気になるあの子は石娘
「うーし、それじゃ今日も元気に頑張るか」
「おー! デス!」
開けて翌日。今日もまた勤労に勤しむべく、俺とゴレミはダンジョンの入り口へと足を運んでいた。ギルドの中にある……というか、ギルドがダンジョンの入り口を囲う形で作られてるんだが……ホールに出向き、俺達は気合いと共に拳を振り上げる。
貧乏暇なし。たった一日の怠惰が貯金を切り崩すきっかけとなり、そのままズルズルと坂を下っていくなんて話はいくらでもあるからな。
「それでマスター、今日もまた一層でネズミ退治デスか?」
「いや、昨日大分いい感じだったから、今日は一気に三層に降りてみようと思う」
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ジャイアントラットの魔石は一〇クレドちょいなのに対し、ゴブリンの魔石は一つで五〇〇クレド。稼ぎが五〇倍も違うとなれば、狙わない手はない……というか、ジャイアントラットは誰も狙ったりしない。だからこそ昨日はあれだけ大量に倒せたわけだしな。
「第三層は人も沢山いるから、いざとなりゃ助けを呼ぶこともできなくはない。それにそもそも俺一人でも何とか戦えてた場所だから、油断さえしなけりゃ十分戦えるはずだ。
お互いが邪魔になるような動きしかできなかったらもうちょい一層か二層で慣らすつもりだったけど、昨日の調子なら大丈夫だろ」
「フフーン、ゴレミにお任せデス! ゴブリンなんてゴレミパンチでチョチョイのチョイなのデス!」
「おう、期待してるぜ。それじゃ――」
「あの、ちょっといいかな?」
と、そこで、俺は不意に誰かに声をかけられた。振り向いてみれば、そこには俺よりちょい年上くらいの男が立っている。鎧や剣を装備してるし、まず間違いなく探索者の先輩だろう。
「はい、何すか?」
「いや、昨日第一層で、とんでもない勢いでジャイアントラットを倒しまくってる人がいるって聞いてね。今の話からして、あれ君達だろ?」
「まあ、そうですけど。それが何か?」
「いやいや、別に変な言いがかりをつけようとかじゃないんだ。ただその……君の隣にいる、その子のことが気になってね」
そう言う男の視線が、ゴレミの方を向く。隠してるわけでも隠れてるわけでもないのでいつか誰かに聞かれるだろうとは思っていたけれど、まさかたった一日で聞かれることになるとは思わなかった。
「その子って、何なんだい? 見た目はゴーレムっぽいけど、ものすごく表情豊かで普通に会話も成立してるし……そもそもゴーレムを持ってるような探索者が、あんな浅い階でジャイアントラット退治なんてしないと思ってさ。
それにわざと目立たせてるとしか思えない行動だったから、何処かの商会が開発した新型装備のテストだとか、とある国の新兵器のお披露目だとか、色々噂があって……よかったら教えてくれないかな?」
「うわ、そんなことになってるんすか……」
人の噂なんてのは適当なのが世の常だが、そこまで好き放題だとちょっと笑う。とは言えゴレミの正体なんてわかるわけないから、むしろ真実よりも本当っぽいってこともある……のか? ま、どっちでもいいけど。
「で、どうかな?」
「あー、別にいいっすよ。秘密にしてるとかじゃないんで。こいつは俺の幼なじみで、ゴレミです」
「どーもどーも! マスターの愛の奴隷、ゴレミデス! ゴレミが名前なのデス!」
「あ、愛の奴隷!?」
「……すみません、長く寝込んでたせいか頭がちょっとアレなんで、その辺は聞き流してください」
俺はゴレミの頭をペシッとひっぱたきながら、目の前の男にそう告げる。ちなみに痛いのは俺の手だけで、ゴレミは平然としている……ぬぅ、解せぬ。
「寝込んでいた、かい?」
「はい。実は……」
だがそんな俺のしかめっ面を、目の前の男はいい具合に勘違いしてくれたらしい。ならばその流れに乗ろうと、俺はリエラさんにも提案され、ゴレミと相談して内容を詰めた「寝込んでる幼なじみがスキルでゴーレムを動かしてる」という話を男にしていく。すると男は腕組みをして感心しながら、ゴレミの顔をまじまじとのぞき込んできた。
「なるほど、そんな理由が……じゃあこの子はゴーレムじゃないのかい?」
「中身は人間ですけど、体はゴーレムで間違いないですよ。ただ限定通路で見つけたものなんで、色々と特殊な機能はついてるようですけど」
「だろうね。僕も詳しくはないけれど、<人形遣い>のスキルの有効範囲はそこまで広くないはずだし、ましてや自分がそこにいるかのように振る舞えるなんて聞いたこともない」
「ですよね。流石は限定通路のお宝ってところじゃないかと」
かなり雑な誤魔化し方だが、どうやら男は納得してくれているようだ。実際ダンジョンで手に入るお宝には、理屈のわからないものなんていくらでもある。この人もゴーレムの専門家とかじゃなく単なる興味本位って感じだし、不思議なことがあるものだ、で済ませることに抵抗がないんだろう。
「ゴレミとしては、もっと人間に近いボディの方がよかったデスけどね。そうすればマスターに、もっとネッチョリとしたご奉仕もできたのデスが」
「ねっちょりって……何か汚そうっていうか、臭そうだな?」
「はわっ!? そんな感想を持っちゃうマスターには、マイナス二〇点デス!」
「何処から何がマイナスされたんだよ……」
「ははは、君達は仲がいいんだね……でも、なんでマスターなんだい? 一応聞くけど、君マスターって名前じゃないよね?」
「まさか! そいつは……」
「それはゴレミのこだわりなのデス!」
俺が適当な言い訳をするより先に、ゴレミが堂々とそう主張する。
「ご主人様とどっちがいいか迷ったのデスが、マスターの方が響きがいいのデス! あと将来的に『アナタ』になったときも変化が少なくて自然なのデス!」
「貴方? 何で将来的に?」
「……マスターはマイナス四〇点デス」
「また減点された!?」
「そ、そうか……その夢が叶うといいね。陰ながら応援させてもらうよ」
「ありがとうデス!」
俺によくわからないところで、男とゴレミが意気投合したらしい。その後は二言三言言葉を交わしてから軽く手を振って男が去って行き、仲間と思わしき人達と合流して何やら話を始める。おそらくは俺達が話した内容を伝えているんだろう。
「ふぅ、どうにか上手くいったみてーだな」
「そうデスね。あとは自然に今の話が広がっていくでしょうから、当面はこれで問題ないはずデス」
「そうなってくれりゃ、ありがたいこった。こっちは面倒くさいトラブルなんて御免だぜ」
「英雄というのはいつだってトラブルに愛されるものなのデス! 道を歩けば女の子の胸に飛び込み、転べば顔がパンツに埋もれるのデス! マスターもゴレミの太ももに挟まってみるデスか?」
「挟まらねーよ! 圧死すんだろ! てかお前の想像する英雄って、絶対俺の考えてる英雄と違うよな? 何だよパンツって?」
「違いませんよ? 山ほどの女の子の誘いを断って、大好きな女の子との思いを最後まで貫いたついでに、何か世界とかを色々救ってる感じの英雄デス!」
「おぉぅ、そりゃあ……英雄だな?」
一途な思いを叶えて世界も救ってるなら、まあ英雄だろう。でもそんな英雄いたか? 心当たりがまるでないんだが……?
「ほらほらマスター! それよりそろそろダンジョンに潜るデス! 今日もゴレミもカッコカワイイところをアピールしちゃいますよ!」
「そのアピールはいらねーけど、頼りにはしてるぜ、相棒」
「ゴレミにお任せデス!」
パチンと手のひらを打ち合わせてから、俺達は大口を開けたダンジョンのなかに入っていく。
――そう、この時の俺は、まだ何も知らなかった。人間の持つ底知れぬ欲と悪意……なんて大層なもんじゃない。ほんのちょっとの軽い気持ちで、人は人を容易く傷つけられるのだと。
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