苦み走った復讐者
さて、謎の錆びた塊の分析はヨーギさんに任せたわけだが、ならば答えが出るまで待機するなどという生ぬるい日々を、底辺探索者たる俺が許されるはずもない。
それにそもそも、俺は新たな能力を習得したばかりだ。それを試し、かつ以前の雪辱を果たすためにも、俺は改めて<
「ふっふっふ、会いたかったぜムカデ野郎」
チキチキチキチキ
俺の目の前に立ち塞がるのは、あの日と同じジャイアントセンチピード。まああの個体はそもそもゴレミが倒したので単に同じ種類の魔物というだけなのだが、そういう細かいことは気にしない。
「本当に一人で大丈夫デスか?」
「多分な。あーでも、危なそうだったらいつでも助けに入ってくれ。もう一回怪我するなんざ御免だからな」
「手助けを躊躇しないのが、実にマスターな感じデス! ではゴレミはここでマスターの成長を生暖かい目で見守るのデス!」
「石なんだから冷たいだろうに……いや、ちょっと温かかったか?」
いつものやりとりで緊張している気持ちをリラックスさせつつ、俺は改めて巨大ムカデを見据える。蛇が鎌首をもたげるように状態を起こして顎を鳴らすジャイアントセンチピードは、相変わらずの迫力だ。
ちなみに、今回はお供のゴブリンはいない……というか、既にゴレミが片付けているので、純粋に一対一だ。つまりこれで負けたら、ちょっと成長したくらいじゃ俺に第四層は早いという現実を突きつけられることになるわけだが……
「…………いける!」
怪我を思い出して弱気になりそうな心を奮い立たせ、俺は右手のなかに歯車を生み出す。いつどんな相手だろうと、俺の初手はこれに決まってる。
「食らえ、歯車スプラッシュ!」
チキチキチキチキ!
昆虫特有の固い甲殻に、俺の歯車は微塵もダメージを与えられない。そのままポトリと床に落ちて歯車トラップと化すが、これもまたムカデの巨体と多数の足には無力とばかりにあっさりと潰される。
ここまでは以前と同じ。だが今の俺には、ここから先がある。
「ふふふ、行くぜ、歯車ドッキング! からの……ダブル歯車スプラッシュ!」
俺は右手と左手に生みだした歯車をガッシリと組み合わせ、二つ一組になった歯車をジャイアントセンチピード目掛けて投げつける。普通ならただ並べただけの歯車なんて秒で空中分解しそうなものだが、そこは<歯車>スキルの恩恵というか、俺が意識しない限り組み合わさった歯車がバラバラになることはない。
そして重量が倍になったことで、礫としての威力もやや上がっている。ジャイアントセンチピードに命中したダブル歯車はボコッというやや重い音を立て、ジャイアントセンチピードが少しだけ嫌そうに体を揺らす。
だが、それでもなお甲殻に小さなへこみを作るくらいで、致命傷にはほど遠い。やはり床に落下したダブル歯車をジャイアントセンチピードは乗り越えようとして……そこで遂に新必殺技が炸裂する!
「かかったな! いけ、歯車バイト!」
キュォォ……ブチブチブチブチッ!
ギチギチギチギチ!?
回転する歯車に巻き込まれ、ジャイアントセンチピードの足がブチブチと千切れていく。虫は痛みを感じないって話だが、もし痛覚があるなら悲鳴をあげていたことだろう。
それに、幾ら足が大量にあるとはいえ、体の三分の二を起こしている状態だ。床に面している足の数は事実上三分の一であり、その部分の足をブチブチとちぎられれば、今の体勢を維持することなどできるはずもない。
追加でダブル歯車を投入していくと、程なくしてバターンという大きな音をたて、ジャイアントセンチピードの巨体が地に伏した。
「うおっと! へへ、まずは上手くいったな」
もし俺の歯車バイトがジャイアントセンチピードの足を引きちぎることができなかった場合、このバトルはここで終了だった。ゴレミに後始末をしてもらったら、情けない俺は情けなく尻尾を巻いて逃げ、第三層で更なる修行に励むことになったのだが、それは杞憂に終わってくれたらしい。
とはいえ、戦闘はまだ終わっていない。むしろ敵からすれば、ここからが本番だ。
チキチキチキチキ!!!
敵はムカデの魔物……つまり今の状態こそが本来の姿であり、体を持ち上げていたのはあくまでも威嚇でしかない。低い姿勢からの高速移動はこちらの攻撃が非常に当てづらく、そのくせ相手のかみつきはこっちの足を的確に狙ってくる。
勿論足ならやられても即死するわけではないが、動けなくなったら死んだも同然だ。あとはゆっくりと全身を囓られ、俺はめでたくジャイアントセンチピードのランチに成り果てるだろう。
ならばこれは絶体絶命のピンチか? 以前の俺ならそうだろう。ゴレミに泣きつき、ムカデ野郎の頭を踏み潰してもらうしか生き残る術がない。
だが今は違う。今の俺には、これこそが好機にして勝機!
「地に足がついたな? だがそいつは負けフラグだぜ! ダブル歯車スプラッシュ!」
俺は追加でダブル歯車をまき散らし、その全てを回転させていく。噛み合う歯車は地を這うジャイアントセンチピードから生えた数え切れない程の足を次々と巻き込んでいき、無事だった残り三分の二の足を引きちぎっていく。
ギチギチギチギチ!?
「踊れ踊れ! もだえ狂え! お前はもう……俺の歯車の上だ!」
慌てて巨体をのけぞらせるジャイアントセンチピードだが、足を失えばどうしようもない。勢いよくジタバタとしてはいるものの、任意の方向に移動するのは不可能だ。
「どうした? のたくるだけか? まだ一〇や二〇は足が残ってんだろ? 人間様なら二本で歩けるんだから、いけるって! 頑張れ頑張れ!」
足の大半を失ったジャイアントセンチピードを前に、俺は盛大に煽り倒す。だがもはや満足に動けぬ巨大ムカデは無様に体をくねらせるのみで……うん、何かちょっと可哀想になってきたな。
「あー……馬鹿を煽るのはいいけど、獲物を嬲るのは違うよなぁ。お前は俺の前に立ちはだかった最初の壁。それを今、俺は<歯車>の力で乗り越えた。強敵の最後に、俺も敬意を示そう。
じゃあな。怖かったけど……楽しかったぜ」
俺は腰の剣を抜き、甲殻の継ぎ目に差し込んで頭を切り落とす。するとすぐに奴は動かなくなり、その巨体が霧のように消えていった。
「ふぅ……」
「お疲れ様です、マスター」
「おう。ゴレミもありがとな」
「フフフ、ゴレミはいつだってマスターの期待に応える、愛の戦士なのデス!」
「何だよそれ? ったく……よし、それじゃこの調子で、次にいってみるか!」
当たり前だが、ジャイアントセンチピードは唯一のボスとかじゃなく、この階層を徘徊しているただの雑魚だ。一対一で倒せたからって調子に乗るような存在じゃない。
「次はどんな感じで戦うデス?」
「うーん、ゴブリン一体と同時……はまだきついか? かといってゴレミを前衛にして全部の攻撃を引き受けてもらっちまうと、結局は背後から歯車を投げるだけになっちまうしなぁ」
「スキルは使えば成長するというのなら、それはそれで悪くないのではないデスか?」
「まあそうなんだけどよ……って、そうか。別にそれでいいのか」
よく考えてみたら、ここで焦る理由など何一つない。そもそも第三層でだって一ヶ月も訓練していたのだから、ここでだって同じくらい……あるいはもっとじっくり訓練したっていいのだ。
「いい感じに進みすぎて、また調子に乗りかけてたってか。流石に同じ失敗を繰り返すのは笑えねぇよな」
「なら代わりにゴレミが笑ってあげるデスか? やーい、マスターのお調子者ー! ゴレミの胸やお尻をチラチラ見てるむっつりスケベー!」
「何でだよ!? 石壁見てるのと変わんねーじゃねーか!」
「ほぅ? 見てること自体は否定しないデスか?」
「だから――」
「ちらっ」
ゴレミがわざとらしくメイド服のスカートを翻すと、俺の視線は思わずその動きを追ってしまう。するとゴレミが渾身のドヤ顔を浮かべてニヤリと笑う。
「ほら、やっぱり見てるデス!」
「ぐっ、これは男のサガというか、本能みたいなもんで……うぎぎぎぎ」
「さあ、それじゃマスターがゴレミの魅力にメロメロになっていることも確認できたデスし、次の魔物を探すデス!」
「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……」
意気揚々と俺の前を歩くゴレミに対し、俺はこれ以上無いほど苦い表情を浮かべながらもその後をついていくのだった。
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