「才」確認
そうしてリエラさんからありがたーいお言葉をいただいてから三日後。諸々の手続きだの事情聴取だのの面倒な事を済ませた俺達は、ちょうどいい区切りだからとやや背伸びをして<
「ゴレミチョーップ! マスター、そっちに行ったデス!」
「わかってる!」
手刀でゴブリンを跳ね飛ばしながら叫ぶゴレミの警告に、俺はそう答えながら目の前に迫る魔物に注意を向ける。無数の足をワキワキと動かし、体をうねらせながら近づいてくるのはこの層から出現する魔物、ジャイアントセンチピードだ。
「食らえ、歯車スプラッシュ!」
まずは挨拶とばかりに、俺は手の中に生みだした歯車をジャイアントセンチピードの顔目掛けて投げつける。だが今までの対象と違い、ジャイアントセンチピードは軽く頭を振るくらいでそれほど嫌がるそぶりを見せない。
「チッ、効果薄いな……なら!」
俺は追加の歯車を消し、代わりに腰の剣を抜く。そうしてこちらに覆い被さるように体を伸ばしてきたジャイアントセンチピードを斬りつけるが……硬い!?
チキチキチキチキ!
「うおっ!?」
関節部分ならまだしも、どうやら甲殻だと俺の剣ではスパッと一刀両断んとはいかないらしい。威嚇するようにカチカチと顎を鳴らしたジャイアントセンチピードが俺に向かって体を伸ばしてきたのを、俺は身をのけぞらせて辛うじて回避する。
「くっそ、離れろ! ムカデと抱き合う趣味はねーんだよ!」
チキチキチキチキ!
とは言え、接近を阻むことはできなかった。間合いに入ったその巨体に俺は思いきり蹴りを入れるも、ジャイアントセンチピードは長い体をくねらせてその衝撃を殺してしまい、思ったほど距離が離れない。
ならばと足下に歯車をばらまいてみたが、大量の小さな足で移動するジャイアントセンチピードにとって、歯車は有効な足止めにはならなかったようだ。そのまま再び上半身をしならせ、すさまじい勢いでその顔面が俺に迫り……
「ぐあっ!?」
「マスター!?」
咄嗟だったせいで、俺は迂闊にも右腕で顔をかばってしまった。そこにジャイアントセンチピードの牙が食い込み、俺のなかに熱い何かがドクドクと流し込まれていく。
するとすぐに、俺の右腕に痺れるような感覚が走り、腕の中で火が燃えているかのように熱くなる。指の力が抜けてしまったことで持っていた剣がカランと床に転がり……うわ、待て、ヤバいヤバいヤバい!?
「この虫野郎! マスターに熱いヴェーゼをするのは、ゴレミだけの特権なのデス!」
焦りで頭が真っ白になりそうだったところで、ゴブリンを蹴散らし終えたゴレミが即座に俺の方に駆け寄ってきた。石の拳が振るわれると、ジャイアントセンチピードの甲殻にビキビキと罅が入り、そこから人のそれとは違う、青黒い血がブシュッと吹き出す。
「まだまだ行くデス! ドロードロードロードロー! お前が死ぬまで、ゴレミのドローはずっとモンスターカードデス!」
ギチギチギチギチ……ギギギ…………
「お前のライフは、とっくのゼロなのデス!」
ブシャッ!
俺の腕に噛みついていた牙が緩み、その頭が離れたところで、ゴレミの放ったトドメの一撃がジャイアントセンチピードの頭を潰す。それによりジャイアントセンチピードは間違いなく絶命し、俺は腕の激しい痛みに、思わずその場で膝をついてしまった。
「ふぅ。ゴレミのなかの狂戦士の魂が発動してしまいました……って、マスター! 大丈夫デスか!?」
「あ、ああ。何とかな……くっ……」
「無理しちゃ駄目デス! 今解毒薬を使うデス!」
俺の鞄に入れていた解毒薬をゴレミが取り出し、半分を傷口にかけてから残りの入った瓶を俺に差し出してくる。俺はそれを左手で受け取って中身を飲み干すと、軽い風邪のように火照っていた体がいくらか楽になった。
「ふーっ……助かった。ありがとなゴレミ」
「このくらいお安いご用デス!」
安堵の息を吐きながら、俺は目の前で消えていくジャイアントセンチピードの死体を眺める。体が消えるんだから毒も一緒に消えてくれりゃいいと思うんだが、体に入り込んだ毒は俺の血と混じった時点で俺という存在になるせいか、消えてはくれない。
とは言え、解毒薬は飲んだ。元々そこまで強い毒ではないので、これなら後遺症が残るようなことはないだろう。
「くっそ、油断したぜ……こりゃ回復薬も使わねーと駄目か?」
「是非とも使うべきデス! マスターの体にキスマークを残していいのは、ゴレミだけなのデス! ほらほら、これを使うのデス!」
「いやお前、空気吸えねーだろ……」
相変わらずアホな事を言いながら、俺の鞄から追加で回復薬も取り出したゴレミに突っ込みつつ、俺はそれを受け取って怪我をした部分にぶっかける。流石にみるみる傷が塞がるような高級品ではないが、それでもすぐに血は止まり、痛みも幾分か和らいだ。
「どうデスか?」
「うーん、七割ってところだな。無理する場面でもねーし、悔しいが今日はここまでだ」
「了解デス! 帰りはゴレミがガッチリガードしますから、どんな泥棒猫だってマスターには指一本触れさせないのデス!」
「ハハハ、そりゃ頼りになるぜ」
ゴレミの軽口に、痛みを堪えつつ笑う。幸いにして今日はまだまだお試しのつもりだったため、第三層へ上がる階段は近い。そして三層に上がってしまいさえすれば、後の敵はゴレミ一人で十分に戦える。
そうしてガチガチに確保していた安全マージンが功を奏し、俺は無事にダンジョンを出ることができた。受付でリエラさんに軽く心配されはしたが、このくらいは探索者ならごく普通にあり得ることだ。「お大事にしてください」という定型文をいただいて、俺達はそのまま宿に戻った。
そして今、俺は一人、ベッドの上で横になっている。「怪我をしているマスターを出歩かせるわけにはいかないのデス!」と主張するゴレミが夕食の買い出しに行ってくれたからだ。
「ハァー……やっちまったな」
相変わらずの狭い部屋。だが妙に広く感じるその空間で、俺は思いきりため息を吐く。
今日の狩りは、久々の大赤字だった。解毒薬どころか回復薬まで使っちまったから、ここ最近いい感じだった稼ぎが綺麗さっぱり吹っ飛んだってところだ。
だがそれは仕方ない。いざという時の備えを、いざという時に迷わず使ったからこそ、今俺はここにいるのだ。解毒薬を使い渋れば今頃体が動かなかったかも知れねーし、回復薬をケチれば腕が落ちていたかも知れない。
その全ては可能性だが、二度と立ち上がれなくなる可能性をこれから先稼ぐことのできる金で潰せるなら安いもんだ。その見極めをミスって死ぬ奴を、こんな短い期間でも俺は何度も見てきたのだから。
なので、それを悔やんでいるわけじゃない。今俺の胸を焦がしているのは、もっと別の……そして根本的な問題だ。
「まさかここまで戦えねーとはなぁ。ちょっと調子に乗りすぎたか」
ゴレミを仲間にし、第三層まで敵なしできちまっただけに、どうやら俺は調子に乗っていたらしい。<歯車>なんて戦闘向きじゃないスキル持ちで、しかもそのスキルすらまだ成長していないのに第四層は、流石にダンジョンを舐めすぎていた。
というか、あの時はイケイケ状態だったので「ゴレミがいれば勝てそうだ」などと思っていたが、今になって思うと、あの三人組に襲われたのだって相当にヤバかったのだ。
何せ相手は先輩で、装備も充実してた。持ってるのは当然俺の<歯車>と違って戦闘系のスキルだろうから、仮にゴレミが二人引きつけてくれたとしても、タイマンで俺が勝てる可能性はかなり低かっただろう。
俺のインテリジェンスが輝いたおかげでアホみたいに簡単に解決しちまったが、本当ならあそこで俺の冒険が終わっていてもおかしくなかった。こうして冷静になってみれば、そのことがよくわかる。
「いい気になるな、俺。生きてりゃ勝ちは間違いねーけど、生き残ってるのは単なる幸運なんだぜ?」
たまたまで生き残る奴もいれば、たまたまで死ぬ奴もいる。今までが前者だったからって、これからもそうであり続けると信じるほど、俺は脳天気じゃない。
しかしそのうえで、俺の運はまだ尽きちゃいない。何故ならこうして取り返しのつかない大怪我を負うこともなく、ちゃんと反省する機会を得ているからだ。
「っし! 明日からは地道な修行パートだ。まずは第三層で、ゴレミ抜きでも余裕で戦えるくらいには強くならねーとな」
誰も知らないからこそ、俺の<歯車>には無限の可能性がある。となればいずれはもっと戦闘向きの成長をすることだって十分にある。
そうだ、寝てる暇なんてない。とにかく今は一つ一つを確実に積み上げて――
「マスター! ただいまデス! ゴレミの愛がたっぷり詰まった串焼きを買ってきてあげたデスよー!」
「……の前に、まずは腹ごしらえだな。おお、美味そうな匂いじゃねーか!」
「当然デス! まあゴレミは匂いとかわからないデスけどね!」
「じゃあ何が当然なんだよ。お前は本当に……ハハハ、ありがとな」
胸を張りながら湯気の立つ串焼きを差し出すゴレミに、俺はやる気を以て振り上げようとしていた拳をほどき、笑いながらその頭を撫でてやった。
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