卑劣なる策略

(さて、どうしたもんかな……?)


 剣に手をかけてみたものの、俺はまだ抜いていない。というのもここから先にはいくつかの選択肢があるからだ。


 一番わかりやすいのは、このまま普通に戦うことだ。相手は三人で武装もこっちより上だが、ゴレミの戦闘力を加味すると十分に勝機はあると思われる。


 が、相手だって馬鹿じゃない……いや、気軽に犯罪行為をしようとする時点で十分に馬鹿だが、それを前提に作戦を立てるのは相手と同じ馬鹿になってしまう。不意打ちですらなく姿を現してきたのだから、最低限ゴレミを無効化する手段を持っていると考えておくのが妥当だ。


 なら、次善の策として逃げるか? 盾持ちの奴は装備が重そうだから、相手が仲良くお手々を繋いで追いかけてくれるなら、全力で走ればおそらく逃げ切れるだろう。


 加えてこの第三層は俺みたいな新人に人気のある層だ。戦闘音が聞こえたらそこから離れるのがマナーとなっているが、それでも少し走れば誰かいる可能性は高い。


 だがその場合、出会った相手が俺達の味方をしてくれるとは限らねーし、そもそも探索者じゃなくゴブリンに出会うことだってある。運の要素が大分強くなっちまうから、逃げるのは微妙な選択肢だ。


 となれば、第三案……ゴレミを素直に引き渡す。そうすりゃ俺は怪我をすることもねーし、こいつらも無傷で金目の物を手に入れたうえで、俺にまで喧嘩を売ってくることはまずないだろう。最も穏便にこいつらにお引き取りいただくのであれば最高の選択肢だが、流石にこれを選ぶくらいなら…………うん?


「なあゴレミ。ちょっといいこと思いついたんだが……」


 俺はゴレミの耳元で、そっと小声で話しかける。するとゴレミの顔がニヤリと楽しげに笑い……次の瞬間、その石の手が俺の頬をパーンとひっぱたいた。


「ぐはぁっ!?」


「酷いデス! いくら何でも、そんなの受け入れられないデス!」


 衝撃で床に尻餅をつく俺にそう言い放つと、ゴレミがトコトコと男達の方に近づいていく。そうして俺と男達のちょうど中間くらいで立ち止まると、男達の方にビシッと指を突きつけてゴレミが叫んだ。


「お前達、さてはちょっと悪い人達デスね!」


「アン? まあ、善人じゃねーよな?」


「えー、俺近所のお婆ちゃんとか、割と大事にしてるぜ?」


「嘘つけ! お前そのババアの財布から金抜いてるじゃねーか!」


「ギャハハハハ! んで? 俺達が悪人だと何だってんだよ?」


 笑う男達に、ゴレミがプンプンと怒りを露わに更に語る。


「マスターが、ワタシを売るんじゃなく、お前達みたいな人を仲介役にして、変態趣味のオッサンにレンタルしたらどのくらい稼げるかなって聞いてきたのデス!


 いくら何でもそんなのあんまりデス! それならゴレミの体を売っちゃった方がよっぽどマシデス!」


「おぉぅ……石像ってか、ゴーレムの娼婦? え、そんなの需要あるのか?」


「さあ? あーでも、こいつ中身は<人形遣い>のスキルを持ってる人間なんだろ? なら客の要望にあった体を用意すりゃいいわけだから……金持ち相手なら、ひょっとして……?」


「それもしかして、石像持って帰って売るよりスゲー儲かるんじゃね? 金とヨロシクしてる匂いがプンプンするんだけど」


「だから、そんなことはしないって言ってるデス! そんな要求をされた時点で我慢の限界なのデス! もう探索者も辞めるのデス! だからこの体はお前達にやるのデス!」


 いきり立つゴレミを前に、男達がひそひそと顔を見合わせ何かを話し合い、やがて猫なで声でゴレミに話しかける。


「な、なあ君……ゴレミちゃん? 君の気持ち、よーくわかるなー! うんうん! その最低男はそこに捨ててくとして、今後の事について、俺達とちょっと話とかしてみない?」


「愚痴とか全然聞くし。あとほら、ゴーレム越しじゃなくて、直接会って話すのもいいと思うんだよ。俺美味い飯屋知ってっからさぁ」


「そんなやつはダンジョンに放っておいて、俺達と楽しいことしようぜ?」


 どうやら男達は、ゴレミの口走った世迷い言を真に受けたらしい。下心丸出しで懐柔しようとする男達に対し、俺はまっすぐ手を伸ばしてゴレミに呼びかける。


「待ってくれゴレミ! お前、俺を捨てるのか!」


「おいおい、情けねーこと言うなよ! つかキモいわお前。声出すなよ」


「いいから黙って死んどけよ。ゴレミちゃんが嫌がってんだろうが!」


「くそっ、逃がすかよ……歯車スプラッシュ!」


 俺はゴレミに向かって歯車を投げつける。だが歯車は当然ゴレミの石の体を傷つけることなどできず、その足下に転がるのみ。


「うわ、攻撃したぞ!? マジか、最悪じゃん!」


「ゴレミちゃん、こっちこっち! 俺達が守ってやるから!」


「つか、こいつ本当にぶっ殺しとかね? 死神とヨロシクしとくのがお似合いだろ」


「うわーん! 助けてデスー!」


 当初の立ち位置は完全に逆転し、金づる……ゲフン、幼気な微妙女を守るべく興奮する男達に、ゴレミが両手を広げて泣きながら駆け寄っていき……その足下にある小さな歯車を踏んで、ゴレミの体が倒れ込む。


「きゃあ!」


「あぶっ……ぐはっ!?」


「ぎゃああ!?」


「お、重い……」


 可愛い声をあげたゴレミが、飛びつくようにして男達全員を自分共々床に倒れ込ませる。その後ぎゅっと腕に力を込めて三人を引き寄せると、そこから体を横に回転させ、全員の腹部を圧迫して押さえ込む棒のような状態になったところで、ゴレミが会心の笑みを浮かべながら俺を呼んだ。


「マスター! やったデス! 悪党共の無力化完了デスー!」


「おお、よくやったぞゴレミ!」


 その声を聞き、俺も普通に立ち上がってゴレミのところに近づいていく。するとその体の下で、小さくも重い石像に押さえつけられた三人が恨みがましい顔で俺を見上げてきた。


「てめぇ、きたねーぞ!」


「離せ! 離せっつってんだろコラァ!」


「重い、マジ重い……中身が出る……」


「ハッ、何が汚いだ。人の相棒を力尽くで奪いに来た奴に、んなこと言われる筋合いはねーんだよ! ボケが!」


「流石はマスター。こういうゲスな作戦を考えさせたら天下一品デス! ゴレミも思わずこってりしちゃうデス!」


「こってり……? ふふふ、まあな」


 相変わらず意味のわからない部分はスルーしつつも、俺はドヤ顔で笑う。


 そう、全ては作戦。まあ俺は「いい感じに敵に寝返ったフリをして、近づけたら俺の歯車でわざと転んでのしかかれ」と言っただけなので、それ以外の部分はゴレミが考えたのだが……うーん、ならゴレミの方がゲス度は高くないか?


「ってことで、再び立場は逆転だ。なあどんな気持ち? 三人いりゃ余裕で制圧できると思ってた雑魚にしてやられちゃって、今どんな気持ち?」


「くっそウゼェ! 殺す! ぜってーぶっ殺してやる!」


「俺達にこんなことして、ただで済むと思ってねーだろうなぁ!」


「どかして……どかして…………」


「ハーッハッハッハ! 敗北者の負け惜しみは心地いいのぅ。ま、魔物が来たら面倒だし、まずはサクッと手足を縛るか。ゴレミ、作業を終えたら声かけるから、それまでしっかり押さえといてくれよ」


「了解デス! ゴレミロックは万全なのデス! あ、ここ石のロックと鍵のロックがダブルミーニングになってるデスよ?」


「それ自分で言っちゃうのかよ……」


「ネタというのは気づかれてこそ意味があるのデス! ゴレミのサービス精神は常にコンコンと溢れているのデス!」


「はいはい。んじゃやっていきますかね」


 いつものようにゴレミのトークを聞き流しつつ、俺はもしまたゴレミみたいな大物を手に入れても大丈夫なように持ち歩いていた縄で、三人の男達を次々と縛りつけていった。

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