職人の拘り

「ほら、飲みな」


「どうも、いただきます」


 奥の部屋へと通された俺達の前に、簡素なカップに注がれた茶色いお茶が出される。ちょっと焦げ臭いような匂いのする不思議なお茶は、口に含むと優しい渋みが広がる。


「お、美味いなこれ」


「カカカ、そりゃよかった。アタシの自家製の煎り麦茶だよ。そっちのお嬢ちゃんは……」


「うぅ、申し訳ないデスが、ゴレミは飲んだりできないのデス」


「だろうね。ま、気にしなくていいさ。アタシが出したかっただけだからね」


「大丈夫デス! オババの気遣いはゴレミのハートを鷲づかみデス!」


「そうかいそうかい」


 元気にそんなことを言うゴレミに、ヨーキさんが目を細めて微笑む。こういう仕草も含め、何気ない仕草の一つ一つは間違いなく彼女が年を経た存在であると伝えてくるのだが……だからこそ外見とのギャップが酷く、その違和感が俺の頭を悩ませる。


「さて、それじゃ改めて自己紹介しとこうかねぇ。アタシはヨーキ。この道四〇年の鍛冶師さ」


「これはどうも。俺はクルト。まだ登録して二ヶ月ちょっとの新人探索者です」


「ゴレミはゴレミです! マスターの愛の奴隷で、幼妻デス!」


「お前はまたそんなことを……えっと、コイツはあれです。俺の幼なじみなんですけど、体の問題で基本寝たきりなんで、<人形遣い>のスキルでこの体を操ってるんです」


 アホな事を言うゴレミの頭をひっぱたきながら、俺はいつもの言い訳を伝える。するとヨーキさんはわずかに目を細め、まじまじとゴレミを観察してくる。


「そうかい。訳ありだとは思ってたけど、<人形遣い>ねぇ……」


「あの、何か……?」


「いや、いいさ。客の都合はアタシには関係ないからね。それよりアンタ達、アタシに仕事を頼みに来たんだろ? 一体何をして欲しいんだい?」


「あ、はい。実は……」


 そう言って、俺は脇に置いていた錆びた塊をテーブルの上に置いてから、俺のスキルやこれをもらった経緯などを説明していく。そうして話を終えると、ヨーキさんは軽く腕組みをしてから深く頷いた。


「なるほどねぇ。武具にして魔導具、なら確かにアタシ向きの仕事だね」


「そうなんですか? 失礼ですけど、俺ヨーキさんのこと何も知らなくて……」


「カカカ、別にいいよ。アタシは有名でも何でもないからね。でもそれなら、そうだねぇ……何でアタシがスキルもないのに鍛冶師をやってるかを話してやろうか」


「おお、回想シーンデスね! 出会ったばかりの人でそれをやるとか、なかなかに蛮勇デス!」


「またお前は訳のわからんことを……」


「カカカ、回想なんて大層なもんじゃないさ。アタシの爺さま……連れ合いじゃなく、親の親の方だね……その爺さまが鍛冶師でね。子供の頃にそれを見たアタシは、『自分も鍛冶師になりたい!』って思ったんだ。


 で、天啓の儀を受けたんだが……」


「鍛冶関連のスキルがなかったんですか?」


 天啓の儀で得られるスキルが、本人の望むものとは限らない。ならばそうかと問う俺に、しかしヨーキさんは大きく首を横に振る。


「うんにゃ。あったよ。<鍛冶>のスキルが、ちゃんとあった」


「え!? じゃあ、何で?」


「若気の至りってやつだねぇ。スキルなんてもんに頼ることなく、アタシは自分の腕一本で世界一の剣を打ってみたいって思っちまったんだよ。だから鍛冶から一番遠かった<美肌>のスキルを取ったのさ」


「あー、それは…………」


 スキルは神から与えられる恩恵であり、ただ持っているだけで人に大きな影響を与える。純粋な能力強化だと取得した瞬間に「生まれ変わったようだ」と感じるくらい変わるというし、技能系なら初めての作業すらまるで以前からやっていたかのようにスムースに体が動くらしい。


 そして、だからこそそれを嫌う人というのは、昔から一定数いる。いきなり出来るようになり、最短最速で成長してしまう・・・・・せいで、それを自分の力だと思えないからだ。


 勿論、そんな考えを否定するつもりはない。<剣術>のスキルをとれなかった俺が普通に剣を振っていられるように、スキルがなくてもそれに該当することができなくなるわけではないのだから、価値観の一つとしては十分にアリだ。


 だがそれは、自分が必死に走る隣を、スキル持ちが馬に乗って激走していくようなものだ。普通の人間ならば、意地やこだわりでその差を受け入れるのは時間が経てば経つほど難しくなるわけで……


「カカカ、そんな顔しないどくれよ。ああ確かに、今思い返せば失敗したと思うよ。周りがめきめき腕を上げてくなか、アタシはいつまで経っても鍋だの蝶番だのを打つばっかりだったからねぇ。


 で、このままじゃいつまで経っても一人前にはなれなそうだし、かといって単に鉄を打つだけじゃ、<鍛冶>のスキルを持ってる奴らには敵わない。それでアタシは少し目先を変えたんだ。単純に武具の出来が及ばないなら、それ以外の付加価値をつければいいんじゃないかってね」


「付加価値デスか?」


「そうだよお嬢ちゃん。それでアタシは、魔導具を作る方法を覚えて、それを自分の打つ武具に組み込んだんだ。そうしてできあがったのが、店に並べてる商品さね。魔力を流すと刀身が炎に包まれたり、盾の表面に土が現れて衝撃を緩和してくれたり、鎧の表面を氷が覆うことで熱から身を守ったり……」


「うぉぉ、凄いじゃないですか!」


 ダンジョンから見つかる武具なら、そういう特殊効果のついたものはある。が、それと同じようなものを作れる人なんて見たことがない。興奮する俺に、しかしヨーキさんは何とも言えない苦笑いを浮かべる。


「ああ、確かに凄いね。アタシも凄いと思ったんだ。それで自信満々に店を開いたんだけど……結果はこれだよ」


「そう言えば、あんまり儲かってなさそうデスね……凄いのに、お客さんが来ないデス?」


「そうなんだよ。アタシが作った武具は複雑な機構が組み込まれてるから、手入れも大変だし値段も高い。とてもじゃないけど駆け出しが手を出せるようなもんじゃないんだ。


 かといって金に余裕のある上級の探索者なら、ダンジョンからもっとずっと性能のいい武具が見つかるだろう? 純粋な武具としての性能は微妙で、付与されている効果も見劣りするとなれば、誰が金を払ってそんなものを買うかい。


 鍛冶にしろ魔導具にしろ、スキルがないアタシは所詮二流止まり。二流の武具に二流の魔導具の効果を詰めて、値段は一流にせざるを得ない……誰もやってないことはアタシにしかできないことじゃなく、失敗するのが見えていたから誰もやらなかっただけって、よくあるオチだよ」


「おぉぅ、それは……」


「何とも世知辛いデス……」


 自嘲気味に笑うヨーキさんに、俺とゴレミは返答に困ってそれだけ言う。そしてそんな俺達に、ヨーキさんは更に皮肉っぽい笑みを深めて続ける。


「加えて言うなら、ちゃんとした<鍛冶>のスキル持ちが、<魔導具作成>のスキルを持つ奴と組んでオーダーメイドの依頼を受ければ、アタシなんかより遙かに凄いもんも作れるんだよ。ただ値段が馬鹿高いから世間に知られてないってだけでね。


 そこまで知っちまったらもう、あとは開き直りさ。意地だけで自分なりの武具を打ちはしても、もの好きの金持ちやダンジョン産の武具を手に入れる運に恵まれてない探索者が繋ぎとして買ってくれたりするから、まあまあ食いっぱぐれることはなかったけど、武具だけってこだわりは捨てて、見習いの頃みたいに日用品も打つようになった。


 最近は歳とって体も弱くなったからむしろそっちばっかりになったんだけど、鍵の代わりに持ち主の魔力を読み取って開く南京錠とか、火がなくても熱くなる鍋なんかは随分と売れるみたいでね。武具を打ってた頃より随分と金がもうかっちまって、何だか複雑な気分だよ」


「あはは……あーでも、そういうことってありますよね」


「今の商品は凄く便利そうデスけど、じゃあ何でこのお店はちょっと寂れてるデス?」


「ん? ああ、その手の品は表通りにある息子夫婦の店に置いてるから、こっちじゃ売ってないんだよ。知らないかい? ディンギ魔法商店って言うんだけど」


「えっ!? あのでかい店ですか!?」


 ディンギ魔法商店は、エーレンティアの町で上から数えた方が早い大きな店だ。主に日用品となる魔導具を扱っているので俺はあんまり馴染みはないんだが、逆に言えばそんな俺が知ってるくらいには有名な店である。


「ぐぬぬぬぬ、外見詐欺なロリババアというだけでキャラが立っているのに、実はお金持ちで息子が大きなお店を持ってるとか、属性が山盛り過ぎて渋滞を起こしてるデス……」


「カッカッカ、息子は関係ないさね。アタシはあくまでもアタシだよ。さて、それじゃ早速コイツを調べてみようかねぇ」


 何故か悔しそうな声を出すゴレミをそのままに、ヨーキさんはカラカラと楽しげに笑ってから、俺が置いた錆びた塊をペタペタと触り始めた。

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