故に想いは帰還する

「マジか? マジで限定通路なのか……?」


 突如として現れた通路に、俺は疑心と警戒の両方を最大限に高めつつ足を踏み入れる。周囲を……特に壁面や天井などに小さな穴が開いていないかを目を皿のようにして観察していくと、ほどなくして左側の壁の足首くらいの高さの位置に、隠し通路を開いたときと同じような極めて小さな穴を見つけた。


「こいつは……」


 俺はその穴に歯車を嵌め、クルクルと回す。するとカチッという小さな音と同時に軽い手応えを感じ……しかしそれだけで何があるというわけでもない。


「あっ、しまった! 先に罠を発動させてねーと、何処が無効化されたかわかんねーのか。てか、この流れ、やっぱり……?」


 この一連の流れには覚えがある。というか、忘れられるはずもない。ここは間違いなく<歯車>の限定通路……しかもひょっとしたら、あの時と全く同じ構造であるかも知れない。


「たった一ヶ月ちょいで、同じ場所に同じスキルの、同じ構成の限定通路が再出現した……? そんな話聞いたこともねーぞ?」


 限定通路の内部では、そういう罠が仕込まれていない限り基本的には魔物も出ない。なので俺はひとまずここは安全だと判断し、足を止めて考え込む。


 限定通路自体はダンジョン内部で自然発生するものだから、<歯車>の限定通路がいずれダンジョンの何処かに出現することは不思議でも何でもないし、「特定のスキルでの攻略を前提としている」という設定の都合上、限定通路にある障害の内容が同じようなものになることも、まあなくはないのだろう。


 だがこれほど短期間に、同じ場所、同じスキル、同じ内容のものがとなると、その偶然は一体どれほどの奇跡に成り立つのだろうか? 何なら適当に放り投げた石が、巡り巡ってドラゴンを仕留める方がまだ確率が高いかも知れない。


「ふーっ……いや、そんなことどうでもいいな。問題は……」


 一端大きく息を吐いて、俺は心と思考を落ち着ける。そうだ、別にこれが偶然だろうが何だろうが、俺には関係ない。重要なのはこの奥に、一体何があるのかということ。


 もしも。もしもこの奥に、あの時と同じモノがあるのであれば…………


「これは行くしかねーよな」


 今はまだ幻想に過ぎない希望に浮き足立つ気持ちを引き締め、俺は限定通路の奥へと進んでいく。一度攻略したとはいえ、ここは気を緩めれば即座に命を落とす危険な場所に違いはない。


 勿論、ここが本当に前回と同じであるなら、極めて簡単な攻略法があるわけではあるが……


「いや、今回はやめとこう」


 右手で握りこんだ歯車を、俺は投げることなく消す。何か根拠があるわけではないのだが、何というかこう……ダンジョンに対して誠実に向き合った方が、その後の結果が良くなるような気がしたのだ。


 だってそうだろ? もし俺が制作者なら、歯車ぶん投げまくって全部のギミックを無視されたら、普通にキレる。そんな人間的な精神がダンジョンに働いているかなんて知ったことじゃねーが、誰かの役に立ったりいいことをしたりすると、何となく自分にも幸運が訪れる気がするというやつだ。やっといて損はない。


 故に今回は、しっかりと壁や床、天井まで観察して小さな穴を探す。時にはうっかり見落として壁から火が噴き出したり足下がいきなりパカッと開いたりもしたが、それでも五時間ほどかけて、俺はどうにか通路の最奥へと生きて辿り着くことに成功した。


「はーっ、はーっ…………ちゃんと攻略すると、こんなにキツいのか……そりゃ普通なら死ぬわ……」


 俺の場合どうすれば罠を解除できるのかに加え、前回片っ端から罠を発動させていたことでどんな種類の罠があるのかも知っていたからこそ、何とか攻略できた。


 だが完全初見でこの方法をとっていたら、最初の俺はここに辿り着けなかったんじゃないだろうか? 改めて限定通路の難易度の高さを噛みしめつつ、俺は息を整えてから顔をあげる。


「まあでも、着いたもんは着いたんだから、よしとするか。で、後は……」


 俺の目の前には、あの日と同じ石製の宝箱が置かれている。中身を想像しながら改めて見てみると、箱というよりは棺のような印象を受ける。


 攻略者が現れない限り、悠久の時を眠り続ける石娘……その封印を解くために、俺は箱にあいた二つの穴に歯車を嵌めて回転させた。


 相変わらずここの歯車は重いが、あの日の俺に開けられたものが、今更どうにかできないはずもない。腹に力を入れて二つの歯車を逆方向に回せば、カチャッと何かが外れた音と共に、石の扉がゆっくりと開いていった。


「っ……」


 現れた美少女……いや、微妙女型のゴーレムに、俺は一瞬息を詰まらせる。震える手でその体に触れると、石像の肌はひんやりと冷たい。


 と、同時に俺の眼前に<天啓の窓>が開き、俺は慌てて腕を引く。もしここでうっかり意図しないところに触って……なんて失敗を繰り返したら、後悔するなんてもんじゃすまねーからな。


「で、今回も名前をつけろってか…………」


 金枠のついた青い板きれには「なまえをつけてください」と書かれている。その要求を前に、しかし俺の体は固まってしまう。


「……………………」


 ゴレミ。そう名付けるのは容易い。いやひょっとしたら「同じ名前は使えません」とか出るかも知れねーけど、試してみるのは簡単だ。


 それに、相手はゴーレムだ。ひょっとしたら単に記憶がなくなっているというだけで、全く同じ性格のゴーレムが……ゴレミが目覚める可能性は十分にある。だが……


――果たしてそれは、ゴレミだと言えるのか?


――俺にとってゴレミは、今腰に下げている剣のように、簡単に替えの効く道具でしかなかったのか?


 浮かぶ言葉が、俺の体を縛り付ける。


 たった一ヶ月使った・・・だけの道具であるなら、そこにそれほどの愛着など湧くはずもない。苦労して手に入れた高級品だからという思い入れくらいはあっても不思議じゃないが、壊れてすぐに同等品が手に入るというのなら、むしろ諸手を挙げて大歓迎だろう。


 ならば何故、俺は動けない? どうして俺は迷っている?


「……怖い、のか?」


 俺は鞄から回り続ける二つの歯車を取り出し、手のひらにのせて見つめる。


 もしそれを認めたら、それを受け入れてしまったら、俺に取ってゴレミは本当にただの道具になってしまう。


 新しいゴレミに違和感を感じなかったら、あるいはすぐに馴染んでしまったら、ゴレミの心は俺の気の持ちよう一つでどうにでもなるまやかしになってしまう。


 それを事実として突きつけられることが怖い。確かに感じていた絆が、取るに足らないどうでもいいものに成り果ててしまうのが、たまらなく怖い。


 あの声が、あの顔が、ゴレミという存在の全てが「ボタンを押したら光る」みたいな、単なる魔導具の反応でしかないと俺が・・思ってしまうことが。


「俺は…………っ!?」


「まったく、何をいつまでもウジウジ悩んでいるデスか!」


 不意に、俺の手の上から歯車の片方が霧のように消えてしまった。そしてそれに合わせるように、俺の前から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「ちょうどいい機会なので、ワタシに相応しいエレガントでチャーミングな名前に変えてもらうのもいいかなーと思って待っていたデスのに……男の子の優柔不断はモテないデスよ?」


「あっ……あっ…………」


 上手く声を出せない俺の前で、ゴーレムが動き出す。石棺から降りてきた小さな石娘が<天啓の窓>を通り抜けると、その光がふわりと消え、代わりにゴーレムの体を見慣れたなんちゃってメイド服が包む。


「とはいえ、せっかくマスターがつけてくれた名前デスからね。キラキラでもシワシワでもないガッカリネームではありますけど……ワタシにとってこの名前は、とっても大事な宝物なのデス」


「お、お前……は…………」


 俺が伸ばした震える手を、石でできた手がそっと握ってくる。さっき触れた時は冷たかったはずなのに、今はほんのり温かい。


「ワタシはゴレミ。マスターの魂の輝きが失われるその日まで、マスターと共に世界を回す者です。どうぞよろしくお願い致します……ただいまデス、マスター」


「…………っ。ああ、お帰りゴレミ」


 微笑むゴレミに、俺は万感の想いをただ一言に込めて返した。

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