望まぬ成長

「うーん、これは…………」


 難しい顔をしながらペタペタと錆びた塊を触り続けるヨーキさんに、俺達はただ黙って成り行きを見守る。そうしてしばらく経つと、遂にヨーキさんが錆びた塊を手放し、天を仰いで言う。


「何にもわからないね!」


「わかんねーのかよ!?」


 あっさりとそう言われ、俺は思わず渾身の突っ込みを入れる。だがそれを聞いたヨーキさんは、何処か楽しげにニヤリと笑った。


「カカカ、焦るんじゃないよ。少なくともこいつは、外からちょっと見た程度でわかるような代物じゃないってことさ。


 ただねぇ、そうなると後は分解してみるしかない。そしてこの状態だと、分解してる間にもボロボロ壊れちまうだろうから、もしアタシがこいつの仕組みを全く理解できなかったとしても、その残骸を他の誰かのところに持っていってもう一度調べるってのは多分無理だ。


 で、どうするね? アタシに任せるかい? それとももっと有名な<魔導具作成>とかのスキル持ちのところに持っていくかい?」


「それは…………」


 問われて、俺は考え込む。リエラさん曰く、この錆びた塊に予備はない。つまりこれが最初で最後であり、しかも調べることすらこの一度しかできないという。


 ならばそれを任せるのは、専門のスキルを持っている人の方がいいに決まってる。決まってるが……


「いえ、そのままヨーキさんにお願いしたいです」


「ほう? 何でだい? 一応言っとくけど、駄目だった時の文句は受け付けないよ?」


「ハハハ、言いませんよそんなこと。それと理由は単純で、ヨーキさん以外に頼めそうな人がいないんですよ」


 そう、迷うというのは選択肢がある奴の特権だ。俺みたいな底辺駆け出しの探索者に、そんな都合良く一流の技術者の知り合いなんているはずもない。あるいは大金を積めばいけるのかも知れねーが、無論そんな金だってない。


 つまりヨーキさん一択……いや待て。


「あっ!? あの、今更なんですけど、これ調べてもらうのに幾らくらいかかるんですかね?」


 そんなことを考えたことで、俺は初めて金のことに思い至った。仕事として依頼する以上金を払うのは当然だが、俺の手持ちで払える額なんて大したものじゃない。回復薬と解毒薬は何とか買い戻せたが、逆に言えばそのせいで再び資金に余裕がなくなったのだ。


「んー? そうだね。魔導具の解析……しかも分解からってなると、最低でも三〇万クレドくらいからかね」


「ヒュッ」


 ヨーキさんの口から出た金額に、俺の口からも魂が漏れる。三〇万……どうやっても無理だ。いや、時間をかければいずれは稼げるだろうが、数日とか数週間で用意できるような額じゃない。


「……ゴレミって、確か二〇万クレドくらいで売れるんだっけか?」


「ぬあっ!? 何でゴレミをそんな目で見るデスか!? ゴレミの価値はプライスレスなのデス!」


「ハッハッハ、わかってるって。本気で売るわけねーだろ……ちょっと質に入れるくらいで」


「何もわかってないデス!?」


「カッカッカ、じゃれるんじゃないよ。言ったろ? アタシは今小金持ちだから、金には困ってないのさ。武具を打ってくれって言うならともかく、あのリエラの嬢ちゃんの紹介だって言うなら、調べるくらいはタダでやってやるさね」


「マジですか!? やったー!」


「流石はオババ! そこに痺れる憧れるデス!」


「何だいそりゃ? んじゃ、仕事場の方にいこうかねぇ……ああ、これはアンタが持ってきとくれ。アタシがこんなもの持ち運んだら、腰をやっちまうからねぇ」


「え、そうなんですか?」


「当たり前だろ? <美肌>はあくまで肌の質がよくなるだけで、中身は年相応さ。ちょいと脂っこいものを食べたら、一晩胸焼けがして眠れなくなっちまうくらいにはねぇ」


「それは何ともオババっぽいデス」


 そんなことを話しながら、俺は錆びた塊を持ってヨーキさんの後をついていく。そうして店の奥にある鍛冶場につくと、金床の上に錆びた塊を置いた。


「さて、それじゃ炉に火を入れて……まずはコイツを温めて、表面を軽く溶かすところからだね」


「金槌で叩いて壊すとかじゃないデス?」


「もうちょっと状態がよければそれもできたんだけど、これを叩いたら一気に全部が砕けちまいそうだからね。接合部を熱で溶かして、蓋を開けるみたいにするのさ。さ、危ないから少し離れてな」


「はーいデス! ほら、マスターも!」


「おう、そうだな」


 俺達が数歩後ずさるの確認すると、ヨーキさんが炉のつまみやらボタンやらを操作し、最後に魔石を炉に開いた口に投入する。するとみるみる炉の温度が上がっていき、同時に露出しまくっているヨーキさんの肌が赤くなる。


「あの、ヨーキさん? その格好のままやるんですか?」


「ああ、そうだよ。それがどうかしたかい?」


「どうかって、熱くないですか? てか、下手したら火傷しますよね?」


「カカカ、そうだねぇ。でもアタシにはこれが必要なんだよ」


 炉に集中し始めたヨーキさんは、俺の質問に答えると言うより、自分のなかの思いを語るように言葉を続ける。


「普通の鍛冶師は、当たり前だがこんな格好で作業なんてしない。でもアタシには<鍛冶>のスキルがないからね。こうして露出した肌で直接熱を感じることで、足りない分を補ってるんだよ。


 ただまあ、アンタの言うとおり、こんな格好で鍛冶なんてしたら火傷する。実際アタシの肌は何度も焼かれて、本来なら二目と見られないくらい酷い状態になっていたはずなんだが……でもアタシには<美肌>のスキルがあるからね。


 なあアンタ……クルトだったか? スキルってのはどうやって成長するか知ってるかい?」


「へ!? それは勿論、スキルを使えば、その分だけ成長します……よね?」


「ああ、その通りだ。じゃあ<美肌>のスキルは、どうやったら使ったって言えると思う?」


「えぇぇ……?」


「お風呂に入って綺麗に磨くとか、香油を塗ってお手入れするとかデスか?」


 首を傾げる俺の代わりに、ゴレミがそんな答えを口にする。だがそれに対してヨーキさんは、何処か皮肉げな笑みで首を横に振る。


「カカカ、確かに大多数の奴はそう思うんだろうね。かくいうアタシだって、昔はそう思ってたさ。でも違うんだ。<美肌>スキルを使うってのはね、皮膚を傷つけ、再生させるってことなんだよ。


 <鍛冶>のスキルがないアタシは、こうして常に肌を炉の熱に晒し、焼き続けてきた。火花が跳ねて火傷したことだって数え切れないほどある。でもね、どういうわけかアタシの肌には火傷の跡が残ることはなく……それどころか日を追う事に肌の質がよくなっていったのさ。


 最初、アタシはそれをただ便利だと思うだけだった。<美肌>なんてスキルが思わぬ役に立ってくれたとね。だが二〇を超え二五を超え、三〇歳になった頃、アタシは自分の異常に気づいた。ずっと肌が綺麗なだけじゃなく、徐々に若返っているってね」


「……………………」


 その自分語りに、俺達は静かに聞き入る。隣でゴレミが「二回連続で自分語りなんて、ゴレミですらまだやってないのに……グギギ」と悔しがっていたが、そこは完全無視だ。


「で、気づけばこの有様さ。日常的に肌を焼き続けた結果、アタシはすっかり子供みたいな見た目になっちまった。しかも鍛冶の仕事をし続ける限りは肌を焼き続けるわけだから、ここからもう一度歳を取ることもない。


 一昨年死んだ爺さん……旦那なんて、最後はちょいとボケちまって、アタシのことを孫と間違えてたんだよ? 笑っちまうさね」


「オババ……」


「若い外見を羨ましがる奴もいるけど、アタシにはこんなもの何の価値もありゃしない。いっそ天啓の儀なんて受けなきゃよかったと思った事もある。


 でも今じゃ、何もかもひっくるめて、これがアタシの生き様さ……ほら、何かわかったらリエラの嬢ちゃんに伝えとくから、アンタ達はもう帰んな」


「……わかりました。よろしくお願いします、ヨーキさん」


「お願いするデス」


 そう言って一礼する俺達に、ヨーキさんはもう何も答えることなく、赤い炉を真剣に見つめるのみ。黙って店を後にした俺が最後に見た少女の背中には、四〇年以上槌を振るってきた鍛冶師の矜持が浮かんでいた。

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