日常はまた、ここに在る

「はぁ……にしても、お前本当にゴレミなのか? そっくりなだけの別人……別ゴーレム? とかじゃなくて?」


「モチのロンです! シン・ゴレミデス! ワタシは多分三人目なのデス!」


「三人目? 二人目じゃなくてか?」


「そこは突っ込んだら駄目なところなのデス!」


 相変わらず訳のわからないことを言いながら、ゴレミが絶望的なくらいに平らな胸をムンっと張る。あー、うん。これはゴレミだ。間違いなくゴレミなんだが……


「え、じゃあお前って、ひょっとして完全に壊れても復活するわけ? なら言っとけよマジで! 俺がどれだけ……」


「んー? どれだけどうしたのデスか? ひょっとしてゴレミがいなくなって、寂しくて泣いちゃったデス?」


「……………………」


 ニヤニヤとむかつく笑みを浮かべて上目遣いに言ってくるゴレミから、俺は無言で顔を逸らす。殴りたい、この笑顔……だが相手は石なので、実行しても俺の手が痛いだけなのが悲しい。


「……まあ冗談はともかく、ゴレミがこうしてマスターと再会できたのは、かなり色々な要因が組み合わさったから起きた奇跡であって、普通はそんなことはないデス。


 そうデスね。いい機会デスから、マスターにはゴレミの秘密をちょっとだけ教えちゃうデス! いやん、えっち!」


「えっちじゃねーよ! んで、何だよ秘密って」


 絶妙に腹立たしい仕草で体をくねらせるゴレミに突っ込みつつ、俺はその場に腰を下ろして話を聞く姿勢をとる。するとゴレミは得意げな顔で俺を見下ろしながら、実に楽しげに説明を始めた。


「ふふふ、これはマスターだけに教える乙女の秘密トップシークレットデスよ? 実はダンジョンの構造とか魔物の配置とか、あと限定通路で出現するお宝なんかの情報は、全部ダンジョンの最奥にあるダンジョンコアに書き込まれているのデス。


 なかでもゴレミは唯一品ユニークなので、同時に別個体が存在することはありません。ただそれは逆に言えば、今のゴレミが失われた場合、新たなゴレミがその基本情報テンプレートを元に再生され、いつか何処かに再配置されるということでもあるデス。


 ただ、その場合再配置されたゴレミの記憶は都度リセットされるデス。なので本来なら今のゴレミは、初めてマスターに出会ったあの日と同じ状態に戻っているはずだったのデス」


「へー……じゃあ何でそうならなかったんだ?」


「それは勿論、マスターのせいなのデス!」


「へ? 俺? 俺が何を……あっ」


 突然ビシッと指を突きつけられ、驚きつつも思考を巡らせた俺の脳裏に浮かんだのは、ついさっき突然消えてしまった例のアレだ。


「ひょっとして、あの歯車、か?」


「歯車デスか?」


「えっ、違うの!? 他に思い当たることねーんだけど」


 そう言って、俺はゴレミに、ゴレミの歯車が消えないように俺の歯車と噛み合わせて回し続けていたことを説明した。するとゴレミが体をモジモジさせながら、手で顔を隠しつつ指の間からチラチラと俺を見てくる。


「そんなことがあったデスか……マスターの愛が重すぎて、ゴレミはちょっと照れちゃうデス」


「違うから! そんなんじゃ全然ねーから! あれはちょっとした感傷というか、そういう……あーもう! それはもういいから、どうなんだよ? これが原因だったのか?」


「あ、はい。多分そうデスね。魔導核が砕かれてダンジョンが破壊判定を出したのに、マスターがゴレミの部品を大事に大事に存在させ続けていたことで矛盾が生じて、ダンジョンコアに残っている記憶領域のイニシャライズ作業がキャンセルされちゃったのデス。


 その結果、この新しい体に前の記憶がそのまま書き込まれちゃったという感じデスね」


「イニ……? よくわかんねーけど、消えるはずの記憶が消えなかったってことだよな? でもそれって、どう? なんだ? 前の記憶を持ってる別のゴーレムって感じにも聞こえたけど?」


 首を傾げる俺に対し、ゴレミが「空は何で青いの?」としつこく聞いてくる子供を見るような目を俺に向けてくる。


「その辺を厳密に突き詰めると、そもそも自分とは何か、みたいな哲学になっちゃうデスよ? 人間の体だって二週間くらいで入れ替わるとか言われてるデスし、細かいことを気にしてはいけないのデス!」


「いや、細かくは……いや、細かいか? まあ、うん……そうだな?」


 思わず自分の手を見てから、俺は曖昧に返事をする。深層に潜る探索者の使う薬や魔法だと、なくした腕や足が生えることすらあるらしい。そうして生えた手足は、そりゃ間違いなく自分だろう。


 でもゴレミの場合、体が丸ごと入れ替わってるわけで……いや、そもそもゴーレムなんだから、最初から体は自分のものとは違う、のか?


 わからん。考えれば考えるほどわからなくなるが……とはいえ確かに、目の前にゴレミがいることに比べれば、その程度はどうでもいいと言えなくもないだろう。


「ん? てことは、ゴレミの体が完全に消えないようにできさえすれば、これからも完全復活できるってことか?」


 ゴレミを雑に使い潰すようなつもりはこれっぽっちもねーが、もしそうだというのなら俺の中での安心度が違う。だが俺の思いつきに、ゴレミが困ったような顔つきになる。


「それは流石に無理デス。さっきも言ったデスけど、今回だけが例外というか、不具合がたまたまこちらに都合のいい形で発生したというだけデスからね。


 たとえば今回、この場所に即座に限定通路が再配置されたのは、ダンジョン内でゴレミの存在フラグが不安定になったことによって、この限定通路が『未攻略』として書き戻されたからなのデス。それがなければ次にいつ何処にゴレミの限定通路が再配置されるかは全くの未定でしたから、おそらくマスターと再会することはできなかったと思うデス。


 それに新しい体に以前の記憶を上書きしたことで体と記憶の認識番号が一致せず、チェックサムが通らなくなってしまったので、ダンジョンコアに対してゴレミの情報データをアップロードすることが不可能になっているデス。


 なので最悪の場合、次に壊れたらゴレミの存在そのものが不正データとして処分され、二度とダンジョン内に再配置されなくなる可能性があるのデス」


「……? えっと、すまん。よくわからない言葉が大分多かったんだが……」


「ふふっ、そういうお馬鹿なところがとってもマスターらしくて愛おしいデス! 簡単に言っちゃえば、普通に生活する分には何の問題もないデスが、次に壊れたらゴレミは完全にこの世界から消えてしまう……それだけのことデス」


「そう、か……それって……」


「マスターと同じということデスね! おそろっちデス!」


「何だよその表現……ハハハ。でも、そっか」


 そっと俺の側にやってきたゴレミの頭を撫でつつ、俺は小さくそう呟く。


 死んだら終わり……そんなのは当たり前のことだ。たとえ心も体も石だったとしても、その尊さに違いなどない。望外の幸運で帰ってきてくれただけで十分すぎる奇跡であり、それ以上を望むなんておこがましいにも程があるってもんだ。


「それじゃマスター。ゴレミのことは話したデスから、今度はマスターのことも聞かせて欲しいデス! ゴレミがいなくなってから、マスターはどうしていたデスか?」


「うえっ!? そりゃあ……アレだよ。喧しいのがいなくなって清々したっていうか、充実した静かな日々を送っていたっていうか……」


「へー? わかったデス。じゃあその辺はリエラに聞くことにするデス!」


「ちょっ!? おま、それは反則だろ! 俺が話してやるから、それだけで我慢しろよ!」


「駄目デース! 情報というのは多角的な視点で得ることが肝要なのデス! ふふふ、ゴレミの秘密を教えたんデスから、マスターの恥ずかしい秘密もたっぷり聞かせてもらうデスよ!」


「やめ! やめろよ! 何にもねーから! 平穏無事な日々だったから!」


「知らないデスー! さあマスター」


 立ち上がって駆けだしたゴレミを、俺は慌てて追いかける。するとゴレミが立ち止まり、その場で振り向き俺に手を差し出してくる。


「帰りましょう、ワタシ達の日常に」


「……ああ、そうだな」


 泣きたくなるほど優しい笑顔で差し出された手を、俺は照れ隠し紛れに頭を掻いてから掴む。空っぽしずかだった俺の日々は、こうして再びアホみたいな喧噪を取り戻すのだった。

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