浪漫武器

 第四層でムカデ相手に戦闘訓練を始めてから、一〇日。リエラさん経由で連絡をもらった俺は、ゴレミと一緒にヨーギさんの店を訪れていた。


「こんちわー! ヨーギさんいますー?」


GRM四八ジーアールエムフォーティーエイトの永遠の一番、ゴレミがやってきたデスよー! ちなみに残りの四七人は欠番デス!」


「あー、来たかい! ちょっと待っとくれ」


 相変わらずよくわからないゴレミの発言をスルーして、ヨーギさんの声が聞こえてくる。そのまましばし待つと、ほどなくして一本の剣を手にしたヨーギさんが店の奥から姿を現した。


「待たせたね。だがちょうどよかった……ほれ、これがあの錆びた塊から復元した剣だよ」


「えっ!?」


「調べるだけって言ってたのに、剣を作っちゃったデスか!?」


「カッカッカ! そこはまあ、興が乗ったってところだねぇ。それに作っておいて何だけど、これの仕組みがよくわからないから、元と違う形にはしたくなかったんだよ」


「えぇ?」


 あっけらかんとそう言われ、俺は何とも言えない表情になる。だがそんな俺の態度に、ヨーギさんが苦い顔になって言葉を続ける。


「言いたいことはわかるよ? でもねぇ、こいつを動かすとなったら、起動用の歯車とそれを動かす魔導具を追加で作らなきゃなんだよ。勿論これが金をもらって引き受けた依頼だって言うならそうするけど、違うだろう?」


「アハハ……それはまあ、はい」


 今回の依頼、俺は一クレドだって払っていないし、調査対象である錆びた塊すらリエラさんから無償で譲り受けたものだ。他人の善意におんぶに抱っこのこの状態でそれ以上を要求するほど、俺の面の皮は厚くない。


「というわけだから、まずは試してみな。その持ち手のところに開いている穴に歯車を入れて回したら、多分動くはずだから」


「わかりました。やってみます」


 言われて剣の柄の部分を見ると、確かに小さな穴が開いている。なので俺はそこに右手から出した歯車をはめ……これ位置的には、剣を持った状態で手のひらから直接歯車をはめられるか? まあそれは後で検証するとして……魔力を込めて回し始める。しかしこいつは……っ!?


「か、固い……いや、重い!?」


「頑張れマスター! 頑張れ頑張れ! 歯車を回す姿がとってもカッコいいデスよー!」


「気が散るから少し黙ってろ! ぬぬぬぬぬぐぅ……うぉぁっ!?」


 重い歯車の手応えに、俺は気合いを入れて更なる魔力を込める。すると一定の力を込めたところでいきなりその抵抗が消え、歯車が高速で回りだし……そして次の瞬間。


ガシャガシャガシャ……ガシャン!


 まるで殻が割れるように刀身が拡張し、長さが一・五倍、幅に至っては三倍近くにまで広がった。広がった鋼の隙間からは歯車が露出しており、その上を薄く青い魔力の膜が覆っている。


「ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!? 何だこれ、超かっけー!」


「カッカッカ! どうやら動いたみたいだね。聞かれる前に言っとくけど、原理は全くわからないよ!」


「えぇ、わかんないんデスか?」


「そうさ。アタシは単に、あの錆びた塊にぎっしり詰まってた歯車の並び……魔導回路ならぬ歯車回路かね? それをそのまま再現してみただけさね。にしても、おそらく魔力で対象を強化する仕組みだろうとは予想していたけど、まさかでかくなるとはねぇ……本当にどうなってんだか」


「スゲースゲー! 超凄いじゃないですかヨーギさん!」


 難しい顔をしているヨーギさんをそのままに、俺は大いにはしゃぎながら剣を振り回す。大きくなっても重さは変わらないようで、こんなにでかい剣なのに余裕を持って片手で振り回せるのが凄い。


「マスター、それ重くないんデスか?」


「ああ、軽いぜ? いや、軽いってのも語弊があるが、普通の片手剣と変わらねー感じだ」


「なるほど……ねえヨーギ、これ剣として使えるデス?」


「普通に考えりゃ、無理だね。そんなもんはガラクタだ」


「えっ!?」


 ゴレミの疑問に答えたヨーギの言葉に、俺は剣を振る腕を止めてその顔を見る。するとヨーギは俺の顔を見ながら話を続けた。


「いいかい? 普通の剣ってのは金属の塊だけど、アンタのそれは鉄は外側だけで、中身はほとんど歯車なんだよ。そんなペラッペラの鉄板で魔物を斬ったりしたら、普通なら一発でへこんじまうよ。


 まあ剣の達人ならそれでもいけるんだろうが……アンタ、<剣術>のスキルすらもってないわけだろ?」


「はい、まあ……」


 聞いた話によると、<剣術>を極めればペラ紙一枚で大木を切り裂いたりできるらしい。が、俺のスキルは<歯車>だし、そもそも剣の腕だって年相応の人並みなので、達人にはほど遠い。


「それでも一応魔力で表面を覆ってるみたいだから、普通の鉄剣くらいの強度はあると思うけど、わざわざ魔力を使って鉄剣と同じ強度にするなら、そもそも普通の鉄剣を持てばいいだけだ。


 というか、単純に強度や切れ味を強化するだけなら、特殊なインクで魔導回路を書いたり、彫金で彫り込んだりする方がよっぽど実用的だよ。まあそれはそれで問題があるから、やっぱり一般的じゃないがね」


「え、じゃあこの剣って……」


「さっきも言ったろ? ガラクタさね」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ…………」


 あっさりとそう告げられて、俺は思いきり肩を落とす。そんな、こんなに格好いいのに、ガラクタ……


「元気を出してくださいマスター。ゴレミのように見た目も能力もパーフェクトな存在の方が珍しいんデス。見た目全振りの浪漫武器は男の子の夢なのデス!」


「そう、だな。うん。確かに、格好いいのは重要だよな……あっ」


 俺が気落ちして気を抜いたせいか、歯車の回転が止まったことで剣が再び元の形に戻ってしまう。こうなればただの鉄剣であり、俺が今腰に佩いているものとほぼ同じだ。


「せっかくだ、そいつはアンタにくれてやるよ。アタシが持ってても使い道がないし、アンタにしか使えないんじゃ売れもしないからね」


「ど、どうも……ありがとうございます」


「ありがとうデス!」


「いいってことさね。その状態で使う分には普通の剣だから、もし実戦で使いたいならそのまま使いな。それと展開して使うなら、歯車の回しすぎには気をつけるんだよ」


「回しすぎ? 何かあるんですか?」


「何かあるかがわからないんだよ。何せとんでもない量の歯車が、訳がわからないレベルで複雑に噛み合ってたからねぇ……単に壊れるだけならマシだけど、アタシが気づいてない別の機能が発動する可能性もある。


 あー、それと、もしその剣が壊れた場合、直すなら最低でも二〇〇万クレドはもらうよ」


「に、二〇〇万!?」


 そのあまりの高額に、俺は思わず剣を取り落としそうになって、慌てて手に力を込め直す。二〇〇万クレドともなれば、五年一〇年かけて貯める金だ。実用性のない見栄え武器に出すにはあまりにも高すぎる。


「あの、何でそんなに……?」


「理由は二つ。一つは仕組みがよく理解できないから、とにかく同じものを作るしかなかった事。いくつかの歯車にアタシには理解出来ない模様みたいなのが彫ってあってね。おそらく魔導回路だとは思うんだが、理解できないからこそその辺も全部再現するしかなくて、そのせいで滅茶苦茶な手間がかかってるのさ。


 で、もう一つは量産できないから。同じ部品を一〇〇個一〇〇〇個と作るなら業者に発注して単価を下げられるけど、一つだけとなればそうもいかないだろう? 歳取ってくるとこういう細かい作業は目に来るんだよ。


 だからそれは、正当な技術料さね。その剣を他の鍛冶師や魔導具師のところに持っていって『同じものを作れ』って言っても、間違いなくそのくらいは取られるだろうよ。いや、調べるところからだから、もっと取られるだろうね」


「そう、ですか……わかりました」


 その言葉に込められた実感が、ぼったくりという可能性を全力で否定する。そもそもここまで無料でやってくれた人が、今更俺みたいな駆け出しに取り立てようのない大金なんて要求するはずもない。


「ま、簡単な手入れくらいならしてやってもいいよ。勿論それはそれで金は取るけどね」


「ありがとうございます。じゃ、その時はお願いします」


 ヒラヒラと手を振って店の奥に戻っていくヨーギさんに再度お礼の言葉を継げて頭を下げると、俺は何とも微妙な剣を手に、ヨーギさんの店を後にするのだった。

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