閑話:弱者の王
今回は三人称です。
――――――――
「うぇーい! お前ら、飲んでるかー?」
町の中心たる<
一八〇センチほどの身長と細身ながらもしっかりと筋肉のついた体。まるでオオカミのようなもふっとした柔らかな金髪をなびかせる二〇代中盤くらいの男の声に、酒場のなかでたむろしていた若者達がこぞってジョッキを掲げて挨拶を返した。
「ジャッカルさん! ちぃーっす!」
「今日もスゲーいい女連れてますね!」
「ガッハッハ! 当たり前だろ? 俺だぜ? 女の方から寄ってくるんだから、抱いてやらなきゃ可哀想だろ?」
年若い探索者達の返答を聞き、ジャッカルが笑いながらその両手に力を込める。すると腰を引き寄せられ尻を鷲づかみにされた女達が、嬌声をあげながらジャッカルを見上げて艶のある吐息を吹きかける。
「あんっ! もう、ジャッカルさんったら」
「そんなことされたら、お酒を飲む前にベッドに連れて行かれたくなっちゃいますぅ!」
「おいおい、そりゃ流石に早すぎんだろ! おう、マスター! 酒もってこい! 勿論一番高いやつだ!」
大声でそう告げると、ジャッカルは誰に断るでもなく勝手に店の奥に入り、大きな長椅子にどっかりと腰を下ろす。その堂々たる態度は、彼がこの場で誰よりも上にいることを如実に表していた。
そしてそんなジャッカルの在り方に、少し離れたところで酒を飲んでいる若者達が顔を見合わせ話し合う。
「ジャッカルさんってスゲーよなぁ。俺もあんな風になりてー」
「だよな。ホント、『草原の狼』に入ってよかったぜ。確かに危ねーこともあるけど、その分稼ぎはいいしな」
「あんなところは悪人のたまり場だーとか言ってた奴ら、まだ二層で足踏みしてるんだぜ? マジで惨めで、この前指差して笑っちまったよ」
「ギャッハッハ! いい子ちゃんは黙ってネズミ狩りでもしてろってことだろ」
草原の狼……それはジャッカルに憧れる若者が中心となって集まった、非公式のクランである。探索者ギルドに認められた正式なクラン……集団ではないため正規の優遇措置などはないが、代わりにここではより効率的な金の稼ぎ方を教えてくれる。
もっとも、それは良識を無視した自分勝手なものであったり、ギリギリ合法……あるいは発覚したら違法になるような手段がほとんどだ。まともな人間は近づかないが、その派手な生活態度や自由奔放な生き様に憧れる若者は多く、探索者は自己責任ということもあって、草原の狼には常に一定数の探索者が加入していた。
そして、そんな若者達の崇敬を集めるジャッカル自身もまた、<
「あー、今日もいい気分だぜ……あれ? そう言やダドリーの奴はどうした?」
だがその言葉に、周囲の空気が唐突に凍り付く。場の変化を不審に思ったジャッカルは、近くにいた適当な男を睨み付けながら言葉を続けた。
「おいテメェ、こりゃ何だ? ダドリーの奴がどうかしたのか?」
「あ、あの、ジャッカルさん? ダドリーは一ヶ月位前に逮捕されてますけど……?」
「あぁ? 逮捕!? 何でだよ?」
「ひえっ!? そ、その、ちょっと前に話題になったゴーレム連れの新人を襲って、返り討ちにあったって……」
「ゴーレム連れ……? あー、そう言えばそんなのがいたな」
言われて、ジャッカルは酒で濁った思考を巡らせる。すると確かに少し前に、やたらおしゃべりなゴーレムを連れた新人探索者がいたという情報を思い出した。
「でもありゃ、実際にはただの石像を<人形遣い>のスキルで動かしてるだけなんだろ? そんなのが強かったのか? 潜ってるのは何層だ?」
「えっと……ダドリー達がやられたときは、三層に降りてすぐだったはずです」
「ハァ!? ダドリーの奴、んな浅いところにいる新人に負けたのか!?」
驚きのあまり、ジャッカルは思わず声を荒げる。新人で三層や四層ということは、特に強くも弱くもない奴ということだ。少なくともこの酒場にいる者達で、その層で活動できない雑魚は一人もいない。
だというのに、七層を探索していたはずのダドリーが負けたという。意味がわからず顔をしかめるジャッカルに、その男が声を震わせながら弁明を続ける。
「お、俺もよくは知らないですけど、なんか騙されたとか、罠にはめられたとか……」
「んなことどうでもいいんだよ! この俺が目をかけてやったってのに、糞雑魚にいいようにされたってのが問題だって言ってんだ!」
「ぎゃっ!?」
苛立ちに身を任せてジャッカルが投げたジョッキが、男の顔に命中して悲鳴をあげさせる。だがその程度のことでジャッカルの気持ちが収まるはずもない。
「おいテメェ等、わかってんのか? 探索者なんて舐められたら終わりなんだぞ?」
「それは……でも…………」
ジャッカルの言葉に、しかし周囲の面々は及び腰だ。ジャッカルの一党には若者が多く、ダドリー達もまたその一人でしかない。加えてダドリーは自分より下の者に強く出る傾向が強かったので、この場の者達からすると「ちょっと先輩なだけで調子に乗ってた馬鹿が、失敗してその代償を払わされた」という感想しかないのだ。
そんな奴が捕まったところで、誰も怒ったり悲しんだりするはずもない。精々が「あんなにウザいこと言ってたのに、あっさり捕まって超ダセー」とあざ笑うくらいなのだが……唯一ジャッカルだけは違う。ジャッカルだけが、自分の立ち位置を正確に理解しているのだ。
「……チッ、腰抜けの糞共がっ!」
ガンッと大きな音を立てて、ジャッカルは自分の足をテーブルの上に投げ出す。その衝撃で酒の入ったジョッキが倒れたが、そんなこと気にしない。
二〇層を超えられる中級探索者であるジャッカルは、この場では圧倒的に強者だ。だが同時に、深層で活動するような真なる強者には遠く及ばないことも理解している。
そして自分の才能が、このくらいが限界だということもわきまえている。真剣に訓練したり、同じくらいの実力の仲間を集めてパーティ活動すれば違うだろうが、そんな
好きに寝て好きに食い、好きに抱いて好きに戦う。それができなくなるくらいなら、ジャッカルにとって上を目指す意味などないのだ。
(ダドリーの野郎、せっかくちょっといい装備を恵んでやったってのに、恩を返すどころかこの俺の王座を揺らしやがって)
そしてそういう自由を享受できるのは、周囲の者達がジャッカルに
「ふーっ…………わかった。ならそいつは、この俺が直々にぶっ飛ばしてきてやろう」
「えっ、ジャッカルさんが直接行くんですか!?」
「パねー! そいつ死んだな」
のっそりとソファから立ち上がったジャッカルに、女達は名残惜しそうにその手を離し、周囲の若者達は我先にとジャッカルを囃し立てる。その空気に大いに自尊心を満たしていくと、ジャッカルは改めて近くにいた男に声をかけた。
「おい、ダドリーをやった奴の情報を、もっと詳しく教えろ」
「は、はい! えっと、男の方の名前はクルトで、スキルは<歯車>だそうです。
で、女の方はゴレミで、多分スキルは<人形遣い>です。ただ操ってるゴーレムはいつでも男と一緒に行動してますけど、本体の方は誰も見たことがないみたいですね」
「あーん? 誰にも知られず見つからずに、ずっとゴーレムだけ操ってるってことか?」
ほんの一瞬、ジャッカルの脳裏に「その女を掠って、男の前で痛めつけるのはどうだろうか?」という考えがよぎる。だがダンジョン内部ならまだしも、町中で人を誘拐するのはリスクも難易度も高すぎる。
所詮自分はチンピラの親玉であり、衛兵を黙らせる権力なんてもっていないことを、ジャッカルはちゃんと理解していた。
「まあいいや。で、男の方は……歯車? そんなスキル聞いたこともねぇぞ? 何ができるんだ?」
「それが……」
「手から歯車を出して、それを投げつけるらしいっすよ!」
「……歯車を、投げる? 石礫みたいなもんか?」
「多分そうっす! 俺、そいつが戦ってるところを遠くから見たことありますから!」
「ほーん……」
別の少年が告げた言葉に、ジャッカルは顎に手を当て考え込む。実力伯仲の相手が突然使うなら嫌な技だが、圧倒的な格下が破れかぶれで投げてくる石ころなんてどうということもない。ジャッカルの顔にニヤリと邪悪な笑みが浮かび……
「よし、なら早速――」
「えー! ジャッカルさん、本当に私達を放置していっちゃうんですか?」
「せめて今日くらい、私達とイカせあって欲しいですぅ」
「……んふっ。そうだな、雑魚をぶっ潰すのに、そこまで焦る必要もねぇか。わかったわかった。じゃあ今日はたっぷりとお前達を可愛がってやるよ!」
「「きゃー!」」
緩んだ表情になったジャッカルが、しなだれかかってきた女達を力強く抱き寄せる。弱者の王が動き出すには、もうしばらく時間がかかるようだ。
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