報告と贈り物

「えっ、もうスキルが成長したんですか!?」


「ええ、まあ。日頃の努力が実ったというか……」


「うわー、おめでとうございます!」


 ダンジョン帰りに立ち寄った受付。俺の報告にリエラさんが輝く笑顔を浮かべながらパチパチと拍手してくれる。それを聞いた周囲の人達も「何で拍手?」

「スキルが成長したらしいよ」「おー、それはめでたい!」という感じで軽く拍手してくれて……何というか、実にこそばゆい。


「フフフ、マスターは本日の主役デスね」


「や、やめろよ。恥ずかしいだろ……」


「照れてるマスターも可愛らしいデス!」


「ぐぅぅ……」


 ゴレミにまでからかわれるが、ここには善意しかないので、ただひたすらに恥ずかしさを耐える。するとすぐに拍手は収まり、改めてリエラさんが話しかけてきた。


「それで、どんな風に成長したんですか? 資料として残したいので、是非教えていただけると嬉しいのですが」


「勿論いいですよ。まずは……」


 言って、俺は受付カウンターの上に右手をかざし、歯車を一つ出現させる。そのうえで「廻れ」と念じると、小さな歯車が勢いよく回転を始めた。


「この通り、回転する速度があがりました。大体一・五倍くらいになってると思います」


「確かに……これはいい成長ですね」


「おや? リエラならてっきり『回転が速くなることに何の意味が?』とか突っ込んでくるかと思ったのデスが」


 意外そうな声をあげるゴレミに、リエラさんが不満げな表情になる。


「むーっ! ゴレミさんは私を何だと思ってるんですか! 私はできる受付嬢ですから、褒めるときはちゃんと褒めるんですよ!


 それに、歯車の回転が速くなるというのは、他のスキルなら剣を振る速度があがるとか、魔法の発動が速くなるのと同じでしょう? <歯車>というスキルの成長方向としては、ごく普通だと思いますよ?」


「そう言われると、そんな気がするデス……」


「ほれ見ろ! リエラさんはお前と違って、ちゃんと歯車の良さをわかってるんだよ! 何せ俺に歯車スプラッシュを伝授してくれた師匠だからな!」


「師匠!? それはちょっと辞めて欲しい気が……」


「で、リエラ師匠! 俺の成長はこれだけじゃないんですよ!」


「は、はぁ……師匠…………」


 何故か微妙に引きつった笑みを浮かべているリエラさんを前に、俺は左手・・をカウンターの上に伸ばす。そうして気合いを入れると……俺の左の手のひらからも、ポトリと歯車が産み落とされた。


「見てください! 何と左手でも歯車を出せるようになったんです!」


「おー。これはどういう……両利きになったみたいな感じなんですか?」


「それに近いかも知れないですね。勿論<歯車>限定ですけど」


 これまで右手からしか出せなかった歯車が、左手からも出せるようになった。ただそれだけではあるのだが、実はこれかなり有用な成長だ。


 というのも、俺は右利きなので、右手で歯車を出そうとするとどうしても剣が使えなくなってしまう。しかし左手からも出せるなら、剣を構えたまま歯車スプラッシュをしたりすることができるわけで、戦闘の幅が格段に広がるのだ。


「そして……これはスキルの成長ではないんですけど、この二つを組み合わせた新しい必殺技を考えたんです! 是非それをリエラさんにも見てもらいたくて」


「ひ、必殺技ですか!? えーっと、それは……」


「あ、大丈夫ですよ。気をつけていれば危ないこととかはないんで」


「必殺技なのに、危なくないんですか?」


「不用意に手を出したりしなければ」


 戸惑いの表情を見せるリエラさんに、俺は大きく頷いて答える。本来想定している使い方をそのままやったら勿論危ないのだが、単に技の要となる部分を見せるだけなら、余程の馬鹿でもない限り危ないことはない。


「えっと……じゃあ、お願いします。一応、資料として残しますので」


「わかりました。それじゃ……これです!」


 俺はカウンターの上にあった二つの歯車を掴み、ガッシリと噛み合わせる。それをカウンターの上に戻して手を離すと、二つの歯車がクルクルと回転を始めた。


「……? まだですか?」


「いえ、これが必殺技です」


「……??? えっと、どの辺が必殺技なんでしょうか?」


「ふっふっふ、よーく見てくださいリエラさん。この歯車の噛み合って回っているところ……ここに指とか挟まれたら、痛いと思いませんか?」


「それは……痛そうですね。え、まさかこれが!?」


「そうです! 両手で投げつけた歯車を敵の前で合体させ、そのかみ合わせに巻き込んで痛撃を与える! これぞ俺の新必殺技、その名も『歯車バイト』です!」


「歯車バイト!? バイト……ああ、噛むって意味ですか!」


「安い賃金で死ぬまで働かされそうな、そこはかとなく底辺のもの悲しさが感じられる技名デス……」


 会心の笑みを浮かべて技名を伝える俺に、リエラさんは少し考えてから納得し、ゴレミは小さくため息をつきながら不本意な感想を漏らす。


「何だよゴレミ、文句あるのか? まあ確かに俺のセンスよりは、リエラさんにいい名前を考えてもらって、命名者として未来永劫記録に残してもらった方がいいのかも知れねーけど……」


「歯車バイト! 凄いです! 素晴らしい名前です! きっと私じゃ一生かかってもこれよりいい名前なんて思い浮かびません!」


「そ、そうですか? そんなことないと思いますけど……」


「そんなことあるんです! 歯車バイトですね、はい、もう決定です! 今すぐ記録しちゃいますからね!」


 俺の成長を喜んでくれているのか、リエラさんがやたらと前のめりにそう言って、カウンターの下から取り出した紙にさらさらとペンを走らせていく。


「ということで、クルトさんの<歯車>のスキル成長記録はしっかりと残しました! そしてそんなクルトさんに……素敵な贈り物があります!」


「えっ!?」


「じゃーん! はい、これです!」


 そう言ってリエラさんが取り出したのは……何だかよくわからない錆びた塊だ。いくらリエラさんの贈り物でも、流石にこれを素直に喜ぶのは難しい。


「マスター、いつの間にリエラにここまで嫌われたデスか……?」


「え、これそういう? 何か俺、ちょっと泣きそうなんだけど」


「違いますよ! これは以前にお話したことのある、昔の<歯車>スキルを持っていた人の装備なんです!


 ギルドの倉庫に眠っていたものなんでお手入れもされてないですけど、これを調べればクルトさんにも使える装備が作れるんじゃないかと思って、持ってきてもらったんですよ」


「へー、これが……!? あの、触ってみても?」


「勿論いいですよ。でも錆びて脆くなってますから、気をつけてくださいね」


 ドヤ顔をしたリエラさんから手渡され、俺は錆びた固まりにしか見えない何かをしげしげと観察する。すると確かに剣の柄だと思われる場所に、やや不自然に見えなくもない小さな穴が開いている。


「そういうのの解析ができそうな鍛冶屋さんも紹介しますから、そちらに行って調べてもらうのがいいかと思います。


 あ、それと言うまでもないですけど、試しにちょっと使ってみようとかはしないでくださいね? 倉庫に残ってのはそれ一つだけですから、壊しちゃったら予備とかないですからね!」


「っ……ハハハ、ダイジョウブデスヨ」


「マスター、今絶対『ちょっとここに歯車を入れてみようかな?』とか考えてたデスね?」


「んなわけねーだろ! そんな迂闊な事、この俺がするはずが……」


「全く! 穴があったらすぐ突っ込みたくなるなんて、男の子はこれだから駄目デス! マスターが撫で回していいのは、ゴレミのお尻だけなのデス!」


「撫でねーよ! まあ確かに大差はないだろうけど」


「そんなことないデスー! ゴレミのお尻はもっとツヤツヤなのデス!」


 尻の代わりにゴレミの頭をペシペシと叩きつつ、俺は錆びた塊に視線を戻す。<歯車>スキルの成長に合わせたように巡り会った、新たな可能性。果たしてこれがどうなるのか……ふふふ、今から楽しみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る