悪巧みの末路
「どうも皆様、お騒がせして申し訳ありません! ただいま凶悪犯罪者を連行しておりますので、どうか道を空けて移動にご協力ください!」
「完全武装で自信満々に襲ってきたのに、あっさり返り討ちに遭ったへっぽこ探索者とはいえ、強盗殺人(未遂)の極悪非道な奴らなのデス! 皆さんもしっかり顔を覚えていって欲しいのデス!」
後ろ手に縛られ、一列に並ぶ犯罪者達を引き連れて、俺達は無事にダンジョンを脱出した。突然大声を出した俺達に周囲の探索者達から注目が集まるが、それでも人混みは割れ、俺達はまるで舞台の花道を通るようにその隙間を抜けていく。
「どーもどーも、ご協力ありがとうございます! あ、あんまり近づいたら駄目ですよ? 武器は取り上げてますし縛ってもいますけど、いきなり逃げて暴れたりするかも知れないですからねー」
「ゴレミにいやらしいことをしようとした奴らデスから、触られるだけで妊娠させられちゃうかも知れないデスよ!」
「うわ、何だアレ。みっともねー」
「あ、あいつ知ってる! あんなにイキッてたのに、捕まったのかよ! だっさ!」
「いくら女の子が操ってるとはいえ、ゴーレムに発情するって……」
「気持ち悪い。死ねばいいのに」
そんな俺達の左右からは、群衆達の好き勝手な感想が聞こえてくる。こんなアホなことをやってる俺達への批判もそこそこあるかと思ったんだが、この手応え……どうやらこいつらはなかなかに
だがまあ、それももう過去の話だ。嘲笑と侮蔑の視線に、犯罪者君達は俯きながら呪詛の言葉を紡ぎ続ける。
「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!」
「殺す。絶対殺してやる……」
「漏れそう……」
……若干一名、違う感じの奴もいるが、まあそこは気にしない。だが臭くて汚いモノを引き連れるのは俺だって嫌なので、やや足早に探索者ギルド内部を進み……
「……で? 何でこんなことになったんですか?」
警備の人に襲撃者達を引き渡した俺は、リエラさんに呼ばれて以前にも話をした小部屋にやってきていた。ただ前回と違って、睨み付ける顔に容赦がない感じがする。
「いやいやいやいや、俺達は何も悪くないですよ!? あいつらがいきなり襲いかかってきたから撃退しただけですから!」
「そうデス! これは正当防衛デス! 前方後円墳なのデス!」
「ぜ、ぜんぽう……? そうじゃなくて、なんであんな大騒ぎをしながらダンジョンから出てきたのかって話ですよ!」
「ああ、それですか? それは勿論、俺なりの考えがあってのことです」
「……一応、聞いてあげましょう」
しかめっ面も可愛らしいリエラさんが、腕組みをして聞く姿勢をとる。するとその胸部の盛り上がりが強調され……いや、今はそれは置いておくとして。
「あの手の輩が、あいつらだけとは思えなかったんですよ。というか、むしろ内々で解決したら、これからもガンガン襲われる気がしたんです。だって捕まっても目に見える罰を受けないわけですからね」
「罰を受けないって……彼らは正当な裁きを受けて、投獄されることになると思いますよ?」
「いやいや、それじゃ駄目なんですよ。だって牢屋に捕まってるところなんて、一般人には見えないじゃないですか」
ああいう奴らにとって、世界とは「目に見える範囲」だけだ。犯罪者が捕まって牢屋に入れられたとしても、それを目にする機会なんてないからこそ、奴らは気軽に犯罪に手を出せる。失敗した後にどうなるかが、実感として理解できていないからだ。
だが、ああして世間の晒し者にされるのは違う。笑われ貶され馬鹿にされ、情けない姿を周囲にさらすとなれば、奴らは躊躇する。本物の極悪人なら鼻で笑って受け流すようなことでも、あの手のイキリ小悪党には何より効果的な罰となるのだ。
「……というわけで、あの手の相手には厳しい刑罰より、晒し者にすることの方が防犯効果が高いんです。でもそういうのをギルドにやってくれって頼んでも、無理ですよね?」
「……まあ、無理ですね。探索者ギルドは国家機関ではありませんから、基本的にそれぞれの国の国内法の方が優先されますし」
俺の言葉に、リエラさんがやや渋い表情を浮かべながら答えてくれる。
探索者ギルドは多国籍に跨がる巨大な存在だが、だからこそ特定の国の機関ではない。そして国の機関ではないということは、直接犯罪者を裁いたりはできないということだ。
そして国家は、庶民の一個人が狙われた程度のことで犯罪者を晒し者にするなんて手間はかけてくれない。一応晒し首とか公開処刑という制度そのものは存在するが、それをされるのは国家転覆を謀った大罪人とかのみなのだから尚更だ。
「なのでまあ、あれは自己防衛ってことで。世間に広まりつつあるゴレミの価値を鑑みれば、これで変に襲われることもないかなーと」
「ぶー! ゴレミは最高級のマドモワゼルなのに、安物の石像と同じに思われるのは不本意なのデス……」
説明を続ける俺の隣で、ゴレミが不満そうに頬を膨らませる。何で石の頬が膨らんで見えるように感じるのかは未だ以て猛烈な疑問だが、それはそれとして俺はゴレミの頭にぺたんと手を乗せ、その顔を見て言う。
「まー、そう言うなって。本当の価値の方を知られたら、あんな馬鹿な先輩探索者じゃなく、ガチの犯罪組織とかに狙われそうだからな。そうなったらどうしようもねーぞ?」
「それはそうデスけど……」
おそらく世界初にして世界最高、そして世界唯一の自我を持っているレベルの知能を有したゴーレム。こんなもの完全に俺の手には余るし、でかい組織が本気で狙ってきたら守るのも逃げるのも無理だ。そして……
「……? どうしたデスか? マスター?」
無言のままゴレミを見つめてしまった俺に、ゴレミがゴリッと石のこすれる音を立てながら首を傾げる。その無邪気な……あるいは何も考えてない顔に、俺は苦笑しながら首を横に振る。
「いや、何でもねーよ。ってわけなんでリエラさん。ギルドを騒がせたのは申し訳ないと思いますけど、これは必要なことだったんです」
「はーっ……わかりました。じゃあ上にはそういう意図があっての行為だと伝えておきます。それでも警告のお説教くらいはされると思いますけど……」
「え、それは今リエラさんにされたのでは?」
「おや、そうして欲しいですか? なら今からみっちり四時間コースでお説教してあげますけど?」
「ひぇっ!?」
ニヤリと笑うリエラさんの背後に、ムチを手にした巨乳の悪魔の姿が浮かぶ。そのサディステックな笑みは、ちょっとだけなら叩かれてみたいと思わなくもないような雰囲気だが……
「ゴレミプッシュ!」
「イッタ!? おま、突然何しやがる!?」
俺の太ももを、ゴレミの指が思い切りついてくる。一瞬走った猛烈な痛みに俺が睨み付けると、何故かゴレミの方がプンプンと怒りを露わにしている。
「マスターがリエラに邪な視線を向けるからデス! マスターと黄色い太陽を一緒に見ていいのはゴレミだけなのデス!」
「? 太陽は黄色いだろ? いや、どっちかって言うと白なのか?」
「そういう問題ではないのデス!」
「ならどういう問題なんだよ……」
「コラー! 今日はそういう会話の流れで誤魔化されたりしませんよ! お二人とも、ちゃんと反省してくださいね!」
「うぅ、襲われたのは俺なのに……」
「横暴なのデス! ゴレ権を尊重して欲しいのデス!」
「駄目ですー! お二人ともぜんっぜん反省してないのがよーくわかりましたから、今からお説教が確定しました! ギルド規約の説明の後、小テストに合格するまで帰しません! 覚悟してください!」
「「えーっ!?」」
俺とゴレミの悲痛な声が響くなか、リエラさんが張り切って資料を取りに小部屋から出て行く。今ならこっそり部屋を抜け出して帰ることは可能だが、それをやったら明日以降、受付で顔を合わせた瞬間にリエラさんの怒りが限界突破してしまう。
……ちょっとだけその顔も見てみたいと思わなくもないが、やはり見るなら笑顔の方がいい。それにせっかくリエラさんが俺のために準備してくれるというのに、それを断るのは無粋だしな。フッ、モテる男は辛いぜ……
「マスター? 現実逃避は虚しいだけデスよ?」
「言うなよ……悲しくなるから」
そうして俺達は深夜までお説教という名の勉強会をさせられ、また一つ知性の輝きを身につけることになるのだった。
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