死してなお

「そう、ですか……そんなことが…………」


 一言ごとに生まれる動揺を必死に押さえながら俺が全てを語り終えると、リエラさんがそう言って深く頷く。だが聞き終えてなおその表情から険しさが消えることはなく、リエラさんがまっすぐに俺を見つめながら話を始める。


「いいですかクルトさん、よく聞いて下さい。こういう場合、普通は片方だけではなく、双方から話を聞いたうえで色々と判断するのですが、今回はあえてクルトさんが語ったことが全て真実であるという前提で話します。


 ですが……それでもなお、今回の件ではジャッカルさんを罪に問うのは非常に難しいです」


「……は? え、何で!? だって、俺が一方的に襲われたんですよ!?」


 リエラさんの言葉に、俺は訳がわからず声をあげる。上位の探索者が駆け出しに因縁をつけて襲いかかり、一人殺して一人大怪我をさせ、それでも一切お咎めなし……いくら探索者が自己責任かつ実力主義とはいえ、そんなの納得できるはずもない。


 だが、そんな俺の言い分などそれこそ言わずともわかっているのだろう。リエラさんは極めて事務的な口調で話を続ける。


「それはわかっています。ただ、それを証明する方法がありません。それに今回と前回では、前提が大きく違います」


「前提、ですか?」


「はい。前回の三人組は、クルトさんを襲ってゴレミさんを奪い、それを売り払おうとしたんですよね? でも今回、ジャッカルさんはクルトさんと争いはしても、最終的にクルトさんを助けています。まずこの時点で、ジャッカルさんにはクルトさんを殺害する意図がなかったということになります」


「それは、まあ…………」


 ジャッカルが本気なら、俺なんて秒殺されていたのは目に見えている。というか、そもそも気絶した状態で放置されれば、それだけで死んでいただろう。なのにわざわざダンジョンの外まで運んで探索者ギルドに預けてくれたのだから、殺意がなかったというリエラさんの指摘は、流石に否定することはできない。


「それに、ジャッカルさんはクルトさんの荷物に一切手をつけていません。なので前回のように物取り目的で襲ったという主張も成り立ちません」


「……あっ! でも、俺の鞄から回復薬がなくなってたんですけど」


「それはおそらく、クルトさんに対する応急処置として使用したのでは? 一応指摘はできますけど、それを強盗、窃盗の類いとして訴えるのは相当に難しいと思いますよ?」


「うっ……」


 俺を助けるために俺の手持ちの薬を無断で使用したから、そいつは泥棒だ……法的には正しくても、印象は最悪だ。悔し紛れの思いつきは、あっさりと否定される。


「ということで、今回のジャッカルさんとクルトさんの間のもめ事は、それこそ酒場で酔っぱらい同士が喧嘩をしたのと同じくらいの扱いになるんです。巻き込まれただけの被害者や事と次第を目撃した第三者もいませんから、関係者は完全に当事者のみ……そうなるとギルドとしてできるのは、双方に厳重注意を告げるくらいです。憲兵に訴えるにしても同じでしょう」


「でも、ゴレミが…………っ」


 俺がボコボコにされたのは、まあいい。理不尽だと憤りはするが、五体満足で生きて帰れたのだから、いつか倍返ししてやればいいだけの話だ。


 魔剣が受け取った初日でぶっ壊れたのや、身の丈に合わない力を使おうとして自分の体がヤバいことになったのも、俺の判断だからいい。そこに文句を言うつもりはない。


 だがゴレミは……ゴレミだけは違う。奴は明確にゴレミを壊すことを目的としていた。それだけは絶対に許すわけにはいかないのだ。


 故に目をぎらつかせる俺に、しかしリエラさんが申し訳なさそうな顔で首を横に振る。


「駄目なんです。事情を知っている私やクルトさんからすると、ゴレミさんは自我を持つ仲間や友人だと思えますが……それでもゴレミさんはゴーレムです。しかも人がスキルで操っていた・・・・・・・・・・存在となると、扱いとしては装備品を壊したという風にしかなりません。


 せめてクルトさんが完全に無抵抗であったなら多少話は違いましたけど、クルトさんも反撃でジャッカルさんの鎧を傷つけたということですし……そうなるとやはり、ギルドとしてはお互い様という立ち位置しか……」


「っ…………」


 ゴレミはゴーレムであり、俺の……というか、実在しないゴレミの所有者が操る武装、所有物である。その前提がひっくり返らないなら、ジャッカルがゴレミを壊したことと、俺がジャッカルの鎧を傷つけたことは等価である。


 ああ、わかる。わかるとも。他人からみたらそうなのだ。当事者である俺にとってだけが特別で、それこそゴレミを壊したジャッカルですら、ゴレミを殺した・・・なんて認識をしていないことは、俺だってわかっているんだ。


 頭では理解している。だが心では納得できない。ぎゅっと拳を強く握る俺に、リエラさんが言葉を続ける。


「恨むなとか復讐するななんてことを、私は言いません。それが明日を生きる原動力になるのなら、しばらくはそれでもいいと思います。


 ただ、焦ったり自暴自棄になったりして無茶することだけは絶対にしないでください。今クルトさんが生きているのは、ゴレミちゃんが守ってくれたからだと思いますから」


「……? ゴレミが?」


 俯く俺に、リエラさんが慰めの言葉をかけてくれる。だがその意味がわからず、俺は思わず首を傾げてしまった。


「何で今ゴレミが? いや、確かにあいつには何度も守ってもらってますけど」


「これは私の推測ですけれど、ジャッカルさんがクルトさんを助けたのは、ほんの少しの勘違いと……何よりゴレミちゃんが存在していたからだと思うんですよ」


「勘違い? それに、ゴレミの存在……?」


「はい。先ほどクルトさんが話してくれた会話のなかで、ジャッカルさんがクルトさんをお金持ちのご子息だと勘違いするような事を言っていたでしょう? ジャッカルさんがクルトさんを殺さずに助けたのは、相手がお金持ちだった場合、殺してしまうと本気で報復されるかも知れないと考えたからだと思います」


「あー、そう言えばそんなこと言ってましたけど……でも、何で俺が金持ちに見えたんですか?」


 自分で言うのも何だが、俺に金持ち要素などこれっぽっちもない。安物の装備を身につけ低層でゴブリンを狩って生計を立てる御曹司なんていないだろう。だがそんな俺の顔を見て、リエラさんが少しだけ呆れたような目をする。


「あのですね、クルトさん。魔剣って、買うと凄く高いんですよ?」


「いやでも、あれは貰い物で……」


「私はそうだと知っていますけど、普通の人はそんなこと信じません。探索者になって二ヶ月の新人が、たまたま限定通路を見つけてゴーレムの素体を手に入れ、たまたま縁のできた鍛冶師に無償で魔剣を譲り受けるより、実は両方とも実家のお金で買ってもらい、それを誤魔化すために嘘をついていると考える方が余程合理的です。なのでジャッカルさんもそう考えたんでしょうね」


「は、はぁ……まあ、言われてみれば……?」


 改めてそう指摘されると、確かに猛烈に胡散臭い。これが自分の話じゃなかったら、俺だって「んな嘘に騙される奴なんていねーよ」と鼻で笑うところだろう。


「そしてもう一つ……私とクルトさん以外の人にとって、ゴレミさんはこの町の何処かにいる誰かが<人形遣い>のスキルで操っているということになっています。


 つまり、ジャッカルさんからすると、ゴレミさんを壊しても目撃者は安全な場所に生きているということになります。その人はジャッカルさんがクルトさんを襲ったという事実を知っているわけで、しかもクルトさんと深い繋がりがある……クルトさんに資金援助したお金持ちの権力者とも繋がっている可能性が高いわけです。


 なので、ジャッカルさんはクルトさんを殺すわけにはいかず、わざわざ手当をしてダンジョンの外に保護することで、あくまでも喧嘩の範囲内で収められるようにするしかなかったんです。もしそうでないなら…………こんな言い方は嫌いですけど、ダンジョン内部で死んでしまうと、装備品しか残りませんから。


 いえ、勿論ジャッカルさんが私が考えているより善人だったっていう可能性もありますけどね!」


「……………………」


 慌ててそう付け加えるリエラさんを前に、俺はしばし呆然とする。そうか、ジャッカルがわざわざ俺を助けたという話には違和感しかなかったが、そういうことなのか……


「ハハッ、そうかよ。お前は本当に最後まで……死んでも俺を守ってくれてたのか……」


 鞄の中で今も回り続ける小さな歯車に思いを馳せると、俺の目からすっかり枯れたと思っていた涙が、追加で一粒こぼれ落ちた。

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