お披露目と見せしめ

 見た目性能に全力を突っ込んでしまったらしい新武器を手にした俺は、当然のようにその足でダンジョンへと向かった。ただし潜ったのはいつもの四層ではなく、三層である。


 そりゃそうだ。普通の剣でも斬れないジャイアントセンチピードを相手に試し切りなんてしたくねーし、かといってジャイアントラットじゃ流石に弱すぎる。こういうときに最適なのは、やっぱりゴブリンなのだ。


「食らえ、歯車スプラッシュ!」


「ギャウ!?」


 ということで、適当に歩いて出会ったゴブリンに、まずは先制。腕で顔をかばって無防備になったところで、手に入れたばかりの剣を振るうと……


ザンッ!


「おぉ?」


「普通に斬れたデスね」


 狙いがよかったのか、あるいは俺も少しくらいは成長してるのか、ゴブリンの腕があっさりと飛ぶ。腕をなくしたゴブリンがギャアギャアと騒いだが、今回は事前に「一撃だけ」と打ち合わせていたので、そこはゴレミがサクッと頭を叩き潰し、哀れゴブリンはダンジョンの霧と消えた。


「どうデスかマスター? その剣の使い心地は?」


「うーん、悪くない……ってか、普通の剣だな。強いて言うなら、ちょっと手応えが軽い、か?」


 中身が鉄か歯車かの違いなんだろうが、敵を斬った時の手応えに微妙な違いがある。とはいえ俺みたいな素人剣士にはその程度の違いはどうということもない。


「なら、次は展開して斬ってみるか。ゴレミ、次も同じで頼む」


「了解デス!」


 言って、俺は新たな獲物を探してダンジョンを歩く。するとすぐに次のゴブリンが見つかったので、今度は先に剣を展開すべく、柄についた穴に歯車を生みだし、回れと念じて魔力を込める。


「ぬぬぬ……やっぱり始動は遅いな」


 大分集中しないと、歯車は重くて回らない。正直戦闘中にこれをやるのは、今の俺では無理だ。ギュッと腹に力を入れ、こめかみに血管を浮かせながら気合いを込めると、漸くにして歯車が回りだし……


ガシャガシャ……ガシャン!


「おー! やっぱり何度見ても格好いいな。んじゃ、行くか!」


 展開時の音に気づいてこっちを警戒しているゴブリンに、俺は巨大になった歯車の剣を構えて駆け寄る。でかくなっても重さはそのままなので、俺は剣を右の片手で持ち、左手に歯車を生み出す。


「食らえ! 歯車スプラッシュ!」


「ギャウ!?」


 さっきとほぼ同じ反応をするゴブリンに、片手持ちの剣を振るう。するとさっきよりも更に軽い手応えしかなく……だがゴブリンの腕はあっさりと宙を舞った。


「うおっと!?」


「グギャギャギャギャ!」


 予想以上の手応えのなさに俺が思わずよろけてしまうと、そこに怒り狂ったゴブリンが棍棒を振り下ろしてくる。殴ってくれと言わんばかりに前に差し出した頭にそれが直撃すれば致命傷だろうが、俺には頼れる相棒がいる。


「ゴレミパーンチ!」


「ギャフッ!?」


 猛烈な勢いで振るわれる石の拳に、ゴブリンは棍棒ごと吹き飛ばされて、物言わぬ肉片となった。そしてその痕跡もすぐに消え去り、ゴレミが俺に声をかけてくる。


「大丈夫デスか、マスター?」


「ああ、平気だ。助かったぜ。ありがとなゴレミ」


「これくらい朝飯前なのデス! ゴレミはご飯を食べないので、つまり年中無休で楽勝なのデス!


 それより、何でいきなりよろけたデスか?」


「ああ、うん。何か予想より大分切れ味がよかったというか……」


 剣がでかくなったのだから、俺としては叩き潰すような方向性で攻撃力が上がると思っていた。だが蓋を開けてみれば、展開前より明らかに切れ味が上がっている。この一度だけでは確実なことは言えないが、それでも体感で二割から三割は鋭くなってる感じだ。


 だがそうして驚いている俺に、ゴレミは何故か呆れたような表情を見せる。


「あのデスねマスター。その剣は表面を魔力で覆ってるってヨーギが言っていたデス。それはつまり魔力付与エンチャントがされてるってことデスから、切れ味があがるのは当然なのデス」


「へ!?」


 間抜けな声をあげつつも、俺はゴレミの言ったことを反芻する。


 魔力付与エンチャントとは、その言葉通り人や物に魔力を付与することだ。基礎段階ではこれのように魔力を直接纏わせることで切れ味や耐久力などを上昇させ、上の段階になると纏わせた魔力そのものを炎や冷気に変換したりすることもできる。


 そして確かに、ヨーギさんは「この剣は魔力に覆われているから、ギリギリ鉄剣くらいの強度がある」と言われていた。ならばその分切れ味があがっているのは、言われてみれば当然だ。


「そっか、そう言われれば……でもじゃあ、なんでこれがガラクタなんだ? 鉄剣と同じ強度で刀身がでかくなって、切れ味も増してるんだろ?」


「費用対効果の問題じゃないデスか? 修理で二〇〇万クレドとるってことは、完成品を買ったらもっとずっと高いと思うデス。そしてそんなお金をちょっと良く斬れる鉄剣に払うかと言われれば……」


「……買わねーな」


 俺の普段使いしている鉄剣は、数打ちなので一本五万クレドだ。対して歯車の剣は現状オーダーメイドしかないので、最低でも修理費の倍以上、おそらくは五〇〇万クレドくらい出さないと作れないのだと思う。


 一〇〇倍以上の金を出して、切れ味三割増しの鉄剣を買う……ないな、これっぽっちもない。うん、確かにそりゃガラクタだわ。


 だがそれは、あくまでも金を出して買ったらの話。タダでもらった俺からすれば、こいつは格好よくて実用性もある神武器なのだ!


「なるほどそういうことか……ならこいつは、大事に使い倒してやるか」


 歯車を止めて剣を元に戻すと、俺は剣を左手に持ち替えてから、右側の鞘・・・・に収める。左側には即座に右手で抜けるようにいつもの鉄剣を佩いているので、両方抜けばダブルソードも可能だ。まあ意味はねーからしねーけども。


「使うんデスか? マスターならてっきり試し切りだけして、後はいざという時の為に取っておくかと思ったのデスが」


「いやいや、それこそ勿体ねーだろ。てか所詮は鉄剣って言うなら、使えるのは今くらいだろうしな。それにこれ、普通の剣と違って金属部分が少ないだろ? なら内部の歯車が壊れてなけりゃ、金属だけもっといいやつにしたら、お手軽にパワーアップできるんじゃねーか?」


「おお、それは斬新な発想デス! ……まあ実用できるかはわからないデスけど」


「そこは後でヨーギさんに聞いてみようぜ。んじゃもうしばらく試し切りしたら、第四層まで降りて――」


「おーう、やーっと見つけたぜぇー!」


 不意に聞こえた謎の声に、俺は思いきり顔をしかめる。こういう声かけは大抵ろくな事がない。少し前に同じ状況で襲われたのだから尚更だ。


「テメェがクルトか? 四層にいるって聞いてたのにいねぇから、随分と探し回っちまったぜ」


「……誰だ?」


 ウンザリしつつも、警戒は最大限に。ゴレミの側に身を寄せながら目の前の男を観察する。


 見たところ、年齢は二〇代中盤くらい。モサッとした野性味溢れる金髪とまるで肉食獣みたいな目つきは、俺とは一生相容れない感じの雰囲気がある。


 身長は俺より頭半分くらい高く、装備は赤いハーフプレートアーマーと腰に下げた剣。剣はこの状態じゃわからねーが、鎧の方はこの前俺達を襲ってきた奴らより更に高そうだ。つまり明らかにこの辺で活動してる探索者じゃない。


(マスター、あれはヤバいです。色んな意味でマスターには勝ち目がないデス)


(何だよ色んな意味って)


 耳元で囁いてくるゴレミに突っ込みつつ、俺は更に警戒心を高める。相手の技量を見極める目なんて俺にはねーが、ゴレミがそういうのなら間違いないだろう。


「おい、答えろよ。テメェがクルトかって聞いてんだろ? アン?」


「……ああ、そうだ。で、アンタは?」


 苛立った声を上げる男に一瞬「違います」と答えようかとも思ったが、名指しで俺を探している以上誤魔化しきれるとも思えない。答えつつも再度相手の名を問うと、男は馬鹿にしたような顔で俺を見下す。


「テメェ、新人のくせに俺のこと知らねぇだと!? なら教えてやるよ。俺はジャッカル。普段は第二三層で活動してる探索者で、テメェが捕まえたダドリー達の、まあ兄貴分みたいなもんだ」


「二三層!?」


 ダドリーという名前に心当たりはなかったが、俺達が捕まえたと言うのなら、あの襲撃犯の一人がそんな名前だったんだろうと予想はつく。だがそんなことより重要なのは、こいつが二三層で活動していると明言したことだ。もしそれが本当なら、俺達には逆立ちしたって勝ち目はない。


「へ、へへへ……すみません、無知で。それでジャッカルさんが、俺みたいなのに何かご用なんですか?」


 戦って勝てないなら、全力で戦いそのものを回避しなければならない。あからさまに卑屈な態度を取る俺に、ジャッカルは満足げな笑みを浮かべながら言う。


「なに、ちょっとはしゃぎすぎた新人をしつけてやろうと思ってな。てわけだから、お前とりあえず死んどけや」


「ぐふっ!?」


 ジャッカルの姿がかき消えた瞬間、俺の腹部に猛烈な衝撃が走った。

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