軽すぎる悪意

「こいよゴブ公! 武器なんて捨ててかかってこいデス!」


「いや、武器は捨てねーだろ……」


「ギュアアアア!」


 冷静な俺の突っ込みなど関係なく、相変わらず意味不明な挑発をするゴレミに、ゴブリンが怒り狂って棍棒を振りかざす……当然武器は捨ててない。


 それは特に強くも鋭くもない一撃。だがまともに食らえば骨折くらいはするだろうその攻撃を、ゴレミは今回もまた無造作に腕で受け止める。すると予想外の手応えにゴブリンがのけぞり、そこにゴレミの石の拳が炸裂した。


「隙ありデス! ゴレミパーンチ!」


「ギャァァァァ!?」


 容易く吹き飛ぶゴブリンの頭。血と脳漿が飛び散った通路内は一瞬にしてスプラッタな殺人……いや、殺ゴブリン現場となったが、それもすぐに臭いだけを残してダンジョンの霧と消えてしまった。


「ふーっ。こんな雑魚なんて、何匹きたって楽勝デス!」


「慢心はいかんぞ……と言いたいところだが、実際そうだろうな」


 第三層でゴブリン狩りを始めてから、今日で五日目。この階層での戦闘は、拍子抜けするほど順調だった。


 というか、ゴレミのスペックが高すぎる。ゴブリンの攻撃でも一切傷つかず、殴れば一撃で倒せるとなると、連携もクソもなくただただ圧勝するだけなのだ。


「うーん、予定より大分早いけど、こりゃ四層に行くのも検討すべきかなぁ」


「四層にはどんな魔物がいるんデスか?」


「四層はゴブリンが三匹までのパーティを組み始めるのと、後はジャイアントセンチピードがいる。毒持ちのでかいムカデだな」


「うわぁ、それはキモそうデス」


 ジャイアントセンチピードは、全長二メートルほどの大ムカデだ。ムカデだけあって毒持ちで、噛まれると一〇分ほどで患部が赤く腫れ始め、放置すると最後には意識を失い、高熱を出して数日寝込むことになる。


 致死性の猛毒ではないので解毒薬をケチった新人が、地上への帰還途中に毒で弱っているところをゴブリンやジャイアントラットに襲われて死ぬというのは、たまにある話だ。


「まあでも、ゴレミに毒は効かないデスから、多分相手じゃないデス」


「だろうな。俺もそう思う」


 そもそも、ゴレミは第二層の限定通路で見つけたお宝だ。ならばその性能は一〇層先……つまりは一二層くらいまで通じるものだと思われる。


 であれば四層や五層の敵が相手にならないのは当然だ。流石に一区切りである一〇層を超えたら単独じゃ無理になってくるだろうが、そこまでなら割と無双できるんじゃないかと予想している。


「でも、それだと俺が強くなれねーからな。ゴレミ頼りの戦法じゃ早晩限界が見えちまうし、かといってゴレミのパワーアップなんて、それこそどうすりゃいいかわかんねーからなぁ。


 一応聞くけど、人間みたいに戦ってたら勝手に強くなるとかは……」


「ゴレミは未来に羽ばたく愛され系ゴーレムデスけど、流石にそれはないデス。溢れる魅力で輝いているとはいえ、石は石デスから」


「だよな。だからまあ、ゴレミが戦える間に俺も強くなっときてーんだよ。仲間は……不本意ながら集められなかったしな」


 以前は俺のスキルのせいで、誰も俺とパーティを組んでくれなかった。対して今はこの五日で何人かに声をかけられたが、そこにはこの前みたいな興味本位の質問をしてくる奴や、ゴレミと友達になりたいという奴……流石にぼろが出るから、適当な理由をつけて断った……なかにはゴレミを売ってくれなんて奴もいたものの、俺達とパーティを組もうという奴は一人もいなかった。


 理由は簡単で、ゴレミ一人ならともかく、俺までパーティに加えると稼ぎが激減してしまうからだ。


 浅層で活動するパーティの人数は、大体二人か三人。そこに二人も増やしたら、実質的に稼ぎが半分になってしまい、とても生活していけなくなってしまう。


 中層である二〇層までいけば、それらのパーティが二つ三つ合流した六人くらいのパーティが主流になるから、そこでなら仲間を増やす余地もあるだろうが、この段階ではゴレミだけならともかく、俺まで仲間にする余裕はまずないのだ。


「とは言え、マスターの<歯車>スキルは戦闘向きのスキルじゃないデスし、どうするデスか?」


「一応今考えてるのは、ゴレミの陰から歯車スプラッシュを連発する戦い方だな」


「うわー、誉れの欠片もないゲス戦法デス。情けないにも程があるデス」


「うるせーな、勝てばいいんだよ勝てば! 実際四層に降りて敵が二匹以上になると、俺じゃそれくらいしか戦いようがねーし」


 俺は決して弱くはない。<歯車>のスキルなしでも、ゴブリンの一匹くらいは普通に倒せる。だがそれは戦力二倍をどうにか出来る強さではない。守るだけとか倒すだけとかに専念するならともかく、身を守りつつ順番に仕留めていくのはなかなかに難しいのだ。


「ちなみに、マスターが一人で四層に降りるなら、どういう戦い方をするデスか?」


「うん? そうだな……先に敵を見つけるのが前提で、歯車トラップをばらまいて足を止めさせ、そこに不意打ち気味の先制を決めて一匹仕留め、残った一匹をタイマンで倒すってところか。


 こっちが先に見つけられてたり、相手が三匹だったらとりあえず逃げる」


「おおー。消極的というか、堅実な戦い方デスね?」


「俺は最強だーなんて調子に乗って秒で死ぬほど、馬鹿じゃねーからな」


 二人三人パーティで三層までを楽勝で戦い抜いた奴が、最初に陥る罠がこれだ。これまで数の有利で勝っていたのに突然それが対等になることで思わぬ苦戦をし、引き際を間違えて死ぬ。実は第四層こそ、新人探索者が一番死ぬ可能性の高い場所だったりするので、そこで油断なんてできるはずもない。


「ただ、スキルの成長は強い奴と本気で戦うほど早いって言うからな。やっぱりここは思い切って、第四層に――」


「おーっと、ここにいたのか」


 と、そこで不意に、通路の奥からそんな声が聞こえてくる。俺は素早くゴレミの側に寄ってから警戒しつつ振り向くと、そこにはニヤニヤと笑みを浮かべる三人組の男の姿がある。


「何だお前等。俺達に何か用か?」


「お前に用はねーよ。用があるのはそっちのゴーレムさ」


「そうそう! お前ここでそのゴーレムを手に入れたんだろ? ならその幸運を、俺達にも分けてくれよ」


「ってわけだから、黙ってそいつを寄こせって。そうしたら見逃してやるから」


 見た目の年は俺と変わらない。というかこんな浅いところにいる時点で、俺と同じ新人だろう。短弓を背に背負い、短剣を手にした男が一人と、安物の革鎧に長剣を構えている男が一人、それにちょっと高そうな金属鎧と大きめの盾を持った男が一人……第三層で活動するには少々上等すぎる装備だ。


 つまり、同じ新人であったとしても、俺達より先に進んでいる相手。警戒を強める俺に、男の一人が余裕の笑みを浮かべて話を続けてくる。


「俺達さ、今ちょっと金がねーんだよ。そのゴーレムを売ったら、結構な金になるんだろ?」


「……知らねーのか? ゴレミは確かに見た目ゴーレムだが、実際には<人形遣い>のスキルで操ってるだけだ。本当のゴーレムみたいに高値はつかねーんだぜ?」


 ゴーレムは非情に高価だが、その価値の九割以上はゴーレムの心臓部である魔導核の値段だ。もし本当にこれがガワだけの石人形なら、ゴレミの価値はまさしく石像としての価値しかない。そういう風に思わせていたから、まさか金銭目的で襲われるとは思っていなかったんだが……どうやらこいつらは違うらしい。


「そのくらい知ってるさ。でもゴーレムの素体って、安物でも五〇万クレドくらいするだろ? ならそのぼろっちい石像でも二〇万クレドくらいにはなるんじゃねーか?」


「そんだけありゃ頭割りしても美味いもの食って、娼館で二回くらいは遊べるっす! こんな雑魚をぶっ飛ばすだけでそれだけ稼げりゃ十分っすよ」


「てわけだから、そのゴーレム置いてさっさと行けよ。あー、通報とかすんなよ? んなことされたら、今度ダンジョンで見かけたときにぶっ殺しちゃうからヨロシクー!」


「てめぇら……」


 飲まず食わずで飢えているわけでもない。借金で首が回らないわけでもない。ただほんの少しの遊ぶ金欲しさに、気軽に人を襲う……あまりにも軽すぎるその悪意に軽く目眩を覚えながら、俺は静かに腰の剣に手をかけた。

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