為なんですよ?」


「そうなのデス! イケオジには『俺も昔はやんちゃしててな……』と自分語りするエピソードが必要不可欠なのデス! 今回のは大分いい感じのやらかしなのデス!」


「やらかしにいい感じも何もねーだろうに……まあでも、そっか。そういうことなら……」


 成功だけじゃなく、失敗まで含めて「俺」という存在を見て、認めてくれた。そんな気持ちが嬉しくて、俺はカウンターに置かれたチケットを手に取る。


「リエラさんの気持ち、ありがたく受け取ります。向こうでもバッチリ活躍して、リエラ師匠の『歯車投擲術』を広めてきますから、期待しててください!」


「え、それまだ有効だったんですか!? 待ってください、それは明らかに違いますよね!? 私そんなの教えてないですよ!?」


「出発は五日後か……となると、忙しくなるぞゴレミ! さあ、早速帰って準備だ!」


「ガッテン承知の助デス!」


「あの、クルトさん? 聞いてますか?」


「それ前も言ってたけど、ショーチノスケって誰なんだ?」


「それはゴレミも知らないデス!」


「知らないのかよ……まあいいけどさ。じゃあリエラさん。また後で!」


「クルトさん!? クルトさん! お忙しいのはわかりますけど、もうちょっとだけ私と話をしてみませんか!? クルトさーん!?」


 引き留めるリエラさんのお誘いを断腸の思いで断りつつ、俺はゴレミを引き連れ、探索者ギルドを後にするのだった。

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