圧倒的見た目詐欺

 翌日。俺はリエラさんからもらった錆びた塊を抱え、エーレンティアの一角にある、職人街と言われる場所に足を踏み入れていた。俺みたいな駆け出しが使う武具は大通りに面した店にある数打ち一択なので、ここにこんな奥まで入ってきたのは初めてだ。


「おおー……何かこう、浪漫があるな」


「このゴチャゴチャした感じが、絶妙にテンションをアゲてくるのデス!」


 この手の場所にいる職人というと真っ先に鍛冶師が思いつくし、俺達が探しているのもそうなのだが、実際には鍛冶師ばかりが職人街にいるわけではない。大量のおばちゃん達が入っていくのは服飾系の店だろうし、木やら石やらを削っているのは建築関係……いや、それとも装飾系だろうか? ごちゃりとした町並みに色んな人達が凝縮しており、歩いているだけでも無意味にわくわくした気分になる。


 とはいえ、遊びに来たわけではないのだから、いつまでもフラフラと見学していることはできない。俺はリエラさんに教えられた店を目指し、幾度となく取り壊しと増改築が重なった結果、まるでダンジョン内部のように入り組んだ道を進んでいき、三〇分ほどかけてようやく目的地だと思われる場所に辿り着いた。


「ここ、だよな……?」


「ビミョーに寂れてるデスね」


 毎日掃除されたりはしていないが、長年放置されているというわけでもない。単純に客が少ないか、接客に積極的ではなさそうな雰囲気のある小さな店には、「ヨーギ魔導武具店」という看板が掛かっている。店というなら遠慮する必要もないだろうと扉を開けると……しかし店内には誰もいなかった。


「ありゃ? すみませーん! 誰かいませんかー?」


「あいよー。ちょっと待っとくれー!」


 大きな声で呼びかけると、奥からややしわがれた老人の声が聞こえる。声の質からしておそらく女性だろう。


「女の鍛冶師さんなのかな? 珍しいな」


「そうなのデスか? スキルがあれば性別は関係なさそうデスが」


「ま、能力的には誤差の範囲だな。ただ鍛冶って熱くて狭い部屋に籠もって鉄を打つ作業だろ? 純粋に人気がねーんだよ」


「そうデスかね? 鍛冶女子というのも女子力が高そうデスが」


「はいはい、待たせたね」


 そんな話を俺達がしていると、店の奥から声の主がのっそりと現れる。だがその姿は俺の想像とは大きくかけ離れていた。


「……え? あれ?」


「あー、はいはい! 言いたいことはわかってるから、先に言うよ。ここはアタシの店で、ここに並んでるのはアタシが鍛えた武具だ。それでいいなら好きなのを選びな。で、嫌なら別の店に行くんだね」


「鍛えたって……いや、だって……えぇ!?」


 俺の目の前に立っているのは、俺と同じか、下手したらちょっと年下かも知れないような外見をした少女。まるで頭上で火が燃えているような、短く刈り上げた赤いチリチリの髪型と、ややダボッとした青い前掛けを身に纏う、正真正銘の女の子だったのだ。


「ウギャー!? まさかの天才少女デス!? ゴレミとキャラが被ってるデス!」


「被ってねーよ? ギリギリ被ってるにしても身長くらいだろ?」


「誰が子供だって!? アタシはこれでも五八歳だよ!」


「ウギャー!? まさかのロリババアデス! ゴレミとキャラが被ってるデス!」


「だから被ってねーよ! 身長ですらゴレミの方が低い……って、五八歳!?」


 やかましいゴレミをそのままに、俺はもう一度目の前の少女を……いや、申告通りの年齢なら老女なんだろうが……見る。店に飾られた武具を自分で打ったというのなら鍛冶師なんだろうが、その割には肩や足などから素肌が露出するおよそ鍛冶師らしくない格好をしており、その肌はとても美しい。


 それが一番目立つのは、やはり顔だ。六〇歳近いというのに皺の一つもないどころか触れたらぷるんとはじき返してきそうな肌艶は、どう考えてもその年齢には……え、まさか!?


「嘘だろ、<不老>スキル……!?」


 あると言われている……というか、「あったらいいな」と考えられている空想スキルの筆頭であり、どこぞの山奥に何千年も修行してる奴が住んでるとか、普段は顔を見せない女王が実は代替わりしておらず何百年も同一人物だとか、酔っ払いの戯言レベルの噂ならいくらでもあるが、まさかこれは――


「カッカッカ! 馬鹿言うんじゃないよ。アタシがそんな大層なスキルを持ってるわけないだろ? アタシのスキルは<美肌>さね」


「……え、美肌?」


 驚きを露わにする俺の前で、少女な老女が軽快に笑って言う。なるほど、美肌か。それなら納得……できるわけない。


「いやいやいや、待ってください。<美肌>って、そんなに効果ないですよね!?」


 <不老>とは比べるべくもないが、<美肌>もまた持ち主の少ないスキルだ。ただしこっちは希少というわけではなく、単にそれを取るくらいなら、他にもっと有用なスキルがあるので選ばれないというだけのことだ。


「マスター、<美肌>というのはどんなスキルなんデスか?」


「あん? あー、まあ名前の通り、綺麗な肌を維持するってだけのスキルだな。確かにそれを持ってりゃ、肌年齢が五歳か一〇歳くらいは違うって言われてるけど……でもこれは……」


「アンタの言いたいことはわかるけど、本当さね。詳しく説明してやってもいいんだが……アンタ、うちの武具を買いに来た客じゃないのかい? ならアタシの話より、まずは品物を見るべきだと思うがね?」


「あ、はい。いや、実は俺達は客じゃなくて……客じゃないってのも違うのか? とにかくリエラさんに紹介されて店に来たんです」


「リエラ……? リエラ、リエラねぇ……」


 俺の言葉に、少女が眉間に皺をよせて考え込む。そうして俺が不安になるくらいの時間が経つと、少女は顔をしかめたまま首を横に振った。


「悪いけど、心当たりがないねぇ」


「ええっ!? 探索者ギルドで受付をやってるリエラさんなんですけど」


「受付ぇ? そう言えば将来は探索者ギルドで働きたいなんて言ってる娘はいたけど、あの子はまだこんなちっちゃい子供だよ?」


 少女がそう言いながら、親指と人差し指をほんの少しだけ広げてみせる。その小ささは人類を超越していると思うが、まあそれはそれとして。


「子供って、どういうことだ?」


「ちょっといいデスか?」


 困る俺の横から、今度はゴレミが少女に話しかける。


「貴方が……えっと、このお店の店主ってことは、ヨーギさんでいいんデスか?」


「ああ、そうだよ。アタシはヨーギさ」


「じゃあヨーギのオババ。ヨーギのオババがそのちっちゃいリエラと最後にあったのは、どのくらい前の話デスか?」


「カカカ、オババなんて呼ばれたのは初めてだよ。リエラと最後に会ったのは……いつだったかね? えーっと、あの年はベンドルトの花祭りがあった二年後だったから……あー…………一〇年ちょっとくらい前かね?」


「おぉぅ、一〇年前……」


「一〇年もあったら、無垢な少女だって妖艶な美女に変わるのデス! 当時子供だったリエラが大人になってギルドで働いていても不思議ではないのではないデスか?」


「あー、そう言われてみればそうだねぇ。カカカ、歳取ると一〇年なんてあっという間で、すぐ忘れちまうんだよ。そうか、あのリエラがねぇ……」


 ゴレミの指摘に、少女風老女であるヨーギさんが感慨深げに言う。一〇年があっという間というのは、俺には想像もつかない感覚だが……


「歳を取るというのはそういうことなのデス。マスターもイケオジになったらわかるデスよ」


「イケオジ……? そんなもんかな?」


「そうデス。それにマスターがヨボヨボのオジジになっても、ゴレミが面倒をみてあげるから大丈夫デスよ」


「それは……ありがとう、なのか?」


「どーいたしましてデス!」


 何一つピンとこないが、とりあえず礼を言ってみた俺に、ゴレミがゴンと胸を叩きながら言う。するとそんな俺達を見たヨーギさんが、見た目にそぐわぬガラガラ声で再び俺達に話しかけてきた。


「カカカ、まあいいさね。アタシを訪ねてきたってことは、仕事の話だろ? こんなところで立ち話も何だし、その面白い連れと一緒に奥に来な。茶の一杯くらいは出してやるよ」


「あ、はい。ありがとうございます」


「お邪魔するデス!」


 ヨーギさんに手招きされるままに、俺達は店の奥へと移動していった。

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