いなくなっても喧しい

「……………………んぁ?」


 目が覚めた時、俺が最初に見たのは見知らぬ天井だった。そうして一〇秒ほどボーッと天井を眺め続けたところで、漸くにしていくらか思考が戻ってくる。


「……あれ? 俺何して……? 寝てる……?」


 どうやら俺は、何処かのベッドで寝ているらしい。どういうことかと起き上がってみようとしたら、全身に鈍い痛みが走る。


「いった!? うわ、痛ぇ……え、何でだ?」


 動けないという程ではないが、酷い筋肉痛くらいには痛い。なのでひとまず起き上がるのをやめて首だけ動かして辺りを見回してみるも、やはりその内装に覚えがない。


「えぇ? 何処だよここ……」


「おや、目を覚まされましたか」


 と、そこで部屋の扉が開き、そこから一人の中年男性が現れた。優しい声でそう言いながら、男は近くの椅子をたぐり寄せ、俺のベッドのすぐ横に腰を下ろす。


「あの、貴方は……? てか、俺は一体……?」


「あー、はいはい。その前にまずは確認させてくださいね。自分の名前とか年齢とか、何処で活動してるかとかを教えてください」


「へ? え、ええ。いいですけど……」


 質問の意図がわからなかったが、隠すようなことでもない。俺が名乗って個人情報を伝えると、男は手にした板きれ……というか、その上に乗せられた紙を眺めながらフンフンと頷く。


「はい、確かに。じゃあ確認とれましたので、クルトさんの現状をお教えしますね。こちらに届いている情報だと、クルトさんは<底なし穴アンダーアビス>の第三層にて意識を失っていたところを、通りがかった探索者の方に救出されたようです」


「倒れて……救出……………………っ!?」


 その言葉に、俺の中に悪夢のような記憶が戻ってくる。思い出したくない、だが忘れられないその光景に、俺は思わず体を跳ね上げ……全身を襲う激痛に再び悶える。


「ぐぁぁ!?」


「ほらほら、無理しないで! クルトさんは探索証ライセンスに二を登録していたので回復薬は使ってますけど、完全回復じゃないですからね」


「そ、そう、ですか…………」


 探索証ライセンスには、もし自分がダンジョンから救助された場合、どの程度までの治療を求めるかというものが記録されている。これが〇なら治療拒否……それこそ何もしないと死ぬとしても一切の治療はされず、一なら命が助かる最低限、二なら後遺症が残らない程度の治療、三なら細かな外傷なども含む治療となり、最上位の四ではあらゆる手段を惜しみなく……ということになる。


 ちなみに何でこんなものを登録するかと言えば、傷を癒やすには当然ながら金が掛かるからだ。「生き残ったが莫大な借金で死ぬより辛い状況になる」というの防ぐためにこの意思表示があるわけで、俺も多くの探索者に習って二を選択していたわけだが……


「ちなみに、回復薬ってどのくらい……?」


「二本使いましたよ。これは探索者ギルドに対する正式な借金となりますので、後ほど受付窓口で確認してください」


「二本……あれ? それって俺が持っていた回復薬は含まれます?」


「? いえ、クルトさんの所持品に、回復薬は含まれていませんでしたよ? 解毒薬ならありましたけどね」


「えぇ?」


 その答えに、俺は眉根を寄せて困惑し……だがすぐに納得する。ジャッカルに負けた時の俺の状況は、とても回復薬二本でここまで癒えるようなものではなかった。ならば俺を助けてくれたという探索者が、俺の手持ちの回復薬で応急処置をしてくれた可能性が高い。


 そしてそれを「勝手なことを」と怒るつもりなど毛頭ない。そうしなければ死んでいたかも知れないのだから、俺にあるのは感謝だけだが……二本、二本か。これはまた結構な額に……って、鞄を漁られた!?


「鞄! 俺の鞄はありますか!?」


「ええ、ありますよ。そこの棚に置いてあります。持ってきましょうか?」


「お願いします!」


 俺の懇願に男が立ち上がり、すぐ側の棚から俺の鞄を持ってきてくれる。俺は体の痛みを無視して上半身を起こすと、慌ててその中を覗き込み……そこにクルクルと回り続ける小さな二つの歯車を見つけた。


「あぁ…………」


 それは安堵であり、絶望。無意識においてもゴレミの形見を消さないように魔力を送り続けた自分への賞賛と、間違いなくゴレミが壊れて……死んでしまったのだという確認。張り裂けそうな胸の痛みを今は無理矢理押さえ込み、俺は改めて男に顔を向けた。


「ありがとうございます。それで、俺はこれからどうすれば……?」


「ここは探索者ギルドの救護室なので、起き上がれそうなら受付によってから帰っていただいて大丈夫ですよ。もし駄目そうなら宿泊用の場所もありますが、そちらに移る場合は別途で料金がかかります」


「むぅ……」


 痛む体はこのまま寝ていろと訴えるが、思考はこれ以上借金を重ねてどうするつもりだと騒いでいる。数秒続いたそのせめぎ合いは、しかし俺が鞄に……その中で回り続ける歯車に意識を向けたところで決着した。


「わかりました。じゃあ帰ります」


「そうですか。具体的な支払金額などは、受付で確認してください。それと二時間くらいまでならここで休んでも構いません。では、お大事に」


「ありがとうございました」


 去って行く男に俺はぺこりと頭を下げると、再びベッドに横になって目を閉じる。すると俺の耳元で、この一ヶ月ですっかり聞き慣れた声が聞こえた。


『まったく、マスターは軟弱過ぎるデス! そんなフニャフニャではゴレミを満足させられないデスよ? さっさとギンギンに屹立するのデス!』


「ははは、無茶言うなよ。俺、相当頑張ったんだぜ? 最後とか、多分寿命が削れてるだろうし……」


『たかが一五歳のマスターが、寿命とかチャンチャラおかしいのデス! そういうのはヨボヨボのオジジになってから言うものなのデス!』


「あー、そうだな。爺さんになったら、後悔すんのかな? あの時あんなことしなけりゃ、もうちょっと長生きできたのにーとか?」


『大丈夫デスよ。ゴレミが一緒なら、マスターの人生はリア充一直線なのデス! 一〇〇人の子供と二五〇人の孫に囲まれて、大往生で腹上死間違いなしなのデス!』


「多いな! てか一〇〇人の子供って、誰と誰のだよ?」


『それは勿論マスターとゴレミデス! マスターが元気になったら、二人で一緒に造るのデス! 家庭内手工業なのデス!』


「造るってそっちかよ! でもそれなら、まあ……多くもない、のか? いや、石像なんか造ったことねーから、造るのにどのくらい掛かるのか知らねーけど」


『ウブなネンネのマスターには、経験豊富なゴレミが手取り足取り教えてあげるデス!


 あ、違うデス! ゴレミはピュアなバージンなので、初めてデス! 初めての共同作業なのデス!』


「どっちなんだよ!? ったく、お前は…………」


 首を横に回しても、そこには誰もいない。いなくなってなお俺の頭の中でやかましく騒ぎ立てる彼女の姿は、もうないのだ。


「お前は…………お前って奴は……………………」


 視界が歪む。胸から湧き上がる罪悪感が口から零れ、血が滲むほどに握った拳のなかには、何一つありはしない。


 ゴレミと出会ってから、まだたったの一ヶ月とちょっと。だというのに、何故お前の声はこんなにはっきりと聞こえてくる? 一体どれだけ喧しかったってんだよ?


「は、ははは……いなくなってまで喧しいなんて、お前らしいぜ…………」


 その呟きに、しかしもう誰も答えない。ただ俺の鞄の奥底で、俺の歯車と噛み合ったゴレミの歯車だけが、静かに回り続けていた。

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